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【市況】武者陵司「良いインフレが米国をソフトランディングに導く」

武者陵司(株式会社武者リサーチ代表)

●度を越えた市場心理の悪化

 世界株式はコロナショック後最大の下落に見舞われた。S&P500指数は年初来20%の下落となり悲観一色となっている。機関投資家の弱気心理を代表する現金比率は6%と、2001年の米国同時多発テロ以来の高水準になっている。リセッション回避が可能とする意見はエコノストの間では多数派であり、FRB(米連邦制度準備理事会)はじめ米国当局もそう主張しているが、株式市場はあまり信じていないようである。

●インフレは全方面でピークアウト

 ただ、株式は往々にして楽観にも悲観にも極端に傾くものであり、絶望的になることはない。一番心配されているのは、40年ぶりのレベルまで高まったインフレであるが、すでにピークアウトしつつある。4月の米消費者物価指数(CPI)は8.3%(食品エネルギーを除くコアCPIでは6.2%)だが、年後半には5%台に低下、3年先に2~3%台に入っていくと見られる。

 金融市場が織り込んでいる長期的物価予想は10年国債利回りと物価連動10年債(TIPS)利回りの格差で観測できるが、それは4月末の3.0%をピークに5月20日時点では2.6%まで低下してきた。

 インフレ期待がピークアウトしていく理由として、(1)サプライチェーンが原因のインフレは収まりつつあること、(2)原油・資源価格高騰もロシア原油代替源の模索に加えて、中国・欧州の需要が鈍化することで落ち着くこと、(3)労働需給ひっ迫の米国では選択的賃金上昇が起きているが、全般的な賃金上昇ではないこと、(4)長期金利の上昇と株価の下落自体が景気抑制効果を住宅購入などですでにもたらしていること(いわゆる「債券自警団Bond vigilant」効果)、などが指摘できる。

●金融政策もタカ派バイアスが弱まっていくだろう

 となると、金融引き締め、利上げもどこかで落ち着くことになる。年後半には利上げ予想の一巡感が出てくるかもしれない。2年債利回り2.6%とはフェデラル・ファンド(FF)金利が2年後に2.6%になるということを市場は織り込んでいる。今後、0.5%の利上げ4回という急速な利上げがすでに織り込まれており、これ以上のサプライズを招くタカ派的発言はないだろう。

 FRBは金融引き締めに遅れ慌てて過度の利上げを余儀なくされ、それは景気を殺してしまいかねないと心配されているが、その可能性は後述する理由により、小さい。加えて企業のイノベーション、生産性上昇により利益成長が続くと見込まれる。

●ソフトランディングに株価暴落回避は必須、米株・住宅価格はバブルではない

 同義反復(トートロジー)に聞こえるかもしれないが、ソフトランディング失敗の最大条件は株価暴落による経済心理の悪化である。FRBは株価暴落により経済心理が凍りつくことを絶対に避ける、と考えられる。

 武者リサーチがかねてから主張しているように、今や米国のマクロ政策は銀行貸し出しによる需要創造から資産価格上昇による需要創造へと大きくシフトしてしまっている。FRBが資産価格を金融政策の暗黙のターゲットとしていることは今更変えようはない。そして、株式、不動産などの資産価格は、3%程度の長期金利を前提とすればバブルとは到底言えず、これ以上の資産価格調整が必要な状況にないことは明白である。

 S&P500指数のPERは年初の23倍弱から17倍以下まで低下した。FEDモデルで見た妥当株価8465に対して現在の3900ポイントは半分の水準である。また、価格が高騰してきた住宅需要は、金利の上昇により一服している。しかし、空き家戸数の下落に見るように、住宅不足がもたらす需給ひっ迫が続いており、サブプライムバブルの時のように、利上げで価格を抑制するべき状況にないことは明白である。

●良いインフレ、格差縮小をもたらす賃金上昇が進行中

 米国のインフレ情勢を過度に心配する必要がないと考える2つのトレンドを指摘したい。

 第一のトレンドは、良いインフレが進行しているということである。失業率が3%台と完全雇用状態にある米国の賃金上昇は、確かに警戒するべき事柄である。しかし、今の賃金上昇は経済成長にとって良い側面があり、スタグフレーションになるような悪い賃金上昇ではないことを強調したい。

 それは、今回の賃金上昇の3つの特徴から結論づけられる。(1)トラック運転手など低賃金のマッスルワーク労働者の賃金が上がっているが、高賃金の情報産業、公益産業、金融産業などでは大きく下がっており格差が縮小している。(2)企業の求人難が続いている中で、労働者の自発的離職数が過去最高になっているが、これは労働者が職を選んでいることを示している。つまり、労働者のバーゲニングパワーが高まっている。(3)求人企業は価格転嫁能力がある企業であり、企業の超過利潤が賃金上昇に転換されることにより、消費が高まり成長率が上昇すると予想される、の3つである。

 2016年頃より企業の単位労働コストが上昇し、労働分配率も底入れ反転し、その傾向がコロナショック以降も継続しているが、どちらも家計の労働所得を高めるもので、経済全体では大変ポジティブな動きと言える。米国経済の最大の問題は企業部門や富裕層に超過利潤が蓄積され、それが実需に結びつきにくいことにあるが、それが是正されつつある。(その詳細分析は次号で展開したい)。なお、2022年の米国の名目経済成長率は10%と中国を超えると予想され、それ自体が企業利益に好影響を与える。

●ドル高、資源輸出国の米国は輸入インフレに最も抵抗力が強い

 第二のインフレを過度に心配する必要がないと考えるトレンドは、米国の産業的強さとドル高である。米国は高騰している原油と天然ガスの世界最大の産出国かつ純輸出国であり、資源価格の高騰は国全体ではプラス。原油価格上昇は消費者の懐を痛めるが、エネルギー関連企業の収益を大きく押し上げるという構図となっている。同様に価格が高騰している穀物も米国は世界最大の輸出国であり、国全体としてマイナスではない。

 さらに、ドル高が米国物価抑制の大きな力になるだろう。今回のインフレの特徴は、ここ数十年間で初めて財価格主導(特に耐久財)のインフレであることである。これまで米国のインフレはサービスと資産価格に由来するものであり、アパレルやエレクトロニクス製品など財(製造業製品)の価格はデフレが続いた日本と同様に停滞ないしは下落基調にあった。

 しかし、今回のインフレは国際的供給網の混乱により、財の価格上昇が全体をけん引している。4月のCPI前年比上昇率は耐久財14.0%、非耐久財12.8%、サービス5.4%となっている。そして、米国で消費される財の70%が輸入依存である。ということは、前年比14%上昇しているドル高は、輸入コストを抑えることで財のインフレを抑える決定打になり得ることを示唆している。

 このように考えると、今の米国にとってインフレはスタグフレーションに結びつく悪性のものではないと結論づけられる。むしろ、世界経済において米国の優位性をより強めるものになる。

 以上が、米国株のここからの大幅下落が考えられないという理由である。

(2022年5月23日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン306号」を転載)



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