【市況】武者陵司「米国に見る資本主義体制の危機とトランプ政権」

(1)何が問題なのか
資本主義体制が問われている。空前の技術革命が進行する一方、分断と格差も顕著である。一握りのテクノビリオネアが台頭しているが、労働者はインフレによる実質所得の目減りに直面し生活は楽ではない。新興国の一部では統治が破綻、国民が流民化し先進国の移民問題を引き起こしている。
他方では、既存の世界秩序の改変を狙う専制国家群が存在感を強めている。市場経済のよいとこ取りをした中国がフランケンシュタイン化し、国内のバブル崩壊と経済悪化を監視社会の強化で乗り切りつつ世界覇権をうかがっている。
この新しい現実に政治はどう向き合うのか、伝統的リベラリズムは行き詰まり、現実を直視したリアリズムでの対応が不可欠になっている。米国でのトランプ大統領の再選と欧州での「極右」政党の台頭などは、そうした流れの中で理解されるべきであろう。
資本主義が終焉に近づいている、との観測も投げかけられているが、性急な結論は避けるべきだろう。いま勢いを増しているトランプ大統領や各国の「極右(急伸右翼)」はむしろ資本主義の擁護者、改革者として登場している面がある。
トランプ政権の理念を忖度すれば、「資本主義が正義、資本主義なき民主主義は虚構」なのではないか。米国資本主義は二つの脅威、外の旧共産圏と内なる経済合理性をむしばむリベラルに直面している。対中のためには国家介入による国際分業の再構築が必要、内なる敵に対しては、勤労を問題解決から遠ざける悪習(=労働を悪、苦役ととらえる思想)、既得権益と規制に胡坐をかいた官僚主義、DEI(多様性・公正性・包摂性)、ESGsなどの思想の打破が必要だと主張している。
資本主義の本質的課題(根本矛盾)である所得フローの循環再構築、つまり企業の過剰貯蓄を如何に還流させるかに関して、先の米大統領選では増税・弱者支援の民主党ハリス陣営対、減税・リスクテイカー支援・市場活用という共和党トランプ陣営と見事に対抗軸が現れ、トランプ氏の勝利によって米国の路線は定まった。トランプ氏はテクノビリオネアであるマスク氏と連携して、究極の自由主義リバタリアニズムを遂行しようとしている。最先端の技術実装のためには既得権益、規制の撤廃が必須との考えからである。これらの挑戦は野心的ではあるが、米国資本主義を再生・強化するためには必須であろう。
以下では、米国資本主義の歴史と現状を概観して、将来展望の一助としたい。
(2)マルクス、ホブソンが指摘した資本主義の根源的矛盾と展開
そもそも技術発展がなければ経済の仕組みは変わらない。灌漑農業という数千年来変わらない技術の上で、何百年、何千年もの間「アジア的専制国家」は存続してきた。しかし、一度技術発展に弾みがつくと経済にダイナミズムが与えられ、やがては体制を不安定にし、崩壊に導く。この技術発展が動力となり大きな変化を誘引するとの想定を経済学の基底に据えたのが、K.マルクスとJ.A.ホブソンであった。
マルクス(1818-1883)は、資本主義が崩壊に至る必然性の研究に生涯をかけたが、それは資本主義に内在する矛盾の発現を契機とするものであった。つまり、技術の発展(=労働生産性上昇)が資本の有機的構成の高度化(=資本投入に占める労働費の割合の低下)を引き起こし、利潤率が傾向的に低下する、というものである。
資本家の側には富が蓄積され、他方で機械に代替される労働者側では失業(産業予備軍)と貧困が強まる。資本の過剰と貧困の進行が、体制的危機を引き起こす、と主張した。
ホブソン(1858-1940)は、資本主義の下での過剰貯蓄と過少消費が、対外膨張主義、帝国主義戦争を引き起こしたと主張した。「技術の発展が有効需要を上回る工業生産力と過剰生産を引き起こし、過剰貯蓄と過剰生産のはけ口としての外国市場、外国投資領域が必要となった」。その根本原因は「企業家・金融家に偏った富の配分、つまり『消費力の悪分配』」にある。「消費力の悪分配」が余剰資本を形成させ、それがイギリスの帝国主義的対外膨張・侵略の契機になった。「余剰所得が高賃金として労働者に流すか、租税として国に流すかされれば、その結果としてそれが蓄積される代わりに支出され消費を膨らませるのに役立ち、(対外膨張の誘因はなくなる)」(J.A.ホブソン「帝国主義論」岩波文庫)との解決策を提示している。ホブソンの過剰貯蓄、過少消費説は古典派経済学の常識「貯蓄は個人と社会を富ませ、消費は両者を貧しくする、有効な貨幣愛はあらゆる経済的幸福の源泉である」に挑戦した先駆者としてケインズ(1983-1946)に高く評価されている。
