【市況】武者陵司「日本株投資にベクトルが揃う2023年春」
武者陵司(株式会社武者リサーチ代表)
―新しい資本主義の好循環が始まる!!―
桜の花とともに日本株ブームが到来しそうな雰囲気が高まってきた。1980年代の「Japan as Number One(ジャパン・アズ・ナンバーワン)」 から1990年代の「Japan Bashing(ジャパンバッシング)」、2000年代の「Japan Passing(ジャパンパッシング)」、2010年代の「Japan Nothing(日本無視)」を経て、再度日本に世界の注目が戻る兆しがある。コロナによりオリンピックには間に合わなかったが、今年の広島サミットは日本再注目の舞台を整えるかもしれない。
(1)千客万来、日本リスペクトの顕著な高まり
千客万来の予兆が諸所に現れている。韓国尹大統領、ドイツショルツ首相など日本に距離を置いてきた諸国首脳の使節団を引き連れての来日が相次いでいる。専制国家と対峙する米国の最有力の同盟国かつ専制国家に境を接している日本、素材・部品・装置などハイテク工業力・技術力で世界トップを維持する日本、ハイテクサプライチェーンで不可欠の環を持つ日本、ダイバーシティを標榜するG7で唯一の非白人国であり、Global South (途上国)との接点を持つ先進国日本、自縄自縛とも思われる平和主義の国・日本、ならず者国家ロシア、中国、イランに独自の戦略的互恵関係を維持している日本など、日本の稀有な立ち位置が今ほど世界から必要とされる時は、歴史上なかった。千客万来の予兆と言える。
●世界最大のホット観光スポット
お得感満載の日本は、外国人観光客でごった返している。2021年のWEF観光開発力ランキングで日本は1位になった。インフラ、文化遺産、豊かな自然と四季などが根拠である。これにおいしい食事(ミシュランランキング入りレストラン数の都市別順位は1位東京201店、2位パリ118店、3位京都107店、4位大阪94店、5位香港71店、6位ロンドン70店、7位ニューヨーク65店と圧倒的)、その後の円安による割安さを加えれば日本の観光競争力は圧倒的である。今月コロナ規制が撤廃される中国人の急増も予想され、2023年には過去ピークの2019年3189万人に迫り、いずれ世界最大のフランス9000万人に伍していくだろう。
●ハイテクの日本投資ラッシュ始まる
ハイテク投資に日本ラッシュの兆しも現れている。台湾積体電路製造(TSMC)<TSM>の熊本工場第2期、ラピダス千歳工場5兆円プロジェクトに加え、韓国尹大統領訪日に随行したサムスン、SKハイニックスなど、韓国半導体企業も対日投資を検討するとみられる。半導体次世代技術のカギとなる3D化に伴って後工程が重要になるが、TSMCが日本に開発拠点を設けるなど、日本が後工程技術のハブになる可能性がある。
また、OpenAIの創始者サム・アルトマンが「ChatGPT」のリリース後初の外遊先として日本を訪れ、岸田首相と面会した。
さらに日本経済新聞(4月9日付)は、施設規模を示す電力容量が現在北京の半分に過ぎない東京のデータセンターにおいて、経済安全保障に基づく投資が急増し、3~5年で北京に匹敵するアジア最大レベルに到達すると報告している。
企業の国内投資回帰も目白押し、京セラ <6971> [東証P]、安川電機 <6506> [東証P]、キヤノン <7751> [東証P]、富士フイルムホールディングス <4901> [東証P]、ローム <6963> [東証P]、ルネサスエレクトロニクス <6723> [東証P]、日立製作所 <6501> [東証P]、パナソニック ホールディングス <6752> [東証P]、資生堂 <4911> [東証P]、ユニ・チャーム <8113> [東証P]、ライオン <4912> [東証P]、アイリスオーヤマなど、枚挙にいとまがない。
(2)株価本位に舵を切る政策(岸田首相、金融庁、東証)、外国人の熱い視線
●投資の神様の日本に対するリスペクト
これらの日本リスペクトの高まりは、既に株式市場では織り込み済みである。投資の神様と尊敬されているウォーレン・バフェット氏は2020年に5大商社に投資し、持ち分5%の筆頭株主になったが、今年さらに買い増し7.4%保有となった。過去70年間日本を素通りしてきたバフェット氏が日本株のウェートを米国以外で最大にした。
