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【特集】浮かんできたトランプの狙い、エヌビディアに代わる"伏兵"に注目<今中能夫の米国株ハイテク・ウォーズ>

今中能夫(楽天証券経済研究所チーフアナリスト)
◆マーケットを揺さぶるトランプ政権、その真意とは?

 誕生以来、2カ月が経過したトランプ政権。ここにきて感じるのは歳出削減、そして財政赤字削減へ向けてなりふり構わず突き進む、という姿勢が明らかになったということだ。背景には、30兆ドルを超え、GDP(国内総生産)を凌ぐまでの規模に膨れ上がった政府債務がある。民主党政権では毎年、国債発行額を積み増し、各方面への補助金をねん出していたが、その結果、2024会計年度(23年10月~24年9月)の利払いが歳出の13%を占める状態にまでなり、今後10年間で利払いが急増すると予想されている。財政全体でも慢性的な赤字が続いてしまっているのだ。

 トランプ政権がDOGE(政府効率化省)を設立したのはこの状況を大幅に是正するためだが、いまはどうしてもイーロン・マスク(テスラ<TSLA>最高経営責任者・CEO)の言動が目立ち、必要ないものだけではなく必要なものまで削減するような乱暴な動きになってしまっている。外交面でもウクライナへの軍事支援を停止したり、欧州の極右勢力に近づいたり、一見すると非民主的な動きをしているように見える。ところがその結果、何が起こっているか。ドイツやイギリス、フランスでも軍備増強へと動き出した。欧州各国が自らの力で己を守ることをようやく考え始めた。考えてみれば、当たり前の姿だ。

 そもそも欧州の防衛のためにアメリカが拠出している資金は、アメリカ国民の税金だ。なぜ、他国のために歳出を膨らまさなければいけないのか。これがトランプ大統領の根本的な考え方だ。確かに"国際協力" という言葉は大義名分として美しいが、その使途は、いくつかのメディアが報じているように正しいものばかりではない。ウクライナへの資金援助の一部が同国の役人に横領され、アメリカの政治家に還流しているという噂さえある。その結果が、アメリカの巨額財政赤字だ。自国民から集めた税金は自国民のために使う。トランプ政権が目指していることは理にかなっているし、ある意味、本来ある民主国家の正しいあり方でもあるのだ。

 ただし、マーケットがトランプ流のこうしたやり方に対して動揺していることは確かだ。特にトランプ大統領の関税政策は、景気低迷局面でのインフレ、つまりスタグフレーションを引き起こすのではないかという懸念が高まり、実際、アメリカ国内の各所でそうした兆候も表れている。

 だがここでも視点を変えると、異なる姿が浮かんでくる。例えばいま、マーケットでは関税を上げればインフレが進行するという見方がされているが、果たしてその通りなのだろうか。楽天証券のエコノミストの分析では、関税を上げることによる物価上昇は一時的なものにとどまるという。つまり、関税を上げればその製品分野の貿易量自体が減る。これは景気の下押し要因となり、デフレ圧力も加わるため輸入物価の上昇は限定的なものになる。そうなれば、インフレも当面はそれなりに抑えられ、この間、徐々にアメリカ国内のメーカーの生産意欲が上がっていくのではないか、との見立てだ。
 
 この分析は非常に説得力がある。つまり、トランプ大統領が当初から主張する通りの展開だ。ただし、トランプ大統領はあらゆることをディール(取引)で捉えるため、一つ一つの政策の真意を説明しない。だから暴論のように捉えられてしまうのだが、初期にディールを仕掛けられたメキシコやカナダなどはすでにトランプ流の外交に対応しつつある。

 こうしたトランプ大統領の外交手法に対しては、アメリカ国内はもちろん、世界中で批判的な意見が少なくない。特にウクライナの停戦協議では、ロシア寄りの姿勢を見せるトランプ大統領に嫌悪感を抱く人々が多いのは当然だろう。だがやはり、ここまでの流れを冷静に考えれば、トランプ政権にとってはロシアもディールの対象に過ぎないのではないか。

 例えば、トランプ外交の結果、ドイツを先頭に欧州各国が軍備増強に動き出したわけだが、客観的に見れば、ロシアの人口1億5000万人足らずに対しEU(欧州連合)の人口は4億人であり、経済力でも大きな差がある。果たしてこのまま欧州が軍備を増強していくことはプーチン大統領が望んでいることなのだろうか。もちろん、そんなはずはない。強大な欧州軍が確立されるのは、ロシアにとって最も望まないシナリオのはずだ。つまり、トランプ政権はロシア寄りではなく、やはり「アメリカ第一主義」に基づいて動いているに過ぎないのだ。

 ともかく乱暴に見えるトランプ大統領の政権運営だが、ここにきてその狙いと本質がようやく見え始めてきた、というのがここ数週間の流れを見ての正直な感想だ。とは言え、現時点で株式マーケットはそうしたトランプ政権の本質を読み切れていないだろうし、読み切るのにはまだ時間がかかるだろう。

◆1カ月で大きく調整した米国株、そろそろ底入れか?

