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【市況】武者陵司 「ポスト安倍は『安倍』」

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

―安倍政権の歴史的貢献と日本政局―

(1)歴史に残る偉業、外交機軸の再設定

 市場の最前線での40年にわたる観察者の立場から、安倍政権が成し遂げた偉業は特筆に値すると考える。数十年後の歴史家は、安倍政権時代を日本の新たな発展の土台を作った画期として記すだろう。

 数多くの功績を枚挙すればきりはないが、(ⅰ)外交機軸の再設定、(ⅱ)デフレ脱却と経済成長軌道の設定、(ⅲ)未完ではあるが行政、企業統治、働き方などの諸改革、の3つが特筆される。

●米中敵対時代の日本のポジションを定置した

 近代日本の発展と挫折の根本は、世界の秩序を決めているスーパーパワーとの関係性にある。明治・大正の繁栄は日英同盟に基を置いている。第二次世界大戦での敗戦はそれに歯向かったことである。

 戦後の発展と挫折もまた同様である。1950年から1990年バブル崩壊までの繁栄は、冷戦下の日米同盟に支えられた。バブル崩壊後の失われた20年の根本原因は、冷戦終結後の安保体制の変質にある。ソビエト連邦という共通の敵を失った後、米国は日本の強大な産業競争力を最大の脅威と考え、日本叩きに狂奔した。従属的日米軍事同盟は、米国が日本を抑制する装置と化し、日本が築き上げたハイテク産業クラスターが壊滅させられた(「安保瓶のふた」時代)。

 しかし、2013年の安倍政権登場により、日米軍事同盟が米中対決の下で新たな定義を与えられた。米中対決という新たな時代を予見し、地球儀を俯瞰する外交を展開して、日本のポジショニングを決めた指導者こそ安倍晋三氏である。

●激変した米国の安倍評価、危険な国家主義者から信頼できる友人へ

 2013年の第二次安倍政権発足直後、靖国神社参拝をした安倍氏を欧米のジャーナリズムは「安倍=国家主義者の登場」と酷評した。尖閣を巡って対決色を強めていた中国は、戦後体制(戦勝国、米英ソ中による国際秩序)を変えようとする国家主義者安倍政権、と日本非難のキャンペーンを展開し、日本の孤立化を試みた。今では衆目が一致する中国の危険性を世界主要国指導者の中で最も早くから指摘し、安保法制の改革により日米同盟を強化したことは、揺るがない安倍政権の功績である。

 大統領に当選した初日に中国を為替操作国に認定し、制裁を科すと主張した新米大統領トランプ氏との蜜月関係は、単なる相性によるものではなく、この戦略性に裏付けられたものである。G7での安倍氏に対する高い信頼は、かつての日本の指導者では考えられないものである。産経新聞ワシントン駐在客員特派員の古森義久氏は、2006年第一次安倍政権発足当初、米国のメディアが憲法問題や歴史問題で「普通の国」と明快に主張する安倍氏に対して「危険なタカ派のナショナリスト」というレッテルを張っていた、と振り返る。この安倍氏が「共和党、民主党の別を問わず、完全に現代的で率直な、信ずるに足る友人であることを知るだろう」と古森氏が当時New York Times紙上で予測した通りになった。古森氏は「米国側の逆風をかつてないほどの順風に変えたのは、安倍首相自身の実力、努力、信念と哲学であった」と述べている(8月30日付 産経新聞)。
 
 米中敵対関係が米国の勝利で終わることに疑いの余地はないであろうが、その時、安倍氏の戦略的妥当性がいかに日本の経済とプレゼンスを高めたかが証明されるだろう。この安倍氏の中国や北朝鮮の全体主義体制の危険性の認識は、ヒューマニズムに基づいていると考えられる。安倍氏が日本の政治家の中で最も早くから一貫して北朝鮮による拉致被害者救済に奔走し、首相に就任してからは日米外交の最重要項目にし、トランプ氏の北朝鮮との交渉アジェンダに入れられたことから明らかである。

 なぜ、地政学的観点が重要かと言えば、それが経済の土台を決めるからである。かつてハイテク王国であった日本が、韓国、中国、台湾の後塵を拝すようになったのは、米国の日本叩きによるものであった。日米関係の劇的好転が日本の国際分業上の立場を大きく有利化し、日本経済を押し上げていくことは疑いない。

◆近代日本の興亡と地政学レジーム
1870⇒1930:驚異の離陸……………明治維新体制
1930⇒1940:大破局…………………敗戦
1950⇒1990:奇跡の復興と成長……日米安保体制  ①防共の砦
1990⇒2010:長期停滞………………日米安保体制  ②安保瓶のふた
2010年代:……………………………日米同盟再構築 ③中国封じ込め
⇒日本大停滞の鍵は超円高による日本封じ込め

(2)最強のデフレファイター、だが財政健全化路線に足すくわれる

●アベノミクスを打ち出した見識

 デフレ脱却、失われた20年を終わらせたのも、安倍氏の業績である。日本の長期経済停滞の原因は、上述の地政学要因に加えての、誤った財政金融緊縮政策にある。バブルつぶし、信用抑制、財政節度というマクロ的緊縮政策が2000年から2012年まで続いた。

 2003年に高名なジャーナリストと安倍晋三官房副長官の案内で小泉首相に面会し、「名目経済成長を高めるためのインフレ政策が必要です」と建言したことがある。この時、改革者と思われていた小泉首相は、「インフレはダメだ」と一刀のもとに切り捨てた。財務省の財政再建キャンペーンにすべての学者、政治家、メディアが洗脳され、積極的マクロ政策の必要性を議論する雰囲気は全くなく、民主党政権になってそれは一段と強まった。

