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【市況】武者陵司「日本産業復活の神風、円安がやってきた!! (2)」<前編>

武者陵司(株式会社武者リサーチ代表)

―TSMCの日本拠点強化と日台産業協力がカギに―

 恩典的円安の時代、購買力平価から相当程度(3割以上)安い為替レートが定着し、日本の価格競争力に為替面からの恩典が与えられる時代が始まった。懲罰的円高時代と同様に、今回も経済合理性とともに、覇権国である米国の国益が鍵となる。米国は脱中国のサプライチェーンの構築に専念しているが、その一環として中韓台に集中している世界のハイテク生産集積を日本において再構築する必要性が出てくる。そのためには円安が必須となり、それは日本に恩恵を与える。

 幸いにして、日本は 半導体液晶・TV・携帯電話・PCなどハイテクのコア・最終製品では一敗地に塗れたが、デジタルの周辺分野(センサー、アクチュエーター、部品、材料、装置)で差別化を図り、高シェアを獲得している。それらの製品一つ一つはニッチであり、市場規模は必ずしも大きくないが、世界のハイテクサプライチェーンのボトルネックを押さえているともいえる。中国を除くハイテクのサプライチェーンを構築する際には、日本が鍵になることは明白である。

 すでに失われたデジタルの中枢部分は台湾積体電路製造(TSMC)<TSM>との連携で補完し、日本ハイテク産業の蘇生が進むだろう。懲罰的円高で起きたことと逆の連鎖が見込まれる。

 1ドル=130円台となった円安の最大の受益者は、円高の最大の被害者であったハイテク産業になるのではないだろうか。

(1)TSMCをコアとする日本ハイテク復活、130円の円安が推進力に

●TSMCが日本ハイテクの救世主になるという夢が実現する

 TSMCが日本ハイテクの救世主になる際に、130円という円安がその推進力になる。白川日銀総裁時代の1ドル=80円の円高の下でエルピーダメモリが破たんしてマイクロン・テクノロジー<MU>に買収されたが、いま日本のマイクロン広島工場は最も高収益の工場になっているはずである。

 同様にこの円安進行の下で、TSMCの熊本工場のアップグレードと増強が想定される。日本のコスト高を補填すべく、政府が熊本工場に約4000億円の資金供与を約束したが、1ドル=120~130円になると日本工場のコスト競争力が大きく高まる。台湾一極集中のTSMCは、地政学的リスクヘッジ及び米国からの要請という面からも、工場の多国分散を図らざるを得ず、日本での生産体制を大きく構築していく可能性が想定される。

 日本はハイテク競争に負け、最先端基幹部分を失い、アジアにおけるハイテク分業構造においては底辺周辺の部品・材料・装置及びレガシーと言われる旧世代の半導体に特化することとなった。日本は、設計・最先端製造技術(EUVなど)、半導体需要といった重要な要素が欠けているが、TSMCなど台湾企業が日本の欠陥を埋め得るだろう。

 熊本工場誘致を核とする経産省主導の半導体産業育成政策に対して、坂本幸雄前エルピーダメモリ社長、半導体技術者・コメンテイター湯之上隆氏など多くの専門家は懐疑的である。これまでの育成策がことごとく失敗してきたこと、そもそも日本国内の半導体需要が小さいこと、人材がいないこと、先端コア技術が失われてしまったことなどが指摘される懸念要因である。

 確かにいまの日本にはハイテク産業集積を再構築するのに欠けている部分が大きい。

 オムディアの推計による半導体関連市場の世界シェア一覧をみると、日本は素材で56%、装置で32%の高シェアを持っているにもかかわらず、生産シェアは19%(うち10%は海外企業の日本工場)、半導体需要は7%と、需要シェアの低さが目立つ。

