市場ニュース

戻る
 

【市況】武者陵司 「トランプ政権下の日本株投資戦略、壮大な上昇相場の始まりに(3)」

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

※(2)からの続き。

【6】リーマンショック後の停滞は、一過性の要因

小祝(丸三証券 社長):先ほど先生もおっしゃられたように、リーマンショック後の米国のGDP成長率は年率2.3%と、それまでに比べて大きく押し下げられています。成長率の低下についてハーバード大学のサマーズ教授は慢性的な需要不足による「長期停滞論」を唱えています。先生は、リーマンショック後の長期停滞の理由をどのようにお考えでしょうか。

武者:それは財政です。米国の内需を民間需要と公的需要を分けてみるとはっきりわかります。民間需要は既にリーマンショック前の成長に戻っていますが、公的需要は2009年から横ばいです。米国のGDP成長率が長期トレンドの約3%からリーマンショック後に約2%まで減速したのは、ひとえに公的需要が6年間横ばいだったことが理由だといえます。

 ですから、トランプ新大統領の経済政策によって公的需要が増えれば成長率が加速するのは当然のことです。加えて、先ほども申し上げたとおり、リーマンショック以降、超金融緩和にも関わらず、貸出が増えなかったことも低成長の理由ですが、その大きな原因は過剰な金融規制だと思います。

 確かに米国の成長率はリーマンショック後に鈍化していますが、その原因を資本主義の衰退や米国経済の構造的な問題に求め、これからも停滞期が続くと考えるのは明らかな誤りです。リーマンショック後の停滞は、政策的な要素、あるいは技術進歩が速すぎて必要なところに金が上手く回らなくなったというような一時的な理由だと思っています。

小祝:そうは言っても、リーマンショック後の米国の生産性の上昇率は1%を下回っていて極めて低い状況です。生産性が上昇していないことが経済の足を引っ張っているということはありませんか。また、生産性が高まっていない理由についてはどのようにお考えですか。

武者:技術的な説明をすれば、生産性というのは、使った資源からどれだけの経済的付加価値が生み出されたかということで、アウトプット(経済活動の成果)をインプット(労働力・資本投入量)で割って求めます。したがって、アウトプットに何を用いて計算するかによって結果は大きく異なってくるのです。一般的に使われるGDPのようなデータで計算すれば、それはおっしゃるとおり、生産性の伸びは低下しています。しかし、それにはいくつかの問題があるのです。

 まずGDPが正しく捉えられているかという問題です。例えば、半導体やハイテク機器は機能がどんどん向上して実質的な価値は高まっているにもかかわらず、全般に価格は激しく下落しています。そのために、GDP統計で、その価値の向上分を過小評価されている可能性があります。そしてもうひとつは、そもそも「第七大陸」、サイバー空間で生み出されている価値は、捕捉が難しく統計もないので、ほとんどGDPに含まれていないのではないか、ということです。

 また、生産性が向上していないというのは、アウトプットが拡大していないと言い換えられますが、それは需要が少なく貯蓄が多いということです。貯蓄は、現在需要の将来への先送りといえますから、それによって、今の生産性が低められているとも解釈できます。

 アウトプットを正しく捕らえるのは非常に難しいことです。実体に則して考えるとアウトプットの尺度として、企業のもうけと人々の満足度という2つが上げられます。米国企業のもうけは史上最高水準ですし、人々の満足度はというと、確かに一部の白人肉体労働者の不満が高まっているというような事実はあると思いますが、全体として見れば暗い気持ちになっている米国人は多くないと思います。

 そう考えると、生産性統計そのものは、我々の実感とは乖離が大きくて、ほとんどが経済学者の机上の空論だと思います。経済の構造が大きく変わっていて、その構造の変化を経済統計や多くのエコノミスト、経済学者が捕捉できていないケースが非常に多いのではないでしょうか。

小祝:先ほどは、米国企業が「第七大陸」で圧倒的な競争力を持っているというお話をしていただきました。先生は米国企業あるいは米国という国が、このように強い競争力を生み出せる、国力の源泉は何だとお考えでしょうか。

武者:米国の国力の源泉はイノベーションにあると思います。米国にはイノベーションを生み出す土壌があるのです。今、米国が最も強い産業競争力を持っているインターネット、サイバー空間の技術も、米国という土壌から自然に生まれてきたものなのです。名だたるインターネット・ハイテク企業の創業者や経営者を見るとインド人、ロシア人、ハンガリー人等、必ずしも米国人ではないことからも分かるように、外側に開かれていて、優秀な人を惹きつけるのも米国の土壌といえるでしょう。アップル、グーグル、アマゾン、フェイスブックといった「第7大陸」を牛耳っている企業が時価総額で上位に名を連ねているように、世に出て間もない新興のビジネスがあっという間に中心に躍り出るような大胆な変化を容易に認めるのも米国の土壌です。

 実は、私は2000年ごろ、アマゾンのバランスシートが滅茶苦茶に悪いのを見て、潰れるのではないか、経営はどうなっているのだ、という内容のレポートを書いたことがあります。しかし、そのような財務内容でも技術やアイディアが良ければそれを評価して、今のような巨大企業にまで発展することを許すのが米国なのです。

