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【特集】バリュークリエイト、佐藤明氏に聞く 「いまなぜ、ベーシック・レポートが必要なのか」

佐藤明氏(バリュークリエイト)

―日本社会の価値創造にリサーチ力の活用を―

 ベーシック・レポート・アワード・コミッティ(BRAC)は、このほど第1回目となる優秀賞、特別賞、奨励賞を発表し、授賞式を開催した。BRACはアナリストによる「ベーシック・レポート」の内容を評価するもの。手数料の透明化を求める動きが台頭し、人工知能(AI)による分析も登場するなか、いまアナリストの存在意義が問われている。そんななか、「いまこそアナリストはベーシック・レポートを書くべきだ」と、主張するバリュークリエイトの佐藤明氏にBRACを発足させた意味を聞いた。

●そもそも、なぜベーシック・レポートを表彰するアワードを始めようと考えたのでしょうか

 私はアナリストによるリサーチの持つ力は、すごくあると考えています。しかし、日本の社会では価値創造に向けたリサーチの力が生かし切れていないように思えます。この状況を変えるにはどうすれば良いのか。そのためには、第1には良いリサーチをたたえ、感謝の気持ちを伝えたい、第2には良いリサーチはみんなで共有したいと考えたのです。

 2000年頃から、短期志向のヘッジファンドなどの投資家が増えました。そして、証券会社もその短期志向の投資家とのビジネスを優先する方向に動いた面があります。このため、アナリストの仕事も速報的なメモの作成や投資家を集めて工場見学に行くツアーガイド的な仕事が増え、更にエンターテインメント性のあるプレゼンテーションなども要求されるようになっていきました。こういうことが、決して悪いというわけではないのですが、結果として長期的な視点から業界や企業を分析し投資家にインサイト(洞察)を与えるようなレポート、つまり「ベーシック・レポート」があまりにも減ったように思えます。

●アナリストがみんな短期志向の方向を向いてしまったというわけですね

 これはバランスの問題なのですが、アナリストが決算速報やプレビュー取材の方向に向かってしまったことで、彼らあるいは彼女らが本来持っている知識や能力が生かされていない。これはすごくもったいないことだと思うのです。このため、多くのアナリストが疲弊してしまい、モチベーションも下がってしまっているように思えます。

 もっと多様性があっていいのではないでしょうか。短期のレポートを書く人もいれば、長期で分析する人もいるといったようにです。例えば、ものすごく長期的な視点から財務諸表には出てこない会社の歴史や経営理念、人材などといったプレ財務資産からの分析を行うアナリストがいてもいいと思うのです。事業会社からみて読みたくなり示唆に富むようなレポートがもっと増えれば、資本市場と経営者の対話が促進されて、より良い社会やマーケットが形成されていくと思います。

●投資家だけではなく、企業経営にも役立つアナリストレポートが求められているわけですね

 そうです。レポートを書くに当たり事業会社も取材を受け協力しているのですから、事業会社にもそのナレッジというか知見を返していくことはとても健全なことだと思います。事業会社による統合報告書と、アナリストによるベーシック・レポートは車の両輪となるものだと思います。企業は、自分で自分のことは評価できないのです。

●証券会社にとって、短期での売買をもたらし手数料収入につながるようなレポートを書くようにアナリストに求めるのは仕方ない面はありませんか

 それは業績に与えるインパクトを短期的に捉えるのか、長期的に判断するのかによるのだと思います。その業界や会社を深くしっかり分析した内容が優れたベーシック・レポートなら、投資家はいつも手元にそのレポートを置き参考にすることができ、そのベーシック・レポートは長期的に収益に寄与することになると思います。優秀なベーシック・レポートには賞味期限がないと考えています。短期志向の投資家のニーズばかりに応えているようではいけないという機運は、この2~3年ほどで幾つかの証券会社の調査部門のなかからも出てきているように感じています。

●各種規制の強化によりアナリストを取り巻く環境は厳しさを増しています

 決算発表前にアナリストが業績についてヒアリングするプレビュー取材に対する規制や、欧州の「MiFID2(ミフィッドツー)」(注)などの動きが出ています。特に、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が「フィデューシャリー・デューティー(顧客本位の業務運営)」の姿勢を鮮明にしています。森信親・前金融庁長官による影響が大きかったと思いますが、なぜ売買の注文をその証券会社に発注するのかについてもこの2~3年で強く問われるようになってきました。大手資産運用会社が証券会社に払うフィー(料金)に対する意識も非常に高くなっています。

 更にアナリストを取り巻く環境が厳しくなっている要因のひとつにAIの登場があります。AIを使い決算短信などの定量分析を行わせれば人間はかないません。これらのことが意味しているものとは、「(証券会社に所属する)セルサイドのアナリストは本当に必要なのか」という問いかけなのです。

●このままでは「アナリスト不要論」が強まりかねないわけですね

 バイサイドの大手資産運用会社も社内にアナリストを抱えているわけですから、長年その業界や会社を担当し世界の競合会社も回るなどで、「この洞察力があるレポートは自分達では出せない」と言わせるようでなければ、セルサイドのアナリストはいけないと思います。決算に対するちょっとしたコメントなら対価は払えない、ということになってしまいます。AIはブラックボックスですから、なぜその結論に至ったかは説明できません。私は、アナリストには説明責任というより説得責任があると考えています。それはアナリストにしかできない仕事だと思います。

 これからアナリストは証券会社などの金融機関だけではなく、事業会社でも活躍の場は広がると思います。海外ではすでにその動きは強まっており、例えば韓国のサムスン電子には20人程度のビジネスアナリストがいると言われています。日本の企業はアナリスト的な視点からの長期的な戦略を立てたりすることが弱いように感じています。この点ですでに情報戦争に負けています。それだけに、いまこそ優秀なアナリストは求められているのだと思います。

●ところで、アナリストを表彰するアワードには大手メディアが主催するものなどもあります

 大手メディアなどが行っているアナリストランキングは人気投票のようなものです。それはそれでいいのですが、あちらが芥川賞や直木賞のようなものなのだとすれば、我々のアワードは本屋大賞のようなものだと考えています。我々は「有用なレポートを書いてくれてありがとう」という気持ちをアナリストに伝えたいのです。更に、これからはアナリストが出した有用なベーシック・レポートを一定期間が経過し後に誰もが見ることができ、共有することができるようになればいいと思います。アナリストレポートを社会的なナレッジにしていく。それは次の課題だと考えています。

(注)欧州連合(EU)による新たな金融規制で、運用会社に対して証券会社に支払う売買手数料とレポート手数料を分けて開示することなどを義務付けたもの。

◇佐藤明(さとう・あきら)
1987年野村證券グループ入社、以後1989年に同社証券アナリスト。日経金融新聞(現日経ヴェリタス)アナリストランキングでは、29歳で企業総合部門で1位(1995年)、1994~2000年造船・プラント部門7年連続第1位。2001年5月日米公認会計士の三冨正博と株式会社バリュークリエイト設立。海外資産運用会社、レオス・キャピタルワークス株式会社、長期投資のコモンズ投信取締役などの社外取締役を経験。現在、株式会社富士製薬工業(東証1部)社外監査役などを務める。

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