 だが、エコシステムのすべての要素を揃えている国はない。また、坂本氏も、湯之上氏も日本ハイテク敗戦の最大の原因が、懲罰的円高であったことを看過している。

 後述するが、恩典的円安が日本ハイテク産業の集積復活にとって、決定的ともいえる支えになることが重要である。

●世界ハイテクの中心になったTSMC

 世界のハイテク産業の主役はインターネットプラットフォーマーGAFAMであり、半導体もソフトウェア・設計といったソフトになっていると思われているが、必ずしもそれは正しくない。

 世界の半導体市場では最先端技術を確保したTSMCがサプライチェーン・バリューチェーンの核になっていることは疑いない。株式時価総額で見てもTSMCはほぼ5000億ドルとインテル<INTC>を大きく引き離してエヌビディア<NVDA>と首位を争い、GAFAMの一角メタ・プラットフォームズ<FB>(フェイスブック)に匹敵する水準にある。

 TSMCは最先端で他を寄せ付けない技術力を誇っている。加工線幅別にみた国別シェアで、最先端デバイスでは台湾(TSMC)が圧倒していることが如実である。「『もはや唯一のライバルとも言えた韓国サムスン電子とも、大きな技術差が付いた』(業界関係者)」「世界各国は経済安保の強化を目指し、多額の補助金も用意して、この1年も積極的にTSMCの誘致活動を行った。だが、TSMCは結局、首を縦には振らず、日本の九州ほどの面積しかない台湾内に、続々と最先端の新工場の建設計画を決めたのだ。半導体不足が顕在化した21年以降、TSMCが海外に新工場建設を決めたのは、わずかに日本の熊本1カ所のみ。それも先端品の工場ではない。」(2022年4月14日付日本経済新聞電子版)

●TSMCの圧倒的存在力、3つのエビデンス

 TSMCの圧倒的技術力を示すエピソードは、枚挙にいとまはない。

(a).アドバンスト・マイクロ・デバイシズ<AMD>のインテル追撃はTSMCによって可能に

かつてパソコン用マイクロプロセッサーはインテルが圧倒的に支配、日本電気の対抗製品Vシリーズが貿易摩擦で敗退して以降、独占を避けるための唯一の(市場シェア1割程度の)限界供給者としてAMDは存在し続けた。そのAMDが急成長し、時価総額では1455億ドルとインテル(時価総額1838億ドル)に肉薄している。

 その秘密はTSMCにある。2009年、AMDは製造部門を受託生産会社グローバルファンドリーとして分離し、自社製品の生産はTSMCに依存する体制にした。その結果、TSMCの先端技術での先行の恩恵を受け、マイクロプロセッサーの価格性能競争力でもインテルを凌駕し、一気にシェアを高めてきたのである。2021年の売り上げ増加率は65%と業界ナンバーワン、-1%で低迷するインテルを引き離している。分離した製造部門グローバルファンドリーと時価総額を足し合わせれば、ほぼインテルと同規模になっている。

(b).インテルも最先端半導体供給をTSMCに依存

「米インテルのパット・ゲルシンガー最高経営責任者(CEO)も今月7日、プライベートジェット機で台湾を訪れた。報道陣をほぼ完全にシャットアウトしたお忍びの訪問だったが、狙いは明確。3ナノ品や2ナノ品の調達についての交渉だったとされる。ゲルシンガー氏の台湾訪問は、昨年12月にもあった。トップ自ら台湾に乗り込み、TSMC首脳陣に直談判する形で『先端半導体の供給を懇願した』(関係筋)という。」(4月14日付日本経済新聞電子版)

(c).台湾で半導体設計企業が急成長、それもTSMCがあったればこそ。

半導体業界はインテル、サムスンなどのIDM(垂直統合デバイス企業)と設計のみを行う ファブレス企業、およびTSMCなどの受託生産企業(ファンドリー)に分業化され、最も成長力が高いのがファブレス企業というものが常識化している。エヌビディア、ブロードコム<AVGO>、クアルコム<QCOM>、メディアテックなど高成長組は全てこのカテゴリーである。しかし、ファブレス企業の競争力の源泉がTSMCの優れた生産能力にあることが、徐々にはっきりしてきた。TSMCの半導体の主な供給先を見ると、ファブレス企業は最先端デバイス生産をすべてTSMCに依存しており、両者には強い相互依存関係があることが分かる。