 では、トランプ政権の動きに翻弄される米国株マーケットと今後の投資戦略について考えてみよう。確かにこの1カ月、大きく調整したのでそろそろ底入れの兆しも出ている。一回買ってみることも考えたいが、深入りすることも避けるべきだろう。当面の注目材料は、4月1日に行われるフロリダ州、その後のニューヨーク州という2つの下院議員補選の状況だ。共和党の牙城であるフロリダ、民主党の牙城であるニューヨークでどのような結果となるのか。世論調査によるとこの2カ月でトランプ大統領への支持率がじりじりと下がっているが、得票率も含めたこれらの補選の結果によって、世界を騒がすトランプ政権の初動期に対するアメリカ国民の信任状況が垣間見えるだろう。

 そもそも歳出削減というのは、世界中のどの政府にとっても難しい政策だ。必要なことであるとは理解しながらも、なかなか踏み来ることはできない。実際、アメリカでは「株式の死」と言われた1970年代の不況を乗り越えて以来、80年代から今日に至るまで景気拡大と株価上昇が続いてきたが、その背景の一つが、要所要所で行われた歳出拡大による景気支援策だった。

 今後、トランプ政権が本気で歳出削減を進めていくとなると、長期金利が下がり、事業が行いやすくなり、家も買いやすくなるなどアメリカの景気にとっては良いことが多くなろう。しかし一方で、公共投資は少なくなる。公共投資が多い場合は、幅広くその恩恵を受ける企業群が出てくる。しかし、公共投資が少ない自由な経済では勝者もいれば敗者もいる。このことを考えると、これからのアメリカは過去30年以上株価が上昇した時とは違った経済になるかもしれない。この視点で株式マーケットを見ることが必要なのではないかと感じる。

 そんな中、まず当面は "長期にこだわらない"分散投資を進めることが得策だろう。例えば主要指数に連動したインデックス・ファンドや、よりリスクを抑えたMMF(マネー・マーケット・ファンド)などに資金を投じることだ。依然として潜在的な成長率はハイテクセクターが高いと考えるが、正直、現段階でハイテクセクターだけに資金を集中させるのは時期尚早かもしれない。

◆調整続くAI関連セクターでいま、注目すべき銘柄は?

 マグニフィセント・セブン(M7)については前回も記したが、過剰投資が指摘されるAI(人工知能)開発関連のマイクロソフト<MSFT>やAI半導体の企業はいったん外しておくべきだろう。なぜなら、あくまで現時点でだが、「チャットGPT」を始めとした生成AIモデル自体は多額の投資に見合う収益を稼ぐビジネスモデルになっていないからだ。評価の高いAIモデル、メタ・プラットフォームズ<META>の「Llama(ラマ)」は無料で提供しているし、「ディープシーク」登場以降、低コストで提供する生成AIモデルが続々と開発されつつある。すでに価格競争が進んでいるAIモデルだけで収益を得ることは難しいのだ。

 そこで各社が次のステップとして力を入れているのがAIエージェントでの収益化で、マイクロソフトは月額30万円の価格を予定しているという。だが、果たしてこのような高額課金サービスに対し顧客がどれほど存在するのだろうか。現段階では未知数だ。

 確かにAIムーブメントに関してはこれからも進展していくだろうし、社会を変えるような様々なイノベーションも生み出すだろう。ただし、今後のAI関連銘柄への投資に関しては、"一服"といった感で、これまで以上に慎重な銘柄選別が求められる。各社ともこれまでのような高性能の追求一辺倒ではなく、コストダウンこそが大きなテーマとなるはずだからだ。

 AI関連銘柄では、実際に事業に寄与している銘柄、M7ではメタ・プラットフォームズやアマゾン・ドット・コム<AMZN>、グーグル(アルファベット<GOOG>)といった企業が挙げられる。加えて、生成AIの普及で需要拡大が予想されるネットワーク・セキュリティ関連のフォーティネット<FTNT>、クラウドストライク・ホールディングス<CRWD>、生成AIをうまく使った顧客サービスで事業を伸ばしているネットフリックス<NFLX>、スポティファイ・テクノロジー<SPOT>といった銘柄は、足もとの押し目を狙ってもいいかもしれない。

