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【市況】武者陵司「勝利に近づく、『死に至る病』との闘い」<前編>

武者陵司(株式会社武者リサーチ代表)

●「死に至る病」cash is king mentalityに侵されている日本

 日本経済の諸悪の根源はデフレであり、デフレの起点にあるものがデフレ・マインドだ。「デフレだから現金で持っていた方がよい」という極端な現金志向が、日本を何をやっても駄目な国にしてしまった。お金はものに変わり、持ち主が替わることによって、循環し価値を高めていく。それが資本主義である。

 しかし、デフレによりお金を持ち続ければ価値が増える、という錯覚が共有されるようになり、日本ではお金の循環が止まってしまった。お金は経済の血液であるから、循環が止まると人と同じように経済も死んでしまう。デフレは、マルクス経済学でいう貨幣の形態転換(G-W-ΔG)の否定である。資本主義は無限の価値増殖の連鎖であるから、貨幣の形態転換の否定は、資本主義の死でもある。

 日本資本主義が貨幣が貨幣のまま保存されるという「死に至る病」に侵されている、という本質的認識が重要である。この無為の正当化は経済だけでなく、広く人々の行動を抑制し、心理学でいう「学習性無力感」=無気力症候群を定着させてしまった。

 日本のデフレの深刻さに対して、我々はあまりにも鈍感すぎた。白川前日銀総裁は「出発点は98年から始まった日本の物価下落であった。ただし下落といっても、12年末までの累計で4%弱、年平均で0.3%の緩やかな下落であり、わずか数年間で物価が20~30%近くも下落し失業も急増した30年代の内外のデフレ経験とは大きく異なる」「本当の課題はデフレ脱却、物価上昇率の引き上げということではなかった」(週刊「東洋経済」2023年1月21日号)と述べ、デフレのリスクを強調しすぎることを批判している。

 確かに2000年代初頭においては、マイルドな日本の物価下落は、デフレスパイラルとは異なり、深刻なものではないとも思われた。しかし、今日に至って振り返ると、長期にわたるデフレが日本人のメンタリティーを根底から変え、アニマルスピリットを破壊してしまったことを認識しないわけにはいかない。

●機能不全に陥った金融市場

 いくら企業が富を生み、株式の本源的価値が高まっても、デフレが続く限り、現金を持ち続ける方が有利になる。日本企業の収益力は著しく高まり、利益は史上最高水準にある。にもかかわらず、株価が低迷し極端な割安の状態にある。日本の金融市場がまっとうな価値評価に基づく、資本配分の場として全く機能しなくなっている。

 日本と米国の家計の資産配分(年金保険の準備金を除く)を比較すると、日本はリターンゼロの現預金・債券が全体の76%と大部分を占め、配当利回り2.5%、益回りで見れば8%と著しくリターンが高い株・投信はわずか20%の構成となっている。

 他方、米国は73%が株式・投信、現預金・債券は23%である。これほどのリターン格差があるのにそれが全く埋められていないのは、日本の金融市場が壊れているからである。

 アニマルスピリットの度合いは、株式と債券との利回り格差によって観察できる。日米の両者のスプレッドを振り返ると、現在の日本の株式と債券のリターン格差は史上空前で、米国ではYCC(イールドカーブ・コントロール)が導入されていた第二次大戦直後の1940年代に匹敵するものであることがわかる。日本資本主義が「死に至る病」に侵されているという基本的な証拠である。

●YCC修正が引き金を引いたインフレ期待

 この日本の根本的病理との闘いという観点から考えると、昨年12月の日銀によるYCC政策の変更(=これまで0.25%にしていた10年国債利回りの上限の0.5%への引き上げ)は、大きな画期であるとみられる。黒田総裁は、投機筋を勢いづかせることを懸念して、今回の変更は微調整で異次元の緩和は継続され続け何も変わらないと説明しているが、その説明は苦しい。2016年のYCC導入以降、初めての事実上の利上げであり、異次元緩和の出口に向かう第一歩であると見ないわけにはいかない。

 しかし、デフレ脱却が展望できるようになったからこそ、利上げが視野に入ったのであり、これは異次元金融緩和が勝利に近づいている証だとも考えられる。

 多数派のメディアやエコノミストが主張する、「日銀はヘッジファンドの日本国債売りに押されて不本意な利上げに追い込まれた」というネガティブな見方は間違いである。第1に、2%インフレ目標の実現可能性が高まってきたから日銀は自らの判断によって利上げした、第2に更なる国債売りのチャレンジは続くだろうが、日銀はいくらでも国債を購入し時期尚早の金利上昇を抑えることができる。為替か国内景気かの二者択一を迫られた1992年のBOE(イングランド銀行)とは異なり、日銀はジレンマには追い込まれてはいないのである。

<後編>へ続く

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