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【市況】武者陵司「勝利に近づく、『死に至る病』との闘い」<後編>

武者陵司(株式会社武者リサーチ代表)

「勝利に近づく、『死に至る病』との闘い」<前編>から続く

●投資家と企業の「cash is king mentality」が抜本的に変わる

 金利が上昇する世界が示唆された今、これから連鎖的に何が起きるかを注視する必要がある。まず、ゼロ金利が続くとのんびり構えていた投資家は、態度をがらりと変えざるを得ない。金利が上昇するということは債券の値段が下がるということ。年金・保険などの機関投資家や金融機関、個人はこれまでの債券主体であったポートフォリオを株式主体に組み替えることが必要になってくる。

●異常な自己資本比率の高さ、ROEの低さが修正されていく

 また企業も、安全性を極端に偏重し、資本効率を犠牲にしてきた財務戦略の大転換を迫られる。バブル崩壊以降、日本企業は負債を減らし利益の社外流出を抑え、ひたすら自己資本を厚くするという保守的財務戦略に徹してきた。日本企業の自己資本比率は1975年の14%をボトムに一貫して上昇し、直近では43%に達し、欧米の2倍近くとなっている。この異常な自己資本比率の高さが、日本企業の収益力を低め、株価低迷の原因となっている。

 ROE(自己資本利益率)を日米で比較すると、日本(TOPIX平均)8%、米国(S&P500平均)21%と極端な差がある。また、PBR(株価純資産倍率)は日本1.1倍、米国3.9倍と4倍も引き離されている。いずれも自己資本を多く持ちすぎていることに原因がある。

 そもそも自己資本はコストゼロではなく、株主に相当の報酬(東証平均では配当2.5%、株式益回り8%)を払う責任を負っている。現在1%程度の負債と比べて著しく高いコスト資金源泉なので、自己資本を減らして全体としての資本コストを下げることが合理的である。

 今のうちに負債(借金や債券)を増やし自己資本を減らして、資本コストを下げなければ、競争に勝てない。資本コストを引き下げ、M&Aや新規投資を積極的に行う必要がある。まずは手っ取り早い自社株買いを加速させ、高株価経営を徹底させる必要がある。米国では自社株買いが最大の株式投資主体となって久しいが、ROE経営の定着によって日本でも、自社株買いが大きく増加していくことは間違いない。

 このようにして企業も投資家も債券を売って、株を買うという、資本の大移動を他に先んじて引き起こさざるを得なくなるのである。今回の政策変更が引き金を引いた金利上昇の長期トレンドは、日本の株式需給を飛躍的に好転させるものになるだろう。

●年初の乱気流、日本売りの正体、誤った日銀批判

 今年の日本経済展望は先進国の中で最も明るい。2023年の成長見通しをIMF(国際通貨基金)は米国1.0%、ユーロ圏0.5%、日本1.6%(2022年10月時点)、OECD(経済協力開発機構)は米国0.5%、ユーロ圏0.5% 、日本1.8%(11月時点)、世銀は米国0.5%、ユーロ圏0.0%、日本1.0%(2023年1月時点)と予想しており、先進国の中で日本が一番高くなっている。

 日本経済は、(1)世界的金融引き締めの中で唯一緩和基調が維持されていること、(2)パンデミックに対する過剰反応及び消費税増税によりコロナ後の経済の落ち込みが主要国中で最も大きかったが、その反動が期待できること(コロナ禍直前の2019年10月の消費税引き上げが1.2~3%程度日本の総需要を抑制し続けてきた)、(3)円安のプラス効果が発現すること、など多くの固有のプラス要因がある。

 それなのに年初、世界株高の中、日本株は大幅な下落でスタートした。欧米では利上げの打ち止めが見え始めているのに、日本ではこれから利上げが始まるとの観測がグローバル投資家の間に広がったからである。

 しかし、それが誤解であることは以上の説明から明らかであろう。グローバル投資家は日本株式を再評価してくるものとみられる。

●資本の大移動を引き起こす黒田総裁の英断

 YCCが「インフレ予想を促しながら、それを反映する長期金利を人為的に抑制するのは矛盾している。2%インフレが達成されるなら放棄せざるを得ない政策であった。」(日本経済新聞1月21日付「大機小機」)。そうした無理のある政策が必要となったのは、金利がマイナスに沈み、円高が進行するという異常な金融事態が起きていたからである。円高の懸念、マイナス金利の懸念が払拭された今は、正常化に向けての好機であった。

 このタイミングで黒田総裁はYCC変更を市場の意表を突いて挙行し、インフレ期待を高め長期金利上昇を示唆して人々の投資行動の変容を引き起こした。それが株式需給を根底的に変え、資本の大移動を引き起こすものとなるかもしれない。その判断の正しさは、これから起こる日本株高で証明されることになるだろう。後世に歴史的英断と評価されるかもしれない。

(2023年1月23日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン323号」を転載)

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