来日したバフェット氏は、「今後私は日本の全ての主要企業を観察する」と日本株に関心を示した。そればかりか「投資家というよりもビジネスパートナーとしてやっていきたい」と岡藤伊藤忠会長に語ったという。日本のビジネスモデルと企業そのものに対する最大限の敬意である。
●株式市場は日本復活を織り込み済み
世間に日本悲観論、日本卑下論が蔓延しているが、あらゆる事象の最先行指標である株式市場では10年前にそれらは既に織り込み済みなのだ。日本株が最悪であったのは、バフェット氏が注目するよりもはるか前の震災直後、民主党政権下の2012年末であり、以降、日本株式は米国に次いで世界最高のパーフォーンス。2009年リーマン・ショック以降の株価上昇率も、2020年のコロナショック直前の2019年末以降の株価上昇率も、主要国では米国に次ぎ2番手のパフォーマンスになっている。
バックミラーを見ているメディア、学者・有識者の観測とは裏腹に、株式市場は極めて迅速かつ正確に日本の大復活を織り込んできているのである。
●ハゲタカの主張「株価が企業評価の絶対的尺度」に東証と金融庁が同調した
「日本が資本主義になる」というコラムがFT電子版に掲載された(3月31日)。日本企業が株主価値の最大化に軸足をシフトさせ、株価上昇の期待が高まっている、という趣旨である。
まさしく、日本企業は儲けをため込み過ぎ、過剰貯蓄による資本効率の悪さが日本株安の原因となってきた。米国株のPBRが4倍前後へと上昇してきたのに対し、日本企業は1倍前後と世界最低で低迷している。アクティビストは日本の株価が割安なのは、経営者が株主の期待に応えていないからだと批判し、数々のTOB(企業買い占め)を仕掛けてきた。
実際、東証上場企業の自己資本比率はほぼ50%と、欧米の平均(30%前後)に比べて5割方高い。この過大な自己資本を自社株買いで株主還元すれば、自己資本利益率(ROE)が急上昇し株価が上がる。それだけで株主価値は大きく高まる。
アクティビスト(通称ハゲタカ)、エリオット・マネジメントの圧力を受けた大日本印刷 <7912> [東証P]やシチズン時計 <7762> [東証P]が大規模な自社株買いを発表し、株価は3割以上高騰、PBR(株価/株主資本)は0.6倍前後からから0.9倍強へと大きく上昇した。次の自社株買い発表企業はどこかと世界の投資家は色めきたっている。
このアクティビストの「株価を尺度とした企業経営」に東証と金融庁が同調した。東証は資本コストや株価を意識した経営を上場企業に求め、PBRが1倍以下の企業に対して、是正策を要求した。また、鈴木金融担当大臣は、金融庁が株価評価が低い企業に対し、改善プランを求める方針であることを表明した。(4月7日)
●株式市場が資金循環の要にある米国、日本も追随へ
こうして余剰資金を自社株買いに振り向ける機運が急速に高まっている。自社株買いは2021年度8兆円、2022年度は10兆円に上ったとみられるが、2023年には15兆円規模まで飛躍し、最大の日本株買い主体になるかもしれない。
米国ではリーマン・ショック以降の12年間で株価は7倍と急騰したが、この株高を唯一けん引したのが累計4.5兆ドルに上る企業の自社株買いである。米国企業は利益のすべてを配当と自社株買いで株主還元してきたが、それによる大幅な株価の値上がり益などで米国家計の純財産が90兆ドル(GDP比4倍強)も増え、それが米国の旺盛な消費を支えてきた。日本でも米国のように好循環が起きる可能性が濃厚になってきた。
●日本株全員参加型投資ブームの予感
岸田政権の資産所得倍増プラン「NISA(少額投資非課税制度)」の改革で、個人資金の預金から株式への大きな資金シフトが始まっている。企業の自社株買い、家計の長期積み立て投資、機関投資家の債券から株へのシフトなど、日本人は全員参加型の株式投資に踏み出す前夜にあるといえる。
日本株の出来高は、長らく外国人7割、日本人3割と、日本国内投資家不在の状態が続いてきた。これが変わるとなれば、外国人投資家が活気づくのも当然であろう。
(3)起動する「新しい資本主義」、アベノミクスの成果の上に
●稼ぐ力の完全復活
上述のような好循環がいま期待できるのは、アベノミクスにより稼ぐ力が完全復活したからである。2000年から2010年、そしてアベノミクスが始まる2012年まで40兆円台で推移していた法人企業の経常利益は、アベノミクスが終わる2019年度に72兆円、2021年度には84兆円と倍増している。
