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【市況】武者陵司 「日本株、買わない理由が見当たらない (後編)」

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

―日本でも進行する主役交代、ニッチプレーヤーに脚光―

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

前編はこちら。

【3】日本株を買わない理由が見当たらない

●米国株価懸念は一つ一つ根拠薄弱

 米国株価は3指数そろって史上最高水準にあるが、それにしては悲観論者の声高な懸念がかまびすしい。物価上昇の弱さ、長期金利の低さが経済基調の弱さを示唆しているとの見方、株価が割高であること、景気寿命が長いこと等々。はたしてそうだろうか。

 米国の失業率は4.3%と誰が見ても完全雇用状態にある。労働参加率が低下しているからとの解釈があるが、雇用が景気拡大期間累計で1400万人と過去最大の増加ペースを見せていることを見れば、労働需給がタイト化の一途にあることは明らかである。にもかかわらず、なぜ賃金上昇率とインフレがFRBのインフレターゲット2%まで高まらないのか。その答えとして、雇用創造が低生産性・低賃金セクターで起こっており、高生産性セクターでは雇用創造が起きていないという構造変化が指摘できる。

 インターネット、ハイテク革命は急速に頭脳労働者の職域を侵食している、が他方で肉体労働の需要を高めている。米国小売りにおけるネット通販比率は10年前3%であったが、今日9%に高まり10年後には30%に達すると予想されている。それは宅配サービス、トラック運転手で深刻な人手不足を招いている。日本でも共通であるが、雇用創造と賃金上昇率は低賃金セクターにおいて高く、頭脳労働主体の高賃金セクターでは低くなっている。所得と雇用創造の逆相関が明瞭である。第一次産業革命は肉体労働者を機械が駆逐したが、現在のインターネット・AI産業革命は機械が頭脳労働者を駆逐しつつあると言える。賃金や物価上昇圧力が小さいことは、決して懸念材料ではないのである。

●低インフレ・低金利は好況持続要因

 それでは、長期金利の低迷を、リセッション入りの前兆ととらえている仮説、つまり人々の将来悲観が高まり、投資資金需要が低下し、金利低下を引き起しているという見方は正しいか。トランプ大統領当選以降、米国の経営者心理は大きく向上している。消費者センチメント指数も同様である。経済主体の心理が大きく改善しているのだから、将来悲観が強まっているとの解釈は成り立たない。

 では何が低金利の原因か。それは世界的過剰貯蓄、米国での家計・企業部門での大幅な貯蓄の増加で資金運用需要が高まっている一方、インターネット・クラウドコンピューティングなどの技術革新により投資コストが大きく低下していることが原因と考えられる。そうした歴史的構造変化が、好況、高利益の下でかつてない低金利を引き起している。

 株式バリュエーションの割高さ(過去平均PER15.5倍に対して現在21倍)も悲観論の根拠となっている。しかしPER水準のみが絶対的な株価割高、割安の基準になっているわけではない。1970年から2000年にかけて米国益回り(PERの逆数)は長期金利と完全に連動して推移していた。ということは妥当なPER水準は長期金利によって決められていたということであり、現在の低長期金利の下では適正なPER水準は相当高くても正当化できるといえる。

 中央銀行がQE(量的金融緩和)により長期金利をコントロールしており、その下では長期金利が低いと言っても高PERを正当化することはできない、との反論はあり得よう。しかし、PERは経済的厚生の最も信頼できる指標ミゼリーインデックス(失業率+インフレ率)とも強い逆相関性を持っている。1980年のミゼリーインデックスピーク時(1980年6月22%)に米国の株式PERは歴史的低水準(1980年4月6.96倍)を記録した。ミゼリーインデックスが歴史的低水準に低下している今日、PER水準が過去の平均から上方にかい離するのは当然と考えられる。

 景気寿命は8年に達しており、そろそろ潮時だという説もある。しかし戦後の景気拡大は拡大期間の長さゆえに終わったことはなかった。オランダやオーストラリアでは好況が20年にもわたって続いたケースもある。

 全てのリセッションはインフレの心配から過度の利上げが起きたことでもたらされた。つまりインフレ懸念の高まり→過度の引き締め→逆イールドカーブ(長短金利逆転)→リセッション、が例外ない戦後の因果関連なのである。逆イールドカーブに陥るような引き締めの必要がない以上、リセッション懸念は地平上には表れていないのである。またFRBは短期金利に対する裁量のみならず、テーパリング(バランスシートの裁量)により、長期金利にも大きく影響を及ぼすことができるようになっている。日銀のみならずFRBもイールドカーブをコントロールできるようになっている。この条件下で逆イールドカーブがもたらされる可能性は、近い将来考えにくくなっている。

 ということは、低インフレ低金利は景気をより長く持続させる好条件と言える。米国も日本も完全雇用、高収益、低インフレと過度の金融引き締め不要という、素晴らしい市場環境の下にある。

●中国、管理通貨への逆戻りは最大の安心材料

 敢えて挙げれば、最大の懸念は中国経済の失速と金融危機の再燃であるが、その心配も小さい。中国経済は今秋の5年に一度の党大会を前にしたインフラ投資、不動産投資の押し上げと輸出の回復により、小康状態にある。中国は2000年代初めの10年間に、採算を度外視した国家戦略による集中投資により鉄鋼生産の世界シェアを10%台から50%まで一気に高めたが、同様の集中投資を半導体と液晶で展開している。ハイテクの一大産業集積を形成するという決意を固めている中国ハイテク投資は通常のシリコンサイクルを超えて長く続くだろう。

 また懸念された外貨準備高の減少も本格的資本コントロールの導入により止まった。それは人民元の管理相場化を強め、金融不安定要素を和らげるだろう。野放図のインフラ投資・不動産投資・ハイテク投資も、資本と通貨の管理強化も、将来に禍根をもたらす政策ではある、が目先の安心材料でもある。

●日本株買わない理由が見当たらない

 米国景気の持続と株価上昇がほぼ確かだとすれば、円安が長期趨勢となり、日本株式は、(1)世界景気好調・米国株高、(2)円安、(3)国内経済の回復とインフレ加速、という株高3条件が満たされることになる。世界最低の低バリュエーション、リスクテイク促進に対する政策支援もある。日本株を買わない理由が見当たらない。夏場から秋にかけて株価上昇が期待できるだろう。

 ハイテクメガプレーヤー不在の故に日本株を軽視してきた世界投資家は、ニッチプレーヤーの活躍を目の当たりにし日本株を見直すだろう。

(2017年6月29日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン183号」を転載)

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