【市況】武者陵司 「トランプ政権下の日本株投資戦略、壮大な上昇相場の始まりに(2)」
武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)
※(1)からの続き。
【3】米国の好景気、ドル高はこれから相当長い期間続く
小祝(丸三証券 社長):足もとの金利上昇やドル高は行き過ぎると米国経済にとってマイナスの影響が出る可能性もあります。先生は、米国の金利やドル相場についてどのような見通しを持っておられますか。また、その影響についてはどのように考えればよいでしょうか。
武者:レーガン政権の時が典型ですけれども、当時は大型の財政出動と金融引き締めのポリシーミックスによって金利が上昇しドル高になりました。しばらく景気は良かったのですが、最終的には双子の赤字と呼ばれる、大幅な貿易赤字と財政赤字が問題になりました。それを考えるとトランプ新大統領の今回の政策も、結局は、金利上昇とそれによる過剰なドル高につながり、景気を息切れさせてしまうのではないかという懸念は、一般的な解釈としてはあり得ると思います。
ただし、今とレーガン政権当時とは大きく違っているところがあります。それは先ほども申しましたが、米国経済のファンダメンタルズが、かつてないほどに良いということです。レーガン政権のときは、米国の産業競争力が大幅に劣化しつつあって、特に日本との競争において、エレクトロニクスや自動車といった製造業の分野で、まさに追い越されようという状況でした。それ故に、ドル高によって貿易赤字が大きくなって、日米貿易摩擦を引き起こしました。そして、輸出産業を中心に企業収益が悪化したために、歳入も思うように増えず財政赤字が膨らんだということです。
私は、今回は良い意味での金利上昇、ドル高が相当長期間にわたって続くのではないかと思っています。つまり、金利は上昇するけれども、そのペースは緩やかで景気を冷やすほどではない。そして、ドル高になっても米国の貿易赤字は大きくならない、ということです。貿易赤字に関しては後で詳しくご説明しますが、ドル高になっても増えるどころか減る可能性もあると見ています。
金利上昇は当然、経済成長を抑制する要因になります。しかし、同時に進むドル高によって海外からの資金流入も増加して、米国の金利上昇ペースは抑えられると思います。また、今の米国には、かつてのイメージとは違って、企業部門、家計部門ともに潤沢な貯蓄があります。これも金利上昇を抑制する要因になります。
【4】「第七大陸」で圧倒的競争力をもつ米国企業
小祝:今の米国経済のファンダメンタルズは、レーガン政権当時とは全く違うということですね。では、今のファンダメンタルズが当時よりも良い点について、もう少し詳しくお話いただけますか。
武者:最も重要な点は産業の競争力が、空前の強さを誇っているということです。この点は、ほとんどのエコノミストや経済学者は気が付いていない点だと思います。今、世界で一番成長しているところはどこかというと、地球上の六大陸の外側、私は「第七大陸」と呼んでいますが、つまり、サイバー空間です。この一番成長している「第七大陸」を誰が牛耳っているかといえば、アップル、グーグル、フェイスブックといった米国の企業なのです。最も成長しているこの「第七大陸」を、米国が半ば独占的に支配しているということが、非常に強い競争力の源泉になっています。
我々の生活は既に、スマートフォンやインターネット無しでは成り立たなくなっていますが、それらを使うと自動的に米国企業にお金が流れていくということですから、この競争力は空前絶後だと思います。衣料品でも自動車でも一般的な商品ならば、米国から買うのが嫌だったら、ほかに選択肢があります。しかし、この「第七大陸」に関しては、米国企業なしでは何の活動もできない仕組みが出来上がっています。
これは、既存の経済学、経済統計では捉えられない世界です。しかし、極めて重要な意味を持っているということがようやく明らかになりつつあります。ウォールストリートジャーナルは2016年11月に、2005年には約0.5兆ドルでしかなかった米国企業の海外留保利益が2015年には約2.5兆ドルにまで積み上がっていることを報じています。この利益を米国国内に還流させて、国内の投資の原資にしようということをトランプ新大統領は言っているのです。
では、この利益を溜め込んでいるのはどこかといえば、基本的にはマイクロソフト、アップル、グーグルといったIT企業が「第七大陸」に溜め込んでいるということなのです。サイバー空間を支配している企業が、グローバルに巨額の利益を上げて、その利益が海外に蓄積されているということです。
そういったこともあって、米国の経常赤字は2006年に過去最大の8,067億ドル、GDP比で5.8%にまで膨らんでいましたが、2015年には4,630億ドル、GDP比で2.6%まで減少しています。この赤字縮小の要因を分析すると、実は財貨の貿易赤字は、約8,000億ドルでほとんど減っていません。つまり、米国人が日常生活で使うものの大部分は依然として輸入に頼っているし、自動車を始めとした輸出は増えていないということです。
経常赤字が減ったのは、財貨以外のその他の収支、つまりサービス収支と第一次所得収支の黒字が大幅に拡大してきたからです。第一次所得というのは、米国企業が海外に投資して得たリターンですから、いずれも、目に見えないモノやサービスから得られた対価です。サイバー空間あるいは金融等から得られた利益ということです。
