【市況】【フィスコ・コラム】想定外の政権交代ではポンドはどうなる?
1カ月あまり前、イギリスのメイ首相が電撃的に総選挙を決めた際、与党・保守党は最大野党・労働党との支持率を20ポイント超も引き離しており、圧勝が予想されていました。しかし、選挙まで1週間を切った現在、労働党の追い上げで支持率の差はわずか3ポイントまで縮小しています。一部の調査で保守党の過半数割れが観測されており、結果が出るまで予断を許さない状況になってきました。
独走態勢とみられた保守党が失速し、党内分裂ぎみだった労働党が猛追している背景には、両党のマニフェスト(政権公約)の明確な違いがあります。中でも、社会保障政策に関し、保守党の高齢者介護に関する提案が介護費用の自己負担を増やすとして、有権者の強い反発を買いました。保守党は欧州連合(EU)離脱をめぐり「ハード・ブレグジット」を選択し、EU側に対して有利な交渉を進めるとの触れ込みで選挙を戦うはずでしたが、社会保障問題が争点化され労働党の躍進を許しています。
一方、労働党のマニフェストは、伝統的かつ典型的な左派政策を柱とし、「民主社会主義者」を自認するコービン党首の主張を反映させたものになっています。鉄道や郵便など公益事業の再国有化、法人税率引き上げや高所得層への増税、大学授業料の無償化、労働者のゼロ時間契約の廃止などを掲げています。2年前の総選挙で、労働党はミリバンド党首がキャメロン首相(当時)に挑みましたが、結果は惨敗。保守党の緊縮財政に対し、労働党もソフトな緊縮財政といった内容で存在感をアピールできなかったのが敗因です。
労働党はその後も支持率低迷が続いていましたが、この選挙戦では保守党との違いが鮮明になり、一気に党勢を回復しています。例えば、「ゼロ時間契約」についても、両党のスタンスの相違は明白です。ゼロ時間契約とは、週当たりの労働時間を明記せず必要な時間のみ就労する非正規の雇用形態です。社会保障費や解雇手当もなく、企業にとっては人件費を極限まで抑えられる有利なシステムで、リーマン・ショック後の経済立て直しの過程で低賃金の職種を中心に急速に広がりました。これに関し保守党は「規制」を訴えていますが、労働党は「廃止」に踏み込み、若年層から強い支持を得ているもようです。
「英国病」克服のためにサッチャー政権が推進した新自由主義的な経済政策は、当時の経済立て直しには効果的でしたが、現在は貧富の差は拡大の一途をたどるなどその弊害が目立っています。大企業や富裕層優遇の保守党と、若年層や弱者を守る労働党の構図が鮮明になり、保守党が過半数を割り込む可能性も出てきました。既成政治の権化のようなメイ氏と、アウトサイダー的なコービン氏という対決も逃せない観点です。今後の状況により、追い上げムードの労働党が勝利を収めても不思議はありません。
今回はどの政党も単独で過半数議席を獲得できないハング・パーラメントの可能性があります。保守党は、2010-2015年の連立相手の自由民主党との共闘路線を選ぶとみられますが、自由民主党は政策的にはむしろ労働党に近いため、妥協による政策運営の遅れが懸念されます。逆に労働党が第1党となれば、同党の「ソフト・ブレグジット」路線とEU残留を望んでいた自由民主党とは共闘しやすいでしょう。金融市場の一部からも、労働党政権下での穏健なブレグジットならポンドのポジティブな反応につながる、との見方があります。想定外の「コービン政権」でも、ポンドにとって悪いことばかりでもなさそうです。
(吉池 威)
《MT》
提供:フィスコ