市場ニュース

戻る
2016年09月09日20時00分

【市況】矢口 新のマーケット羅針盤 「金融緩和の袋小路に迷い込んだEU (4) ―後編―」


●過度な緩和策による金融市場への弊害

 米国のサブプライムショック、その約1年後のリーマンショックが改めて証明したのが、金融政策は極めて効果的だということだ。FRBによる金融緩和で、米国の雇用市場や住宅市場は完全回復した。ECBによる金融引き締めで、ドイツのインフレは未然に収まり、金融緩和で雇用市場は完全回復した。また、他のユーロ圏諸国も、ECBが本格緩和を始めてからは、立ち直りの兆候が見られている。BOEの緩和政策では、英国には住宅バブル復活の兆候さえ見られていた。

 一方で、過度な緩和政策の弊害も顕著になってきた。事実上の政府支援で、ゾンビ企業が生きても死んでもいない状態で生産やサービスを続けているため、デフレ環境が深化している。

 また、銀行は従来からの貸し出しビジネスからの収益が望めないために、過剰なリスクを取り続けている。それが裏目に出たドイツ銀行は、世界の金融システムを脅かすリスクが最大だと指摘され、イタリア3位の銀行モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナは、EU当局のストレステストに不合格となった。同行は7月29日に、最大50億ユーロの増資をめざすと発表した。

 モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナは1472年に設立された世界最古の銀行だ。同行の不良債権比率は2015年末時点で41%に達している。同行は欧州銀行監督機構から、今後3年間で100億ユーロ以上の不良債権削減を求められている。同行に限らず、このところ何百年も続いて来たビジネス・モデルの崩壊を、しばしば耳にするようになってきた。

 金融とは、資金を融通し合うこと。緩和政策とは、資金を余ったところから、足りないところに誘導することだ。余資を持つ者は運用益を得、資金を必要とするものは、資金を活用する。資金が流れることにより、利息を得た資金提供者の購買力が向上する一方で、活用者による設備投資や消費を通じて、成長率が高まったり、モノやサービスの値段が上がったりする。

 ここにMMFなどのように、貸し倒れという信用リスクがほとんどなく、すぐにでも資金を引き上げられる環境を提供していれば、余資を預けやすくなる。市場が大きければ借り手も借りやすい。もっとも、貸し借りなので、それなりの金利は授受されるというのが、短期金融市場だった。

 マイナス金利政策の継続で短期金融市場が崩壊し、金庫が売れている。余資を銀行、金融市場に出しても金利が得られず、メリットよりもコストやリスクの方が大きくなったので、余資を持つ者が資金を抱え込んでいる。当局が、資金を融通し合う市場を否定しているからだ。異常な金融緩和の継続は銀行だけでなく、年金や保険などの長期資金の運用を困難にさせている。

●行き詰まるEU、「引き返す勇気」

 管理強化による格差の拡大は、個人だけでなく、国家のレベルにも及んでいる。2007年を境に、独自の経済政策がないユーロ圏諸国では大きく格差が拡大した。EU政府懐疑派が最も多いとされるギリシャは、もはや英国のように、離脱するには遅すぎる可能性があるのだ。政府は多くの負債を抱え、銀行預金は流出、インフラを含む多くの資産は外国資本のものとなった。また、外国で職を見つけられる知識層から順番に、海外に職を求めて出て行った。今、独立しても、これら失ったものを取り戻すには、どれだけの長い時間がかかるか想像もつかない。

 スペインも15歳~24歳の半数以上が失業してから4、5年経っている。この損失を取り返すのは大変なことだ。この世代そのものは取り返せないかもしれない。それでも、まだ体力があるので、ギリシャのようになる前に、英国に倣って、EUを損切りする必要があるのではないか?

 とはいえ、ギリシャもスペインも、金融緩和のおかげで、今は立ち直りの兆しが見えているので、こうした私の見方を、行き過ぎたものだと感じる人も多いと思う。しかし、緩和政策はいつか終わるのだ。

 マイナス金利政策を続ければ、正常な形では資金が流れず、ゾンビ企業だけが存続する。銀行は金融ビジネスを継続できずに、投機的になる。年金や保険などの長期投資家は、国債利回りという安全かつ安定した運用先を失い、投機的になる。どちらも投機のアマチュアなので、経営が不安定となる。そして、随所で格差だけが拡大し、企業の集約が進行する。

 もはや、金融緩和は自由主義経済の重荷となってきた。しかし、ここで金融緩和を終えると、格差の負け組となったところは、高コストに耐えられなくなる。

 マイナス金利政策を続けているユーロ圏、EUは機能していない。私は、英国がユーロに加わらなかったことや、行き詰まりが明らかになってきたEUを損失覚悟で離れたことを、「引き返す勇気」だと評価している。また、自国民の運命をECに委ねなかったことが、孤立主義だとか、自由主義、民主主義に反しているとは見なしていない。英国の船頭が、英国人であって、何が悪い?

 日本? 今回は話題にする必要もないだろう。

2016年9月5日 記

矢口 新(やぐち あらた)
アストリー&ピアス、野村證券、グリニッジ・キャピタル・マーケッツ、ソロモン・ブラザーズ、スイス・ユニオン銀行などで為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤める。2002年5月株式会社ディーラーズ・ウェブ創業。2013年4月まで同社代表取締役社長。JTI(Japan Trading Intelligence)初代(2003-7年)代表。

株探ニュース

日経平均