米国は目に見えないモノやサービスで稼ぐ国になっていて、それがようやく、今の企業収益と国際収支統計に顕著に表れ始めたのです。5年前はまだ、こういった統計にははっきりした形で表れていなかったので、多くのエコノミストや経済学者は、サイバー空間で起こっていることに、あまり意味がないと思っていました。しかし今や、米国経済のメインエンジンになっているのです。
【5】ドル高でも米国の経常赤字が縮小する可能性
武者:米国のサービス収支と第1次所得収支の黒字を合計してみますと、2005年から2015年までの10年間、年率12.6%のペースで拡大してきました。このペースでの拡大が続き、貿易赤字が横ばいであれば、計算上はあと6年で米国の経常収支は黒字になります。
レーガン政権の時と決定的に違うのは、今は最も成長している「第七大陸」で米国企業が独占的かつ圧倒的な産業競争力を持っているということで、これはドル高では揺るがないということです。ドル高によって、ドル以外の通貨で見れば「第七大陸」上のサービスの価格は上昇することになりますが、皆がこの値上がりを受け入れざるを得ないでしょう。
米国の経常赤字が減るということは基軸通貨であるドルの供給が減るということですから、とてつもないドル高要因になります。したがって、こういった状況が続く限りドル安に転換することは無いでしょう。
一方、米国がドル高になって困ることといえば、海外から安いものが入ってきて、あるいは輸出が減少して、米国の製造業がダメージを受けるということですが、既に米国は、必要なものは全部海外から買うようになっていますし、製造業での輸出産業の重要性は十分低下していますから、いまさら大きなダメージにはなり得ません。米国の輸入依存度を見ると、50年前は10%でしたが、今では80%以上になっているのです。ということは、ドルが強かろうが弱かろうが、それによって輸出・輸入が増減する余地はほとんど残っていないということです。
さらに言えば、ドル高で米国はもっと強くなる可能性があります。米国企業が海外で企業買収をするコストがどんどん安くなるわけですから、海外進出がもっと増えるでしょう。日本の優良企業も株価を上げなければどんどん買収されるかもしれません。また、米国は普段使うものを輸入に依存しているのですから、ドル高になれば物を安く買うことができるようになります。
米国に製品を輸出している企業はドルでの輸出価格を変えない(輸出国通貨での価格を引き上げる)のではないかと思われるかもしれませんが、米国の輸入しているものの多くは競争の激しい製品です。例えば自動車は日本とドイツが競争していますし、衣料品だったら中国とベトナム、あるいはバングラデシュ辺りが競争していますから、結局、自国通貨で儲かった分は、ドル価格での値下げ競争に回さざるを得ないのです。そうすると、ドル高の歯止めはなくなります。こういったことに、ほとんどのエコノミストや経済学者は気が付いてないのです。
小祝:ドル高が相当長期間続くということになると、新興国経済へのネガティブな影響が気になります。この点についてはどのようにお考えでしょうか。
武者:おっしゃるとおり、ドル高は新興国に大きなマイナスの影響を及ぼすことになります。まず、ドル建ての借入はその負担が大きくなることになりますから、これまでドル建ての借入を増やして、実力以上に経済規模を拡大してきた国は大変です。そのような国の代表が中国です。
中国は、外貨準備高が多いからドル建て債務の返済に困ることはないと言っていますが、中国の対外債務は外貨準備高の1.4倍もあるのです。もちろん対外資産もありますから、それを返済に当てられればよいのですが、実は中国の対外資産は、直接投資や長期の貸付など流動化しにくいものが多い一方で、対外債務は比較的短期のものが多いと思われます。
そうすると、ドル高が進むにつれ、ドルの借金を持っているのは危険だと言うことで、ドル建て借入金の返済が増加し、猛烈な資金流出が起きます。そうしてますます人民元が弱くなるという悪循環になっていくでしょう。ですから、長い目で見れば、中国経済の問題は相当深刻なものになる可能性があります。
このように考えると、経済の主導権は中国を始めとした新興国から先進国に移っていくことは明らかだと思います。新興国の経済は基本的に労働集約型の製造業が中心ですが、そこで作られる製品は、代替可能で競争が激しいのです。近年の新興国の高い成長を見ると、何かすごいポテンシャルがあるのではないかと思われるかも知れませんが、実は、多くの新興国は誰でもできるものを、ただ安い労働力で作っていただけということです。
そういう時代も、中国を始めとした新興国の人件費が上昇していることもあって転換点を迎えています。先進国は、米国が典型的ですが、例えばインターネットのインフラなどの分野は誰も真似できないですし、日本のロボットや自動車、ハイテク素材・部品・装置も、技術的には一歩抜きん出ていて、他は真似できない技術が多く蓄積されています。国際的な交易条件は、どんどん先進国有利になっていく時代に入ってきたと思います。
※「トランプ政権下の日本株投資戦略、壮大な上昇相場の始まりに (3) 」へ続く。
株探ニュース