 2000年代から続いていた日本病、デフレ進行、世界最低の異常な低金利の意味するところは、需要不足と貯蓄余剰である。このデフレ政策が円高を加速し、日本の産業競争力は壊滅寸前(ハイテク中枢産業は壊滅)にあった。

●安倍無くしてデフレ脱却は無かった

 2013年に安倍政権が誕生し、このデフレ政策体系がはじめて根本転換されたのである。大半の学者、エコノミスト、メディアが反対する中で、浜田宏一氏を内閣参与に迎え入れ、高級官僚中で唯一デフレ政策を批判していたアジア開銀総裁であった黒田氏を日銀総裁に迎え入れ、大胆な金融緩和、財政出動、改革を3本の矢とするアベノミクスを打ち出したのである。

 後半、安倍氏の意に反して、デフレ派の反撃により2度にわたる消費税増税、財政均衡路線回帰(プライマリー財政収支黒字目標)により経済と株価は息切れしたが、経済政策軸の大転換をたった一人で成し遂げたことに、驚愕した。2009年以降、武者リサーチは積極的マクロ政策と円高阻止の金融政策を強く訴え続けたが、孤軍奮闘の感が強かった。

 2013年以降、株高、雇用拡大、名目GDP上昇と経済パフォーマンスは大きく改善した。アベノミクスがなくても、世界経済拡大という循環環境の下で景気は良くなっていたはずだという論者がいるが、それは間違いである。2009年以降、2012年まで、欧米株価がボトム比2倍前後の上昇を遂げていた時、日本株はリーマン後の最安値近辺で低迷していた。民主党政権と白川日銀体制の下での円高デフレ政策が主因である。例えば、東日本大震災の直後に日本支援のためのG7為替協調介入がなされ、為替水準是正の絶好の環境が整ったが、この好機を生かせなかった。

 円レートとG7協調介入の推移をみると、過去6回の協調介入のうち5回は為替トレンドの大転換をもたらしたのに、2011年3月の震災直後の協調介入はトレンドを転換できないばかりか、さらなる円高がその後2年にわたって継続した。QE(量的金融緩和策) によりバランスシートを大膨張させてリフレ政策を加速した米国FRB(連邦準備理事会)、ECB(欧州中央銀行)に対して、日銀が全くの無策であったためである。この結果、2011~2012年の2年間にさらなる超円高により、エルピーダメモリの破綻、シャープ、パナソニック、ソニーの液晶やテレビの衰弱など、ハイテク産業競争力に最後の一撃が与えられた。

 このツンドラのように日本に蔓延し、日本人のアニマルスピリットを奪っていたデフレマインドを払しょくさせたのは安倍氏の功績である。安倍政権の7年半の間に、2%のインフレ目標には届かないもののデフレは終焉し、株価は2.24倍となり、コロナ危機のさなかですら6月失業率2.8%と大幅な雇用増加を実現した。

●財政健全化路線で成長とん挫は悔恨である

 後半、経済成長率が息切れしたのは、2度にわたる消費税増税と、財政再建路線、プライマリー財政バランスの改善の影響が圧倒的に大きい。プライマリーバランスはアベノミクススタート時点の2013年から2019年にかけて-9%から-2%まで、7%改善したが、それは財政が毎年GDPの1%の需要を奪い続けたことを意味する。アベノミクスの第二の矢である財政は大きく逆走したと言える。消費税増税は三党合意の縛りによるもので安倍氏の本意ではなかったが、それに足をすくわれたのは、悔恨の極みと言えよう。

 アベノミクス第三の矢である諸改革も着実に進展した。(ⅰ)働き方改革、女性参画、教育無償化、(ⅱ)タテ割り行政の是正、内閣人事局、官邸主導、内閣の指導力発揮、(ⅲ)コーポレートガバナンス改革、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)、郵貯改革、(ⅳ)法人税減税、(ⅴ)TPP(環太平洋経済連携協定)参加など、いずれも首相の指導力で実現したものである。

(3)ポスト安倍は「安倍」

●圧倒的安倍氏の存在感、求心力は高まろう、再登場は必至

 これほどまでに成果を上げた不世出の政治家ともいえる安倍氏は依然として議員であり続ける。安倍退陣の結果、メディアによる批判のための安倍批判は消滅し、実績と政策が検証され、安倍氏の評価は大きく高まるだろう。

 安倍氏の健康治療次第であるが、完全治癒すれば第三次安倍政権、不安が残れば、最高顧問・副総理格で始動、キングメーカーになる可能性が高い。年齢65歳とまだ引退する年でない。つまり、ポスト安倍は安倍なのであり、次期首相は安倍政権との継続性と、安倍氏再起のためのつなぎの役割を果たす政治家が望ましいということになる。トランプ再選となれば、安倍再登場を望む声が高まるだろう。安倍氏は米国史上唯一大統領を4期務めた FDR(フランクリン・セオドア・ルーズベルト)のような存在になるかもしれない。

●安倍政治の継続性が確信されれば市場は高評価を

 新内閣は暫定政権、自民党両院議員総会で選出、カギを握っている二階自民党幹事長は安倍4選論者であったことを考えれば、菅官房長官が短期リリーフの任を務める可能性が高い。

 次期政権に期待される政策、(ⅰ)対コロナ対策(純粋な行政的項目)、(ⅱ)リフレ政策と改革、(ⅲ)デジタル化の推進である。各種改革の旗振り役でもあった菅氏は、改革とデジタル化推進者としては最適任といえる。短期暫定政権である故、憲法改正など長期課題は封印されるだろうが、それを外人投資家は好感する。であれば、株価は新首相の誕生をポジティブにとらえるのではないか。

(2020年8月31日記  武者リサーチ「ストラテジーブレティン260号」を転載)


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