没後140年の今日から振り返ると、マルクスの悲観的展望は実現しなかった。人々の生活水準の向上が新規需要と新規産業・新規雇用を生むという好循環が現代資本主義を進化させてきた。また、ホブソンが期待した有効需要は壮大な規模で創造されたが、その手段はホブソンが想定した賃金引き上げや租税による財政需要もあったが、実際に最も効果があったのは不換紙幣の発行による信用創造(=バブル)であった。危機に直面して米国資本主義は一見、融通無碍の延命策を繰り出した。1934年の金本位制離脱、1971年のドル金交換停止、2008年の量的金融緩和、2023年の預金保護上限の一時的撤廃、などである。それらは禁じ手として批判されたが、結果的には資本主義体制の進化形として定着した。
米国における200年間の産業別雇用構成の変化をみると、1800年当時は総雇用の80%を占めていた農業が、2023年には1.4%へと激減し、100年前には急拡大していた製造業も1960年の26.3%以降は急収縮に転じ、2023年には8.3%に落ち込んだ。しかし、娯楽観光、教育医療、プロフェッショナルサービスなどのサービス産業の雇用は1960年の18.6%から2023年には44.5%へと著しく増大している。
マルクスの予言通り、製造業・農業では機械化により著しく雇用が減少したが、それは大規模なサービス産業における雇用創造で埋められた。労働者は賃金が増加したうえに、既存産業(製造業・農業)のコスト低下で従来ほど農産物や製造業製品に支払う必要がなくなったことで余裕が生まれ、それがかつて存在していなかった新規分野の購買力に振り向けられた。ホブソンが嘆いたような「消費力の悪分配」は是正され、人々の生活水準の上昇が有効需要を生み出すという、かつてない繁栄の時代を人類は経験したのである。
(3)21世紀初頭に遭遇した資本主義の危機
このような20世紀を通して続いてきた好循環が、21世紀に入り大きな壁にぶつかった。バブル崩壊と大不況、金利の際限のない低下とゼロ金利陥落、世界全体に蔓延した流動性の罠と、デフレ化(Japanification:日本化)の危機に陥った。これらの現象はマルクスが指摘した「資本主義体制の危機の深化」そのものであった。
●企業利潤の急拡大
2000年前後に、米国の経済と金融データに大きな不連続的変化が起こった。第一の変化は、実体経済面での(税引き)企業収益の急激な向上である。米国企業の利潤率が2000年を大底に鋭角的に上昇していく。企業の純利益は、1960年代から1990年代までGDP(国内総生産)の4~6%で推移していた。それが、2000年代に入り6~8%で推移するようになっている。その直接の原因は労働分配率の低下である。
過去、福利厚生を含めた労働報酬のGDPに対する比率は1960年代以降、62~65%の狭い範囲で変動してきたが、2000年から大きく低下し始め、現在のレベルは57%と歴史的低水準となっている。技術発展とグローバル化(=海外労働の活用)により労働生産性が大きく高まり、企業がビジネスをするために必要な労働投入を節約できるようになったのである。
●企業における資金余剰の常態化
2000年前後に起こった第二の変化は、資金余剰の顕在化である。企業の内部資金(純利益+減価償却費)は、1960年代から1990年代までGDPの10~12%で推移していた。それが、最近では14~16%で推移するようになっている。他方、企業の設備投資は長期にわたってGDP比10%程度で推移しており、企業部門の資金余剰が顕著になった。それ以前は、企業は恒常的な資金不足セクターで、家計の貯蓄余剰の受け皿であったが、それが2000年から貯蓄超過セクターに変わった。
●金利低下の謎
第三の変化として、元FRB(米連邦準備制度理事会)議長であるグリーンスパン氏が指摘していた「謎」の定着がある。2000年代に入り、景気が良く金融も引き締められているのに、長期金利が上がらないということが続いた。この現象はリーマン・ショックの一時期は解消されたが、ショックが終わると再度、名目成長率が回復するのに長期金利が低迷するということが起こっている。米国でもゼロ金利が視野に入り、デフレ化(Japanification)の危機が真剣に語られるようになった。
