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【特集】「BRA優秀賞受賞」、野村証券の青木英彦氏に聞く「小売業の持続的成長へのカギとなる全体最適とは」

青木英彦氏(野村証券)

―求められる流通構造の変革―

 ベーシック・レポート・アワード・コミッティ(BRAC)は11月、第1回目となる「ベーシック・レポート・アワード(BRA)」の発表と表彰を行った。これは過去の一定期間に発行されたセルサイドレポートのうち、企業価値の視点に立って事業・経営の深い洞察が行われ、投資に活かされ、企業と投資家の対話の質を高めることに貢献したレポートを表彰するもので、アナリストが持つリサーチ力が改めて注目されている。そこで、小売業界に関する「完全版:革新の探求~全体最適しかない~」というレポートで優秀賞を受賞した野村証券の青木英彦氏に、受賞の喜びや小売業界が置かれている現状などを聞いた。

●優秀賞受賞の感想をお聞かせ下さい

 今回の受賞を大変光栄に思っています。バリュークリエイトの佐藤明氏をはじめBRA創設に尽力された方々に感謝しております。長期的な企業価値に主眼を置いたベーシック・レポートは、取材や執筆に多くの時間を費やす必要がある一方、短期志向の投資家が増えていることや、証券会社にとって必ずしも目先の売買手数料収益につながる訳ではないこともあり、正当な評価を得られていないという現状があります。そうしたなかで、アナリストが持つリサーチ力が改めて評価されることはモチベーションの向上につながりますし、特に若いアナリストの励みになると思います。

 本来アナリストが執筆するレポートは、投資家だけでなく企業の経営者も読みたいと思うものでなければならないと考えます。例えば、業界が抱える問題点や改善点を指摘することで経営者の意識を高め、それを投資家との対話につなげることがアナリストの持つ役割のひとつだと考えています。対話の質を高めることは投資判断をするうえでも非常に重要で、アナリストは経営者と資本市場とのコミュニケーションを活発化させる触媒にならなくてはならないし、そうあるべきだと思っています。

●受賞された「完全版:革新の探求~全体最適しかない~」と題するレポートを執筆した背景を教えて下さい

 小売・流通業界は、商品を生産してから販売するまでのトータルの仕組みが効率的でないため、これまでと全く違う収益構造を持った企業が参入した場合、既存の企業がシェアを奪われてしまう可能性があることに警鐘を鳴らす意味で執筆しました。

 日本の流通構造は、その多段階性に大きな特徴があり、一般的な商品の場合、メーカーでの生産から小売りの店頭に並ぶまでに5ヵ所程度のストックポイントを通過しますが、その間、在庫の管理や保管・作業のコストがかかってしまうという構造的な問題があります。アマゾンの場合はそれを極力簡素化していますが、日本の小売・流通業界は商品の生産から在庫、物流、店舗オペレーションが全体として効率化されておらず、それが大きな課題となっています。

 こうした一連のプロセスを最適化し、メーカー、卸、小売りというサプライチェーン全体で、競合に対する持続的な競争優位と高い収益性を実現する取り引きの形態、いわゆる「全体最適」をどのように実現していくのかが、今後3~5年の小売りセクターを展望するうえでひとつのポイントになるとみています。

●日本の小売業が「全体最適」を実現できていないのは何が原因ですか

 日本の小売業が全体最適を実現できていない最大の要因は、効率化のメリットをメーカー、卸、小売りの各段階でいかに分配するかについての公正で透明なルールが策定されていないことにあります。流通全体の効率化を実現するためには小売りの行動が重要で、例えばメーカーと卸がいくら効率的なシステムを作ったとしても、小売りが返品を繰り返したりすればムダが出てきてしまい、結果としてメーカーや卸のコストに響くことになります。これを解決するためには、返品をしない小売りにはインセンティブを与えるなど、物流量や物流サービスのレベルに応じた価格を提示するメニュープライシングを導入するべきで、透明性のある取引ルールを作らない限り、サプライチェーン全体の効率化は進まないと思っています。

 米国では1990年代に提唱されたECR(効率的消費者対応)活動を通じて、メーカー、卸、小売りが協力して情報や商品を必要としている場所に、迅速かつ確実に、低コストで供給しようという考え方が既に定着しており、日本は遅れていると言わざるを得ません。メニュープライシングの導入は、メーカーや卸にとって小売り側からの過度な要求をブロックする有益な手段となるほか、小売りはサプライチェーン全体の効率化への貢献度に応じて、取引先からインセンティブを得ることによって持続的な競争優位につなげることができると考えます。

●勝ち残り戦略として、「全体最適」の実現がカギを握りそうですね

 今後、効率化を実現できた企業は更に成長し、できない企業は市場から淘汰されるという競争原理が強く働くことになると思います。国内ではファーストリテイリングなど全体最適を志向している企業が台頭し、伝統的なメーカーや小売りは危機感を持ってはいるものの、依然として効率化が進んでいない現状があります。非効率な流通構造の原因である現在の取引ルールが変わらなければ、伝統的なメーカーや小売りは引き続き消耗戦を続けることになると思われます。サプライチェーン全体で情報を共有し、一体となって取り組まなければ将来の展望を開くことはできず、勝ち残るためには商品コードの標準化や物流の効率化などを推し進めて“全体最適を実現するしかない”と考えます。

●競争力のある企業はどういった強みを持っているのでしょうか

 競争力が強い企業の特徴として、一つは店舗運営の効率化によるローコストオペレーションを実現していること、二つ目は同じ商品であればより安く仕入れる力(バラで発注するのではなく、まとめて仕入れるなどの買い方)、三つめは自社で生産し販売するという製造小売りへの進化が挙げられ、そのすべてが店頭での競争力に反映されることになります。

 こうした企業は店舗運営や生産、商品の企画、素材の調達など全体として最適化を図ることで高い収益性を実現しており、その代表的なものがプライベートブランド(PB)であり、競争力の源泉となっています。

●19年10月に予定されている消費税増税が小売業界に及ぼす影響をどうみていますか

 消費税増税が小売業界に及ぼす影響として注目すべき点は、消費者の価格感応度やバリュー志向が強くなるという傾向があることです。そうなると消費者は買い物をする店舗を慎重に選ぶようになりますので、価格競争力のある企業にシェアが集中し、競争力のない企業は一気にシェアを失ってしまうというシェアの流動性が高まります。これは過去の例をみても明らかで、今回もそうしたことが起きるとみています。消費税増税が小売企業にとって必ずしもマイナスになる訳ではなく、バリューのある商品を提供できる企業にとっては大きなチャンスになると思います。

◇青木英彦(あおき・ひでひこ)
2017年野村証券入社。消費チーム・ヘッド。入社以前は、1989年より野村総合研究所、1996年より野村証券インターナショナル(米国ニューヨーク)、2000年よりゴールドマン・サックス証券東京支店、2005年よりメリルリンチ日本証券でセルサイド・アナリスト。ニューヨークではAmazon.com、Wal-Mart Stores、Gap、Coca Colaなどを担当。グローバルな視点と幅広い周辺調査に基づいたサプライチェーン全体の構造分析に注力している。産業構造審議会流通部会臨時委員、製配販連携協議会準備委員などを歴任。1989年神戸大学経営学部卒業、1992年米国Duke大学経営大学院(MBA)卒業。2018年神戸大学大学院経営学研究科後期課程修了(博士、経営学)。CFA協会認定証券アナリスト。日本証券アナリスト協会検定会員。

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