 さらに、当初はトランプ銘柄の本命と目されながら、実はトランプ政権が軍事費削減を狙っていることが分かり、株価が大きく下落したパランティア・テクノロジーズ<PLTR>も買い場かもしれない。アメリカで軍事費が削減されたとしても欧州の軍事費が拡大していく限り、軍事向けのソリューションを展開している同社の成長余地はさらに拡大していくからだ。

 一方、昨年までのAI相場の主役、エヌビディア<NVDA>は今期、2026年1月期については問題なく、現時点での予想PERは"ディープディスカウント(割安)"であるとも言える。だが、顧客の大手ハイテク各社がコストダウンを重視していくだろう今後の展開を考えると、来期以降、同様の成長を続けることができるかどうかは疑問視せざるを得ない。むしろ、性能は劣るがエヌビディアと比べてコストパフォーマンスが高い特注AI半導体の提供を開始したブロードコム<AVGO>のほうが有望だろう。各社のコストダウンに寄与するビジネスモデルだからだ。

 とは言え、ここに挙げた銘柄のいずれに対しても、押し目だからと言って全面的に投資資金を投下するのではなく、当面は、「突っ込んだところで買い、株価が上昇したら様子を見ながら一旦売る選択肢も持つ」といった機動力も重要になろう。MMFなどで待機資金を積み上げたうえで、個別銘柄に投資するなら長期だけでなく短中期で臨機応変に立ち回るという姿勢だ。少なくとも今年前半、トランプ政権の手法をマーケットが咀嚼するまでは、こうしたスタンスが必要になるのではないだろうか。

◆インテルの動向は、今年の半導体セクター最大の注目材料か

 最後に半導体関連では、インテル<INTC>の動きも付け加えたい。昨年12月にパット・ゲルシンガー氏が退任して以来、CEO(最高経営責任者)不在が続いていたが、3月18日にようやくリップブー・タン氏が新CEOに就任することが決まった。タン氏は半導体設計ソフトウェア大手企業、ケイデンス・デザイン・システムズ<CDNS>の元CEOとして業績を立て直したことで知られ、彼の手腕への期待から人事発表後、インテルの株価は急騰した。

 だが、今後の展開については現時点では"白紙"だ。いま、同社周辺は目まぐるしい動きを見せている。半導体設計事業とマーケティング事業についてはブロードコムが買収を検討中と報道された。ブロードコムではAI半導体の顧客が急増しており設計能力を増強したいのだろう。だが、半導体設計に熟知したタン氏が就任することによってインテル側がどのような判断を下すか。

 一方、苦戦が伝えられる製造部門は、台湾積体電路製造(TSMC)<TSM>と合弁会社をつくり、建設が予定されている新工場の運営をTSMCが担うというスキームが有力視されている。さらにここに来て、エヌビディア、アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)<AMD>、クアルコム<QCOM>など、アメリカの代表的なファブレス半導体メーカーに対してTSMCが合弁会社に加わるよう要請したことが伝わっている。

 TSMCとしてはトランプ関税の影響を考えれば、アメリカ進出を積極的に進めなければならないが、かと言って外国企業にインテルを委ねることをトランプ政権は良しとしないだろう。そこでTSMCと密接な関係を築いている各社の出資を募って話を進めようとしているわけだ。

 インテルの工場は国内半導体業界を支援するCHIPS法の対象だが、はっきり言って現在のインテルにはそれを生かす能力はなかった。だからこそ、TSMCが主導するこのスキームが成功すれば、CHIPS法を一定の成果に結び付けることにつながるかもしれない。もっともこのCHIPS法自体が、"補助金嫌い"のトランプ大統領によって取り下げられる可能性もあるのだが。

 スマートフォンへの対応や微細化の流れに乗り遅れ、24年12月期には創業以来最大となる180憶ドル超の巨額赤字に陥ったインテル。トランプ政権の意向があるとは言え、なぜ、各社が同社に興味を示すのだろうか。これはやはり、同社がCPU(中央演算処理装置)では、以前ほどではないにせよ大きな市場シェアを占め、すでに世界中に顧客を有していることが大きい。そんな中、タン新CEOがどのような立て直し策を採っていくのか。この結果いかんによっては、今後の半導体セクターの"一筋の光明"となるかもしれない。


【著者】
今中能夫(いまなか・やすお)
楽天証券経済研究所チーフアナリスト 

1961年生まれ。大阪府立大学卒業。岡三証券、シュローダー証券、コメルツ証券などを経て2005年より現職。1998~2001年、日経アナリストランキングソフトウェア部門1位、2000年、同インターネット部門1位。ハイテク業界、半導体業界を対象にした綿密な企業分析に定評がある。楽天証券の投資家向けサイト「トウシル」で注目企業の詳細な決算分析動画およびレポートを随時、公開中。


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