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【市況】武者陵司「円安を享受せよ」

武者陵司(株式会社武者リサーチ代表)

―円安は日本製造業の劇的復活を担保する―

●日本ダメ論の横行

 円が急落し、ドル円は151.6円という1990年以来ほぼ33年ぶりの円安水準になっている。通貨の実力を示す円の実質実効レート(2020年=100)の下落は更に極端で、2023年9月末現在72.4と、1ドル=308円のスミソニアン体制時(1971~1973年)の83.6に比べても13%安という歴史的安値に落ち込んだ。

 悪い円安論がメディアとエコノミストの間で語られ始めた。産経新聞は「日本のドル換算での名目国内総生産(GDP)が前年を下回って、4位に転落する見通しとなった」(11月11日付)と述べ、日本の地盤沈下を報じた。日本経済新聞は「1ドル=150円の『円弱』時代」との自嘲的な記事(11月14日付)で、円安を引き起こす日本の弱点をあげつらっている。資本が成長力の弱い日本から逃げていき円安になる、との議論で円安を解釈している。

 しかし、日本の低成長力は今に始まった話ではない。2010年以降の円高時代においても、巨額の資本が成長率が高い海外へと流出したのに円高が続いた。日本がだめだから円安になっている、という議論は成り立たないのである。

●金利差仮説、経常収支仮説では説明がつかない円安進行

 金利差に着目した円キャリートレードが増加しているという説もある。確かに2年前まで日本以下のマイナス金利であったドイツなど欧州金利が急上昇し、日本円の調達通貨としての魅力は高まっている。

 しかし、キャリートレードは円高になれば大幅な為替損を生む。1ドル=150円の時に1ドル借金し1ドル=100円という円高の下で返済するとすれば、150円返すためには1.5ドルが必要になる。ドル円が151円という1990年以来の33年ぶりの円安になっている時に、更なる円安に人々は賭けているのであろうか。だとすれば、それは著しいギャンブルと言える。

 そもそもここ数週間、日米金利差が縮小しているのに円安が進行している。また、対米ドルどころかほぼ全通貨に対して円安が進行している。利下げをしている中国人民元や、タカ派姿勢を後退させている韓国ウォンに対してさえ円が安くなっているのである。

●日銀の矩(のり)を超えた円安

 この正体不明の円安を何とかせよ、とのコメントが見られ始めた。国民の実質所得を奪っている物価高の元凶が円安だとすれば、日銀は金融引き締めに転じなければならない。

 植田日銀はおそらく円安容認批判の先手を打ったのであろう。市場の意表をついて7月末に続いて10月末にもYCC(イールドカーブ・コントロール)の再調整(長期金利の上限の1%突破容認)というサプライズを演出したが、それは全くの空砲に帰した。為替市場が金利差縮小に反応しなくなっているのであるから、今の円安は日銀の矩(のり)を超えていると言うべきかもしれない。

 米国10年国債投資の為替ヘッジもののリターン推移をみると、日本の投資家が円ヘッジをした場合、金利差を著しく上回るヘッジコストにより、1%以上のマイナスになる状況が1年以上にわたって続いていることがわかる。円とユーロの対ドルヘッジコストは2022年後半以降、日本円のドルヘッジコストが極端に上昇し、9月以降6%という高水準で推移している。それまでほぼ連動していた両者が大きく乖離し、直近では4%の格差が生じている。ヘッジコストは市場が織り込んでいる相場観と見られるので、日本円には突如として金利差以上の先安観が形成されるに至ったのである。

●市場参加者に見えていない円安の正体、地政学

 金利差でもない、景況感でもない、貿易収支でもない、資本収支でもない理由によって、今や日本円相場の先安観が形成されている。この円の先安観はどこからきているのだろうか。

 それは米当局の意志に他ならない。11月の米財務省による為替監視リスト(中国、ドイツ、マレーシア、シンガポール、台湾、ベトナム)から再度日本(対米貿易黒字第5位)が外れた。中国・台湾・韓国という地政学的危険地帯に集中しているハイテク製造業の産業集積を安全な日本に移転するしかない、という覇権国・米国の国家戦略遂行の手段が、この超円安なのだと考えざるを得ない。神田財務官、イエレン財務長官は「水準そのものが判断材料ではなく、あくまでボラティリティー(変動率)が問題」との見解で同一歩調を取っている。

●為替は経済実態を投影するのではなく、経済実態を作るものである

 市場関係者も、エコノミストも為替に関する因果関係を逆転させなければいけない。為替は経済実態の結果ではなく、原因なのだということを知らなければならない。

 かつて日本では「デフレで円の購買力が強まっているのだから円高は当然だ、円高という現実を受け入れるべきだ」と多くのエコノミストが主張していた。しかし、その円高が日本の競争力を奪い、企業とビジネスチャンス、雇用、資本の海外流出を促進し、日本の内需を痛めつけたことで、さらにデフレを進行させた。円高とデフレの悪循環を断ち切ったのは、円安誘導を起点にリフレを実現しようとしたアベノミクスと黒田異次元緩和によってであった。

 為替は将来の経済を決定する最も重要な指標の一つであることを、忘れるべきではない。日本の産業復興を切望する米国が、円安を誘導しているのだ。韓国が2008年から2013年の著しいウォン安の過程で飛躍的に競争力を強め日本のハイテク企業をなぎ倒したが、円安の定着は日本の劇的再台頭を準備するだろう。

 日本は巨大な製造業立国として、サービス(観光)立国として再登場するだろう。それにより長期的に日本の強い円は復活する。日本は今の円安の僥倖を享受するべきであり、間違っても円高誘導など無駄な抵抗をするべきではない。

(2023年11月15日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン344号」を転載)

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