この稼ぐ力向上の上に立って2度にわたる消費税増税が可能となり、税収が顕著に増加した。2012年度の日本の一般会計税収は44兆円であったが、2019年度は58兆円、2022年度の予算では65兆円と、10年前比5割増となっている。
●次の課題は、企業所得を経済に還流させること、「新しい資本主義」の出番
内閣官房による新しい資本主義実現会議資料(2022年6月7日)では、以下のように述べている。
「新しい資本主義においても、徹底して成長を追求していく。しかし、成長の果実が適切に分配され、それが次の成長への投資に回らなければ、更なる成長は生まれない。分配はコストではなく、持続可能な成長への投資である。」
「我が国においては、成長の果実が、地方や取引先に適切に分配されていない、さらには、次なる研究開発や設備投資、そして従業員給料に十分に回されていないといった、『目詰まり』が存在する。その『目詰まり』が次なる成長を阻害している。待っていても、トリクルダウンは起きない。積極的な政策関与によって、『目詰まり』を解消していくことが必要である。」
そして、1.賃金アップ、2.スキルアップによる労働移動の円滑化、副業兼業の推進、3.貯蓄から投資への「資産所得倍増プラン」策定――などの具体策を提示した。
●何故、株価重視政策へのシフトが正解なのか
この目詰まり解消の最も効果的方法こそ、株価重視への経済政策の転換である。岸田氏は当初の主張であるアベノミクス批判と見える分配重視の「新しい資本主義」の内容を換骨奪胎し、「成長と分配の好循環」というアベノミクス路線に回帰していった。
端的に言えば、株価を軽視・無視していたスタンスから株価重視スタンスへの大転換を実行したのである。安倍元首相は2013年ニューヨークで外国人投資家を前に「Buy my Abenomics(アベノミクスは『買い』だ)」と宣言し日本株高を謳ったが、岸田首相も2022年5月、それを真似て「Invest in Kishida(岸田に投資を)」とロンドンの投資家に日本株式への投資を呼びかけた。この転換こそ、大正解であり、岸田長期政権化のカギとなるだろう。
今、米国はじめ先進国経済は、まさに需要不足の淵にあると言ってよい。50年前のアメリカのリーディングカンパニーはゼネラル・モーターズ<GM>やゼネラル・エレクトリック<GE>であるが、これら企業は儲かると工場を拡張し雇用を増加させ、次の経済拡大循環を引き起こしてきた。
しかし、今のリーディングカンパニーであるアップル<AAPL>やアルファベット<GOOG>(グーグル)は、儲かっても設備投資もしないし雇用もさほど増やさない。膨大な企業利益が需要創造と経済の拡大循環に結びつかないのである。その結果、企業の余剰は金融市場に滞留し、著しい低金利を引き起こしている。
この企業の超過利潤と貯蓄余剰による低金利の趨勢は、今回のインフレと金融引き締めがあっても変わらない、とIMFは直近の世界経済見通し(2023年4月第二章)で分析している。
●超過利潤還流の必須のチャンネル、株主還元
最も望ましい解決策は、生産性以上に労働賃金を引き上げ、家計消費を持続的に増加させることである。そのためには適度のインフレが必要であり、今の米国でそれが起きている。2015年くらいを底にして労働分配率が上昇し、またユニット・レーバーコスト(単位労働費用)も上昇に転じている。こうした動きは、賃金上昇による消費の増加、格差の縮小、資本退蔵の解消という観点から望ましいことである。ここに高圧経済の必要性がある。しかし、賃金上昇を相当長きにわたって続けないと、この巨大なギャップは埋まらない。
故に、しばらくは企業の超過利潤は株主還元により、実体経済に還流させるほかはないのである。米国の経済成長が先進国中で最も高いのは、株式市場を通じた企業の超過利潤還流のメカニズムがうまく機能しているからである。
岸田政権の株価重視政策へのシフトは、まさしく米国型の企業超過利潤の経済への還流を促すものであり、全くもって結果オーライというべきである。
(2023年4月13日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン329号」を編集のうえ転載)
株探ニュース