この長期金利の低迷を、当時のFRB理事であったバーナンキ氏は、グローバル・セービング・グラット(世界的な過剰貯蓄)が米国に入ってきて米国の金利を押し下げている、と述べた。確かにそれも一つだろうが、武者リサーチは当時からこの説明には疑問があり、米国の企業部門の著しい貯蓄余剰が主因なのではないか、と度々レポートで主張してきた。
●利潤率と利子率の乖離と収斂
これらの一連の流れは、利潤率と利子率の乖離としてとらえられる。本来、資本のリターンである利潤率と利子率は連動するはずのものである。事実、2000年頃までは両者の動きは連動していた。しかし、2000年以降コロナショック直前の2019年まで、利子率(例えば名目10年国債利回り)が5%から0%台へと低下した一方で、利潤率は固定資産純利益率で見ても、ROE(自己資本利益率)で見ても上昇トレンドが続いてきた。
武者リサーチは、2000年代~2010年代の先進国経済には2つの不等式が存在し、体制を危うくしていると主張してきた。第一の不等式は、利潤率(r1)>経済成長率(g) である。
「r1=資本のリターン」が「g=成長」よりも大きいという不等式「r>g」は、大ブームになったトマ・ピケティ氏の議論である。トマ・ピケティ氏は著書「21世紀の資本」(みすず書房・2014年)の中で、資本のリターンが著しく高い一方で成長が低いことにより、格差が漸次拡大していくことを指摘した。彼はこの格差拡大を是正するには、資本に対する累進課税を国際的に導入することが必要だと述べたが、その後は社会主義的手法が必要だと主張している(「来たれ、新たな社会主義――世界を読む2016-2021」みすず書房・2022年)。
リーマン・ショック直後、ニューヨークではたった1%の人々が圧倒的富を支配しているということで、「Occupy Wall Street(ウォール街を占拠せよ)」という運動も起きた。確かに、現在は企業の空前の高収益時代であり、それがもたらす資産価格の上昇と相まって格差の拡大が起きている。それが先進国において中間層の没落と分断を引き起こし、政治的不安定性をもたらしている。
しかし、もう一つの資本のリターンである利子率は、逆に経済の成長率よりもずっと低かったのである。この空前の低金利の背後には空前の貯蓄(=資本余剰)がある。それは貨幣の退蔵を引き起こし、金融政策を著しく困難にしてきた。g>r2(経済成長率>長期金利)という不等式は、2004年から始まった金融引き締めにもかかわらず、長期金利が全く連動せず、金融引き締めがしり抜けとなってしまい、流動性が個人の投機的住宅投資を加速させてしまった。
低金利で資金調達をして企業投資をすれば大いなる投資利益が得られる恵まれた環境ではあるが、両者の乖離拡大が続けば、どこかの時点で資産バブルが形成され、大恐慌型の経済危機、ひいてはシステムの崩壊すら引き起こす危険要素を内包している。
筆者は2007年に上梓した「新帝国主義論」(東洋経済新報社)の中で、米日で利潤率と利子率の乖離が2000年頃から起こり始め、株高の条件を整えていると指摘したが(P108)、驚くべきことにその乖離が20年間にわたって定着し、さらに拡大してきたのである。この乖離は真性のデフレに陥った日本において特に顕著である。
なぜ、低金利の下でも投資が起きないのか。それは人々の心理が悲観化し、いくら金利が下がっても投資をしようとしなくなったからである。これを自然利子率(=実質の中立金利)の急低下ともとらえることができる。デフレ心理の下でホブソンが批判した「貨幣への偏愛」が高まり、自然利子率がマイナスになってしまえば金融政策は完全に不能化する。ここに歴史的実験としてのQE(量的金融緩和)の必要性が生まれたのである。
バーナンキFRB議長はQEの目的をリスクプレミアムの引き下げと説明したが、それは銀行の信用創造が機能しなくなったからには資産価格を引き上げて購買力創造を行うしかないというに等しい。事実、米国の需要創造の3チャンネル、銀行信用、政府信用、株式信用(株式時価総額)をたどると、リーマン・ショック以降、民間信用、政府信用が対GDP比で停滞する中で、株式信用が対GDP比100%以下から200%以上へと急増し、経済成長を牽引したことが、明確である。
(4)米国における資本主義の進化……株式資本主義の時代
●収斂した利潤率と利子率
コロナショック以降、この乖離していた利子率と利潤率が急速に収斂し始めた。コロナ対応の大規模な財政出動と金融緩和により景気拡大が持続し、企業増益が続く一方、金利の急上昇により利子率が上昇に転じたためである。高利潤率に利子率が大きくサヤ寄せするということが起こっている。デフレ進行で経済成長が止まり、利潤率が低下するというマルクスが想定した悪い収斂ではなく、良い収斂が起きているのである。
