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【特集】原油暴落は次世代の枠組みを生み出すか?産油国を襲う淘汰の大波 <コモディティ特集>

minkabu PRESS CXアナリスト 谷口 英司
 新型肺炎による経済活動の自粛・制限で需要の多くが失われ、原油相場は近年にない安値圏に沈んだ。世界中の様々な原油の指標となるウエスト・テキサス・インターミディエート(WTI)は20ドル付近まで下げ、2002年以来の安値をつけた。深刻な景気後退になれば、一段安を警戒しなければならない。

 スペインやイタリアなどの新型コロナウイルスの感染拡大ペースには驚くばかりである。世界最大の石油の消費国である米国でも猛威を振るっており、感染者数はあっさりと4万人を突破した。若者の一部は新型肺炎をBoomer Remover(ブーマーリムーバー)と歓迎し、ベビーブーム世代の老人を葬ってくれるウイルスとして喜んでいるようだが、彼らが体験したことのない経済危機はすぐそこにある。世界経済の景気後退が長期化すれば、就職難や失業で最も苦しむのは経験や技術の乏しい若年層である。

●金融政策はほぼやり尽くしてしまった

 世界はリセッションに向かっており、統計上ではこれから驚愕の数値を目の当たりにすることになる。経済的に恐ろしく寒くなるのは4-6月期との見方が多い。ただ、欧州や米国で感染者数は増え続けており、景気悪化の底は見えていない。各国中銀は政策金利をできる限り引き下げ、豪州やニュージーランドでも量的緩和(QE)が新たに始まったが、現時点で主要国の中銀が金融緩和をほぼやり尽くしてしまっていることにも恐怖を感じる。日銀の発表した緊急対応は末期的だった。経済危機が深まったとしても、金融政策ではこれ以上痛みを和らげることが難しい。財政的な経済対策は順次発動されていくだろうが、主要国の財政は赤字まみれであり、暗い見通しを変えるほどの効果は期待できない。

 10年以上前の世界金融危機を克服した後、世界経済が回復する過程で金融政策を正常化し、財政を健全化するべきだったのだろうが後の祭りである。コロナショックが始まる前の時点である程度正常化できていたのは、世界金融危機の震源地だった米国だけである。金融政策を平時の状況に戻せていない主要国が多いことは、企業が金利負担に耐えられないほど脆弱であることを示唆する。新型肺炎が弱々しい企業の淘汰に一役買うにしても、連鎖倒産は景気見通しをさらに暗くする。

●OPECプラスの崩壊でサウジは豹変

 石油の需要見通しは真っ暗だが、供給見通しも最悪なままである。世界最大級の産油国であるサウジアラビアはフル増産したうえで在庫を取り崩し、国内向けの原油も国外市場に供給する構えであり、過去最大規模の日量1000万バレル超の輸出量を確保する。原油安による収入減をシェア拡大で補う必要があるが、価格安定を目指してきたサウジの豹変ぶりに狂気を感じるのは筆者だけではないだろう。

 ロシアのアンドレイ・ベロウソフ第一副首相は中東諸国を非難し、ロシアは石油輸出国機構(OPEC)との協力を終わらせようとしておらず、原油安も望んでいないと述べたが、今月のOPEC総会後、ロシアとサウジは決別したままである。相場の暴落後、ロシア国営石油大手ロスネフチのイーゴリ・セチン最高経営責任者(CEO)は「他の産油国が増産するとして、追加減産案は存在するのか?」と述べており、需給悪化を意に介していない様子である。サウジと同様にロシアも増産を検討しているものの、セチンCEOは年末までに1バレル=60ドルまで回復するとの見通しを示した。同氏はOPECプラスを崩壊させた中心人物であり、現状に満足しているようだ。

●米国とサウジの石油同盟形成の可能性も

 一方、米国はサウジに特使を派遣し、OPEC総会を機に始まった石油の価格戦争に介入する。OPECプラスの創設でサウジとロシアの距離感はこれまでになく縮まったが、ロシアとサウジが仲違いした今、米国はまたサウジとのつながりを強化しようとしている。石油市場の安定に向けてブルイエット米エネルギー省長官は、検討中のかなり多くの選択肢に、米国とサウジの石油同盟形成が含まれていることを明らかにした。先週末の米WSJは、米エネルギー省の担当者がトランプ米政権に対してサウジをOPECから脱退させ、米国とサウジが価格安定に向けて取り組むよう模索していると報道している。

 需要・供給見通しの両面から、原油は大安売りが続きそうだ。産油国にとって過酷な現実が短期間で一転する可能性はほぼないが、年初からの3ヵ月間は異常な相場だった。米国がイラクで爆撃を行い第三次世界大戦が想起されたかと思えば、新型肺炎が中国だけでなく世界経済を崩壊させ、結果的に過去の遺物であるOPECまで事実上壊滅させた。世界経済がリセッションに入れば、一部の産油国は遅かれ早かれ財政的に破綻するのではないか。米国とサウジの石油同盟は現実との乖離が甚だしく理解が追いつかないが、もう何が起こっても驚かない。

(minkabu PRESS CXアナリスト 谷口 英司)

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