【7】35年に及ぶ債券上昇相場は終焉、株式へのシフトが始まる

小祝:2016年は世界的な金利の低下が続き、ゼロ金利、マイナス金利の国も多くなりました。しかし、足もとでは米国の利上げへの転換をきっかけに債券利回りは上昇(債券価格は下落)し始めています。米国10年国債利回りは1981年の15%台から2016年7月には1.3%台まで低下しましたが、米大統領選挙後には2.6%まで上昇し、一方で株価は日米とも大幅に上昇しています。これは35年に及ぶ債券上昇相場が終了し、債券から株式への資金の流れが始まったということになるでしょうか。

武者:まさにそうだと思います。そういったグレート・ローテーションというのは、前から言われてきたことですが、いよいよ本物の転換点が来たということだと思います。おっしゃられたように35年間も債券の上昇相場が続いたのですが、債券というのは基本的に固定金利で、購入してしまえば、ある意味ではリスクと関係なくリターンが決まっている商品です。それが一方的に上昇し続けるというのは、リスクテイクに対する基本的な姿勢や、適切なファイナンスを歪めてきた面があると思います。債券から株式へ主役が移行するということはつまり、リスクをとる行為、アニマルスピリットが正当に評価される時代に入ってきたということで、とても良いことだと思います。

【8】矛盾の中の中国経済だが、当面の危機は回避された

小祝(丸三証券社長):次に中国経済についてもう少し詳しくお聞かせいただきたいのですが、先生は以前から世界経済や株式市場のリスク要因として中国を挙げておられます。中国経済のどのようなところをリスクだとお考えなのでしょうか。

武者:基本的に中国は、矛盾に満ちているということです。全く異なる3つの主義・思想を取り入れて国家が運営されています。ひとつが共産主義、マルクス・レーニン主義と毛沢東思想です。もう1つが資本主義、市場経済です。両方の良いとこ取りをしようということです。しかし、民主主義のない資本主義経済が本当に成り立つのでしょうか。

 それに加えて最近では、中華思想・儒教思想も持ち出してきています。中華思想をもって南シナ海や台湾、チベットの領有権を主張するわけです。これの正当化に孔子を引っ張り出してきているのですが、孔子の教えは本来、共産主義とは相容れないものですから、ここにも矛盾を感じます。

 中国は、その場しのぎので、使えるものをどんどん使っている状態です。そのため、経済にもさまざまな問題が現れてきているのですが、最も根本的な問題は、経済が投資によって成長してきたということです。投資というのはそのまま需要になりますから、経済拡大の手段としては手っ取り早いのです。しかし、投資で作ったインフラをそのまま遊ばせておくことはできないから問題が膨らんでいます。投資で成長してきたけれども、でき上がったものは、いらない設備、いらない住宅、いらないインフラということで潜在的不良債権が溜まっているわけです。

 ただし、短期的には景気の底割れが完全に回避されたので、しばらく中国の潜在的リスクが顕在化することはないと思っています。2年か3年か正確にはわかりませんが、それぐらいはもつでしょう。2015年の夏ごろには、あらゆる経済指標が悪化して、不動産開発投資でさえほぼ0%まで伸びが鈍化していました。加えて、IMFのSDRのバスケット対象通貨になるために資本移動の自由化を進めていましたから、資本の大量流出と人民元の急落の危険があったのです。

 それを中国政府は、とりあえず財政出動で乗り切りました。もちろん、財政出動で行った投資は将来の不良債権になる可能性がありますから問題の先送りにすぎません。資本移動については、今では政府のコントロール下に戻っています。

【9】欧州経済は楽観視できないが、ユーロやEUの崩壊はあり得ない

小祝:中国経済に加えて、欧州経済の不透明さも世界経済のリスクになっていると思います。2016年には英国のEU離脱が決定しました。2017年はフランス大統領選やドイツ議会選挙などが予定されており、結果次第ではユーロやEUの枠組みに大きな変化をもたらす可能性が指摘されています。先生は欧州経済のリスクについて、どのようにお考えでしょうか。

武者:確かに、欧州各国で右翼ポピュリスト政党が台頭してきていることは懸念要因です。しかし、ユーロやEUからの離脱はどの国にとっても自殺行為ですから現実的にはあり得ないと思います。ドイツなどの債権国は、ユーロが崩壊すれば巨額の不良債権を抱えることになるため、それはなんとしても避けたいでしょうし、ギリシャなど南欧の債務国は、唯一の資金調達先である欧州中央銀行を頼ることができなくなれば、破綻は避けられないと思います。

 英国がEUを離脱することができたのは、ユーロを採用しておらず、通貨ポンドがEUから切り離されていたという特殊要因と、経済が他のEU諸国向けの輸出に依存していなかったことが理由です。英国はむしろ他のEU諸国の製品を購入する側で、EU離脱によるポンド安で国内代替生産が増えるというメリットもありました。

 したがって、英国は特殊な例で、今後EUあるいはユーロから離脱する国がどんどん出てきて、欧州の混乱が加速するようなことにはならないと思っています。

「トランプ政権下の日本株投資戦略、壮大な上昇相場の始まりに (4) 」へ続く。

株探ニュース

株探からのお知らせ

    日経平均