それだけではない。かつて低金利に全く反応しなかった企業や投資家が、今度は引き上げられた高金利に反応しないということが起きている。FRBは実質FF金利(自然利子率の近似値)を大幅なプラスへと引き上げることを余儀なくされている。2022年3月までの0%から5.25%まで1年余りでFF金利が5%も引き上げられても、投資意欲が全く萎えないということが起きている。金利が上がったからといって株価が下落することもなく、史上最高値が更新され続けている。FRBは高値更新する株価と鎮静化の兆しが全く不十分なインフレ指標を前に、高金利維持のスタンスを取り始めた。利上げのマイナスは、投資家のアニマルスピリットの高まりで相殺され続けたのである。
●高止まりする金利、1995年と類似の環境
過去を振り返ると、今日と類似しているのが1995年である。大幅な利上げの後、最初に利下げがなされたのが1995年であった。1995年から1996年12月の根拠なき熱狂(グリーンスパン議長)を経て、2000年のITバブルに向かう局面と現在とは、多くの点で類似している。S&P500指数は最初の利下げが実施された1995年7月から1年間で13%、2年間で70%、3年間で99%という大幅な値上がりになった。
当時と現在とは、1)利上げ終了後に高い実質金利が維持されたこと、2)長期金利も抑制されイールドカーブ・フラット化が長期化したこと、3)ドル高が続いたこと、4)技術革新(当時はインターネット革命、今は AI革命)の進行が旺盛な投資を牽引したこと、などが類似している。
このように見てくると、米国における資本主義の危機は回避されたといえるが、それは危機の根源である企業の過剰貯蓄が、大量の失業を生む前に解消されたからである。そのチャンネルとして、1)株主還元によって企業の余剰が完全に還流したこと、2)コロナ対応の大規模財政出動によって有効需要が創造されたことの二つが機能したためである。
米国の企業部門のフリーキャッシュフローの推移をみると、大きく高まったキャッシュフロー以上の配当、自社株買いが実施されている。この企業の大規模なペイアウトが株価を押し上げ、需要創造の源泉になっていることは、先に見た通りである。株価など資産価格の上昇により、米国家計の純財産は2009年3月の59兆ドルから2024年9月には154兆ドルと105兆ドル(GDPの3.6倍)増加し、消費拡大の原動力になっている。
また、財政の果たした役割も大きい。米国の失業率と財政赤字の推移をみると、財政の役割が劇的に変わったことが明瞭である。トランプ減税が導入される2017年までは両者は完全に一致していた。つまり、財政赤字は完全雇用を実現する手段として考えられており、完全雇用実現とともに財政赤字は無くなった。
しかし、2017年以降、完全雇用実現の後でも米国財政赤字は対GDP比3~5%になっている。新たな財政の役割は、「需要超過気味の高圧経済を維持すること」へとシフトしているのである。
とはいえ、AI革命のスケールは過去の技術革新のレベルを超えており、生産性の向上がもたらす利潤の拡大による潜在的貯蓄過剰と労働余剰は著しく大きいと推測される。供給力超過からデフレに陥るリスクは潜在的に大きいと考えられる。株式信用(株価上昇を通した購買力向上)と財政政策の役割はさらに大きくなっていくと考えられる。
新産業革命が根づく土壌を規制緩和、既得権排除という形で推進しつつ、減税による需要創造を推し進めるトランプ政権の経済政策は概ね妥当と考えられる。これに対置した民主党のハリス候補の政策は「自社株買いに4%の増税を課し、法人税率を引き上げるという企業増税と弱者救済」という社会主義色の強いものであり、資本主義の危機に対する対応としては問題の多いものであった。
●終わりに
米国資本主義は、1)中国の異形の台頭、2)AI産業革命という二つの決定的要因によって大きな転機に差しかかっている。しかし、資本主義体制の「余剰貯蓄の退蔵と恒常的需要不足」というマルクス、ホブソンが指摘した根本的矛盾は抑え込まれている。よって、トランプ政権の米国資本主義再構築という挑戦も、成算はあるのだ、と主張したい。
(2025年3月21日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン375号」を転載)
株探ニュース