 さらに驚くべきことに、成長しているファブレス半導体企業の大半は台湾人が経営を担っている。ファブレス半導体企業トップテンのうち、台湾系は10年前の2011年には2人だけであったが、2021年には7人に達している。TSMCを頂点とする半導体産業ピラミッドが形成されている、とすら見られる状況である。ハイテクの中心はソフトシステムではなく、コチコチのハードウェア企業TSMCなのである。

●TSMCが日本拠点に注力するという想定、十分に根拠あり

 TSMCは台湾一国生産体制だが、それはTSMCにとってもリスクである。インテルは、EUの補助金も受けて、欧州に製造拠点建設を計画している。

 円安が定着し日本工場の採算向上のめどが立ったことで、TSMCが日本での生産拠点を増強していく公算が強まるのではないか。3つの要因が考えられる。

 第一は、半導体技術の進化である。TSMCが先行している線幅縮小競争による微細化は限界に来つつあるとみられている。18カ月で2倍になるというムーアの法則が限界に近づき、それを突破するには3D(3次元)化、チップレット化などの新技術でブレークスルーが必要になってくる。となると、シリコンウェハー上に回路を焼き付け組成する前工程ではなく、それを組み立てる後工程の技術進化が重要になり、素材メーカーと装置メーカーとのシナジーが不可欠になる。それらの周辺技術では世界最強の基盤を揃えている日本の協力が必須になるかもしれない。

 第二に、日本政府の長年にわたる熱心な誘致により、日台協力の土台ができている。経産省主導の下、筑波の産総研内に、2ナノメートル微細化の前工程試作ライン、3D化に対応した後工程プロジェクトが立ち上がっており(2021年)、後工程プロジェクトにはTSMCが主導的メンバーとして参加している。TSMCが台湾外に研究開発拠点を展開するのは筑波が初である。後工程プロジェクトのコーディネーターTSMCの下で、多くの日本素材・装置メーカーが参画している。TSMCは2019年より東大との先端半導体技術アライアンスを締結しており、重層的な技術協力関係が構築されつつある。この日本の謙虚さは、日本とともにTSMC半導体工場誘致を争った米国との違いを浮かび上がらせる。後述するTSMC創業者モーリス・チャン氏の米国に対する苦言を参照されたい。

 第三に、スマホが成熟期に入り、新たなハイテク機器需要がどのようなものになるのかの端境期に入ってきた。5GIoTEV(電気自動車)、そしてスマートロボットの時代の新旗艦製品が日本で生まれる可能性もあり、日本に欠けていた半導体需要が再び活発化するかもしれない。日本には各種の機械メーカー、電機メーカーも揃っている。新機種の多くが日本で生まれる可能性は十分にある。

 このように検証していくと、TSMCが台湾国外に構築する半導体製造拠点として、日本が最も有利な条件を兼ね備えていると考えられるのではないか。日本との連携は中国の侵略リスクに対する備えとして、台湾にとっても地政学的な意義がある。

●TSMCが米国の支援に不信、日本にすり寄る?

 TSMC創業者モーリス・チャン氏のコメントが話題になっている。「『米国は、自国での半導体生産を拡大しようとしているが、米国には製造業の人材が既にいない。コストも高く、非常に無駄でコストのかかるやり方だ』と厳しく指摘した。」「(米新工場の決断は)米政府の要請でやったこと。(米が検討中の)数百億ドルの(半導体業界への)補助金では、米国で半導体生産を進めるには、かなり少ない額だ」「『米国は、もう昔のような(半導体が強い)国に戻ることは不可能だ』と発言、米への不満をあらわにした。(4月22日付日本経済新聞電子版 )。

 対照的に日本の生産拠点としての優位性を示唆したものとして受け取れないだろうか。

<後編>へ続く

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