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【市況】武者陵司 「新産業革命における米国の圧倒的競争力」 [前編]

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

―最大要因は資本市場の効率性―

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

 米国金融資本市場に対する市場の注目は高い。規制を強化するのか緩和するのか、例えばグラス・スティーガル法の復活(銀行証券の分離)をするのか、ドッド・フランク法の中のボルカールール(銀行の自己勘定による市場取引規制)を緩和・廃止するのか、等はトランプ政権の政策焦点である。またQE(量的金融緩和)の出口がスムーズであるか否か、を投資家はかたずをのんで見守っている。それが銀行の収益に直結し、直ちに株価に大きな影響を及ぼすからである。しかし細部ではなくダイナミックに変化する米国金融資本市場の全体像はどうなっているのか、その総合的評価はどうか、という点での議論が等閑視されているのではないか。

 より重要なことは、資本市場が適切に機能し経済的厚生の実現に寄与できているかであろう。資本市場の変化を突き動かしている原因は何か、資本の需要と供給のマッチングの場としての資本市場がどのように変わってきたのか、を俯瞰的に考えることが肝心である。

【1】好パフォーマンスの米国資本市場

 資本市場が機能しているかどうかの解は、金融にはない。所与の条件(技術、資本ストック、人口と労働力)の下で経済パフォーマンスを最大化できているか、資本のシーズとニーズのマッチングがなされているかどうかが鍵であるが、それらに関して米国の資本市場パフォーマンスは世界最高であると言える。米国はリーマン・ショック以降の経済パフォーマンス、経済成長、雇用創造、企業収益の伸び、等において先進国で最も優れており、デフレ陥落のリスクが最も小さかったことは、その証左である。

●群を抜くリスクキャピタルの提供

 米国経済の好パフォーマンスの背景にある資本市場の寄与として3つの要素が指摘できる。第一は、米国が世界で最もアニマルスピリットの涵養に成功していることである。高株価が維持されPBRは世界最高である。またクレジットのリスクプレミアムは歴史的水準まで大きく低下している。さらに資本余剰の程度は相対的に小さく、利子率の低下は限定的でデフレの危険性が最も小さかったことが指摘できる。日独仏などに比べ米国の長期金利は先進国では最も高くなっている。つまり米国資本市場は先進国で最もリスクキャピタルの提供に成功してきたのである。

●家計の資産形成に大きく寄与

 第二に、米国資本市場は家計の財産と所得の増加に大きく寄与してきた。米国家計の可処分所得の中で資産所得の割合は大きい。可処分所得に含まれる年金や保険の雇用者負担分や政府による社会保障給付を除く家計の現金収入を見ると、米国は労働所得3対資産所得1の割合となっている。日本の家計現金収入の労働所得対資産所得の割合は9対1となっており、米国家計が資本市場の恩恵を多く享受していることが分かる。また米国家計の資本市場を通した資産形成も顕著である。米国家計純資産(総資産-債務)は、リーマン・ショック後の資産価格下落で20%減少(2007年2Qの67.7兆ドルから2009年1Qに54.8 兆ドルへ)したものの、その後鋭角回復し、2017年第1四半期末では94.8兆ドル、対GDP比では3.8倍から5.0倍へと大きく向上、米国家計消費の回復を支えた。

●イノベーションの揺籃器に

 第三の何よりも重要な米国資本市場の貢献とは、多くのイノベーションを喚起してきたことであろう。今や人類経済の新段階を画するインターネットインフラの創設と運営、活用を基盤とした多くの新ビジネスモデルは米国発である。世界中のインターネットプラットフォーマーは政府による保護育成がなされている中国を除いてすべて米国企業が独占している。世界株式時価総額トップ10の10年間の変化を追うと、2017年5月末時点で世界のトップ5がすべて米国のインターネットプラットフォーマーで占められていることを見れば、米国が世界の新産業革命を牽引していることが明瞭である。10年前までのトップ10は銀行、石油、通信などの10年一日の既存プレーヤーであったわけで、米国株式市場内において顕著な主役交代が起きていることが明白である。

 好例は、米国自動車企業の株式時価総額において、13年前設立の新興電気自動車専業のテスラ(2016年7.6万台販売)が販売規模100倍を超える既存のGM、フォードを抜いてトップに踊り出たことであろう。このことは自動車の将来が電気自動車であり、それによるビジネスモデルの大転換が必至であり、大転換の旗手は既存メーカーではなくしがらみのない新興テスラであることを、いち早く資本市場は織り込んでいるのかもしれない。

 シュンペーターは、銀行家は新結合の遂行を可能とする経済の指揮者であると述べ、銀行による融資がイノベーションを通して将来社会の青写真を描くと主張しているが、銀行の融資ポートフォリオが資本配分を決めていたのは過去の話、現在の米国では株式市場が時価総額構成の大幅な変化を通して、将来の青写真を作っている、と言える。時価総額トップに立ったテスラは、それによって与えられる資本力を動員して、新ビジネスモデルを追求していくであろう。

 米国の資本市場のリスクキャピタル提供は上場企業に止まらない。未上場の企業に資本を提供するプライベートエクイティの成長、M&Aの盛行、ジャンクファンドの発達などイノベーションを可能にする装置に溢れている。テスラの創業と成長もそれによって可能となった。リスクキャピタル提供に心血を注いできた専門家が米国の経済政策の司令塔に座っていることも米国の特徴である。ゴールドマンサックス出身の歴代米国財務長官、続々政界に進出するベンチャーキャピタリスト(ウィルバー・ロス商務長官、前共和党大統領候補ミット・ロムニー氏)等、が制度設計を担ってきた。

