【市況】武者陵司 「新型コロナウイルスと米国株高シリーズ(2)」<後編>
武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)
※武者陵司「新型コロナウイルスと米国株高シリーズ(2)」<前編>から続く
【3】米国株式バブル説の検討
●割高に見える対GDP比
米国株価はGDPと比し、歴史的に見ても著しく高い。日米株式時価総額のGDPに対する比率であるが、米国の現状は200%と史上最高水準にあり、1989年末バブルピーク時の日本の148%を3割以上も上回っている。また、株式時価総額と債務総額の対GDP倍率推移をみると、2009年のリーマンショック以降、債務倍率がほぼ2.5倍で横ばいである一方、株式時価総額倍率が大きく上昇し、両者が拮抗しつつあることが分かる。
日本と比較すると債務倍率はほぼ同等だが、株式倍率が日本のほぼ2倍となっている。また、主要国におけるPERとPBR推移の比較では、米国のバリュエーションは突出して高い。特にPBRは日本の1.2倍、独・仏・英の1.7倍に対して3.6倍と突出している。
●割安に見える対債券利回り比
しかし他方、株式は他の金融資産に対して(特にバブル化していると言える債券に対して)著しく割安との評価もできる。米国における各金融資産のリーターン推移を比較すると、株式のそれが国債や社債に対して突出して高く、株式が割安であることが分かる。
また、国債利回りと株式益回り(SP500)の推移を辿ると、1970年からリーマンショック直前の2007年までほぼ連動していたものが、2009年以降、金利低下に益回りが追随して低下せず両者の乖離が著しく広がっていることが分かる。つまり、債券と株式の間の裁定的投資が行われなくなり、株式が恒常的に割安化しているのである。
●金利低下によりPERは上昇して当然
バブル説の有力な根拠は、シーラー教授のCAPEレシオ(インフレ調整後の10年移動平均利益に対する株価倍率)であろう。これが25倍を超える水準は持続可能ではなく、その後必ず下落している、と吉川洋氏(前東大教授・立正大学学長)、山口廣秀氏(元日銀副総裁・日興リサーチセンター理事長)らは主張している(「高まる米国の金融リスク 日本経済激震の要因に」週刊ダイヤモンド2019年9月21日号)。しかし、大恐慌時以来、初めてCAPEレシオが25倍となった1995年12月以降、2020月2月までの291カ月のうち、200カ月(全体の69%)が25倍以上のバブルテリトリーなのである。
株式が金融資産であり、金融資産の価値を計る物差しが長期金利(10年国債利回り)であるとすれば、金利低下が妥当なPERを引き上げることは論を待たない。長期金利が大きく低下した1995年以降、PERが上昇するのは当然、高PERが新常態とみるべきであろう。
●株式不人気の下での株高
株式がバブル(=持続不能)であるかどうかは、投資家の楽観・熱狂の度合いで第一義的に判断されるが、その点で最も株式に楽観的な米国においてさえ、人々は慎重である。リーマンショック以降の10年間、米国国内の投資主体、米国家計、年金、保険、投信はすべて米国株式を売り越してきた。米国株式に対して、国内投資家は著しい慎重姿勢を維持し続けてきたのである。
米国投信とETFの2016年以降の累積投資を見ると、資金流入はもっぱら債券投信であり、株式投信に対しては全く入っていない。日欧と同様に米国でも、家計、年金、保険、投信の余剰資金は一手に国債に向かっている。米国債の投資主体別保有比率をみると、2015年以降のテーパリングでFRB及び外国人が米国国債を売る中で、一手に買い続けてきたのは米国国内投資家(家計・銀行・機関投資家)だったのである。
こうした中で株式に対する待機資金は大きく積み上がっている。MMFへの資金流入は2019年で5475億ドルと過去最高レベルの流入となり、12月末の残高は3.6兆ドルと、2009年リーマンショック時(2009年1月3.8兆ドル)に並ぶ過去最高水準となった。弱気心理の大きさを物語っている。この環境下で金融緩和による新規マネーの増加と自社株買いによる株数の減少が進展するのであるから、バブルどころか株価急伸の条件が揃っていると言えよう。
もちろん、当面株高が期待できるとしても、それはいずれ止まり、場合によっては急落する可能性は排除できない。想定される急落の引き金は、政治・地政学的ショックを除けば、(A)景気悪化と企業収益の減少、(B)インフレ高進による金融引き締めの二つであるが、どちらも可能性は小さい。現状では循環的景気悪化が起きにくくなっている。
【4】バブルでないとすれば株式資本主義新時代、との見方も可能
●金融レジームは昆虫の殻
金融レジームとは昆虫の殻に例えることができよう。技術と生産性向上に伴う経済実態の拡大に、古い殻である旧金融レジームが対応できなくなり、新しいレジームが登場する。金本位制に縛られた通貨増発制約が、1929年からの世界大恐慌を引き起こし、管理通貨制度への変態が余儀なくされた。1980年前後の米国不況は、ドル金交換停止によって可能となった世界通貨ドルの増刷(レーガノミクス)で回復し、それが新ブレトンウッズ体制(全世界管理通貨時代)に帰結した。
●紙幣発行メカニズムの変遷
QE(量的金融緩和)はなぜ新金融レジームと言えるのかだが、それは紙幣増刷の全く新しいメカニズムだからである。米国の歴史を振り返れば、米国経済の盛衰、NYダウ工業株の100年の趨勢が、金融レジーム(=紙幣増刷メカニズム)によって変転してきたことが明白である。実質NYダウ(NYダウを物価指数で除したもの。購買力としての株式価値を示す)には、過去100年間で3つの大幅な上昇の波があり、いま第4番目の上昇の唯中にある。3つの波とは
(1).1910~1920年代(金本位制の下での古典的自由主義体制下での上昇)
(2).1950~1960年代(各国管理通貨制度→国内紙幣増刷体制、の下でのケインズ経済体制下での上昇)
(3).1980~1990年代(世界管理通貨制度→ドル散布体制、の下でのグローバル新自由主義体制下での上昇)、である。
そしていま、
(4).2010年から新たな上昇が始まっている。
それはQE(量的金融緩和)という紙幣発行の新しい仕組み、株式などの市場の許容度に即した通貨発行手段を用いた、市場本位制度とも考え得るものである。それは政府部門による需要創造を推進力とする新グローバル・ケインズ体制とでもいえる仕組みになっていくのではないか。
FTPL(物価水準の財政理論=シムズ理論)、MMT(Modern Monetary Theory)などの財政出動を正当化する理論が台頭しているのは、まさしく金融緩和と財政政策の二つのエンジンによる需要創造が必須・適切な時代の到来を示唆していると考えられる。日本の初期のアベノミクスやトランプ氏による財政金融総動員のマクロ政策が求められ、正当化される時代といえる。
(2020年2月21日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン245号」を転載)
株探ニュース