 否定的側面から語られることが多い米国の格差、企業経営者の高額報酬も、逆の側面から見れば、次々に資本家を生み出し、彼らがリスクマネーの提供主体になっているという形で機能しているのである。ベンチャーキャピタル、プライベート・エクイティ・ファンド(KKR、カーライル、ブラックストーン、ペインキャピタル)の充実ぶりは他国を圧している。

 このように見てくると、米国の資本市場はリーマン・ショックによる困難を乗り越えて、機能復活し米国経済厚生に大きく寄与していることが分かる。

【2】米国の資本市場政策、金融政策が大体において適切であった

 1990年のS&L危機、2000年のITバブル崩壊、2008年の住宅バブル崩壊とリーマン・ショックと相次ぐ金融危機の勃発に対する政策対応は、以上に見た米国資本市場の相対的健全性、リーマン・ショックの打撃からの迅速な立ち直りから見て、妥当であったと評価できる。

●金融制度の二正面展開、バブルの反省に基づく規制強化

 ITバブルの崩壊と金融不正の横行、サブプライム住宅バブル崩壊とリーマン・ショックによる金融資本市場の崩壊という歴史的経験を経て、米国では危機回避のための二正面作戦が展開された。

 第一は、バブルの反省に基づく規制強化である。戦後の米国では規制緩和が長期趨勢であり、1980年代、1990年代の一連の金融改革と規制緩和(金利自由化=レギュレーションQの廃止、銀行の州際業務の認可等)は米国の金融イノベーションと新商品の開発を生んだ。しかし1999年のGS法の廃止とGRB法の制定(銀行と証券業務兼営の認可)を最後に、その後は規制強化がトレンドとなる。2000年のITバブル崩壊とエンロン、ワールドコムなど金融犯罪が明らかになって以降、新たな規制の導入が相次いだ。2000年には不正に結びつく安易な企業買収策pooling of interestが禁止された。また企業の粉飾決算や不正会計処理の防止、内部管理体制の強化を柱とするSOX法が制定(2002年)された。

 更に2008年にはサブプライム住宅ローンの焦げ付きに端を発した金融危機がリーマン・ブラザーズ、AIGなど大手金融機関の破たんと世界的信用不安の連鎖を引き起こした。世界金融危機に際しては、その再発防止のための包括的金融規制法DF(ドッド・フランク)法が制定された(2010年)。DF法は自己勘定での取引の禁止、PQやヘッジファンドへの出資制限、預金者保護のための高リスク事業の禁止などにより、投資銀行の収益を大きく抑制した。もっともトランプ政権はその弊害を認識し大幅な緩和を提起している。

●危機後のリスクテイク促進策

 二正面作戦の第二は、危機救済としての公的資金投入(bail-out、米国では2008年のTARP創設)とリスクテイクを支援する金融緩和政策である。TARP(問題資産救済プログラム)は金融機関、自動車メーカーなどへの7000億ドル予算規模による資金投入であり、実際には4546億ドルが投入され、対象企業の健全性回復によりそのほぼすべては回収された。

 一方、金融緩和策はQE、インフレターゲティング(2012年1月公表開始)として打ち出され、アニマルスピリットを喚起し資産価格を押し上げるものとして作用した。先に示した米国資本市場の一早いバブル崩壊の混乱からの回復、経済の正常化はこのリフレ策(新種の金融緩和政策)がなければ不可能だったであろう。

●BIS view vs. FED view

 米国の迅速な立ち直りは、バブル崩壊後の長期停滞とデフレ陥落を余儀なくされた日本と好対照をなしている。持続不能な資産価格上昇によりもたらされた金融上の不均衡の生成、その崩壊に際してどのような政策対応が望ましいかに関して、二つの見方が提示されている。「後始末論」と「事前抑制論」で、それを主唱していた機関により前者は「FED view」、後者は「BIS view」と呼ばれている。FED viewは「バブルが崩壊した後、金融緩和政策を強力に行うことでその影響は対処可能、事前のバブル抑制策は慎重にするべき」とリフレ策の重要性を指摘する。対してBIS viewは「バブル抑制のための事前金融引き締めを重視し、崩壊後も過度の緩和の弊害を強調する」(金融庁 氷見野良三氏「本邦のバブル対応―対米比較と教訓」)。

 米国の金融危機に際してFRB議長として金融政策を指揮したバーナンキ氏はかねてから「日本は銀行システムに対する規制・監督が極めて弱いままで金融自由化を進めたためにバブルを引き起こした。その後の金融緩和は臆病すぎた」と批判していたが、米国のバブル崩壊に際しては自らの信念に即した、徹底的なリフレ政策を遂行した。3回にわたって打ち出されたQEは、中央銀行がバランスシートを拡大し長期国債やMBSを購入し直接資産価格に影響を与えるというもので、伝統的金融政策の枠を大きく超えるものではあったが、資産価格の底入れと押し上げに決定的役割を果たした。日本の金融当局がBIS viewに同調的な白川氏が日銀総裁の職を離れるまでリフレ策の採用に後ろ向きであったこととは好対照である。

 米国がFED viewにこだわる理由について、二つのモチベーションを強調しておく必要がある。第一はリスクキャピタル提供に金融の究極の目標が置かれているということ、第二は金融における国際競争力の強化である。

「後編」に続く。

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