【特集】デリバティブを奏でる男たち【95】 エドワード・アイスラーのアイスラー・キャピタル(前編)
今回は英国でマルチ・ストラテジーを展開するアイスラー・キャピタルを取り上げます。マルチ・ストラテジーとは、様々な投資戦略を得意とするポートフォリオ・マネージャーに資金を提供するほか、自社のインフラを利用させて収益の拡大を狙うヘッジファンドです。第8回で紹介したケネス・コーデレ・グリフィン(Kenneth Cordele Griffin、通称ケン・グリフィン)が率いるシタデル、第25回のイスラエル・アレクサンダー・イングランダー(Israel Alexander Englander、通称イジー・イングランダー)が創業したミレニアム・マネジメントが、マルチ・ストラテジーを展開するヘッジファンドの二大巨頭です。
▼シタデルのケン・グリフィン(前編)―デリバティブを奏でる男たち【8】―
https://fu.minkabu.jp/column/1074
▼ミレニアムのイジー・イングランダー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【25】―
https://fu.minkabu.jp/column/1402
マルチ・ストラテジーはファンド・オブ・ファンズに似た形態ですが、ポートフォリオ・マネージャーを自社で抱えることや、パススルーといわれる特殊な手数料体系を採用している点などが異なります。ヘッジファンドの手数料体系は委託手数料2%、成功報酬手数料20%という「2・20」が一般的です。もっとも最近はこれよりも少し低くなる傾向にあります。パススルーとは、優秀なポートフォリオ・マネージャーを招聘するスカウト料や、彼らをつなぎとめる高額な報酬など、様々なコストも投資家に負担させる手数料体系です。
投資家にしてみればいくら手数料が高くても、手取りの収益が高ければ何の問題もありません。ところが、手取りの収益が低くなれば途端に人気が離散してヘッジファンドが資金繰りに苦慮するため、マルチ・ストラテジーを採用するヘッジファンドは解約に制限を設けることが多くなっています。ただし、手取りの収益が低くなれば、手数料の値引き交渉も頻繁に行われるようです。
◆元ゴールドマンの天才
2024年1月現在、40億ドルを運用しているアイスラー・キャピタルは、2015年末にエドワード・キリル・アイスラー(Edward Kirill Eisler)によって創設されました。1969年にロシアで生まれ、オーストリアで育ったアイスラーは、ニューヨーク大学で経済学と金融を専攻し、卒業後は米名門投資銀行のリーマン・ブラザーズ(2008年に経営破綻)で働きながら、同大学の夜間クラスで応用数学の修士号を取得しました。
1994年に米名門投資銀行のゴールドマン・サックス・グループ<GS>に金利デリバティブ・トレーダーとして転職し、2000年には30歳という若さでパートナーに昇進します。ゴールドマンの子会社であるアーロン商会でグローバル金利、外国為替、商品取引の責任者も務めました。アーロン商会は南米とイスラエルを中心にコーヒーと金の国際市場で活躍する大手商品取引業者で、外為取引までも手掛けていましたが、1981年にゴールドマンが買収しています。また、ロイド・クレイグ・ブランクファイン(Lloyd Craig Blankfein)がゴールドマンの最高経営責任者(CEO)だった時代には、4人の共同経営責任者の一人として金利商品、外国為替、コモディティを含む同社のグローバル・マクロ・トレーディング事業を担当しました。後にブランクファインは、アイスラーのことを「非常に優秀なトレーダーが数多くいた時代と場所においても、特に際立った存在だった」と評しています。
◆地政学的リスクで挫折
ところが、アイスラーは2012年にゴールドマンを退職し、退職後2年間は同社のシニアディレクターとして顧問を務めますが、その後はプライベート・エクイティ事業を目指します。ゴールドマンの元同僚であったサミュエル・ジョナサン・ウィスニア(Samuel Jonathan Wisnia)と欧州の投資銀行グループを率いていたゴールドマンのパートナー、クリストファー・バーター(Christopher Barter)に加え、TPGキャピタル(元テキサス・パシフィック・グループ、現在はTPG<TPG>)のグローバル経営および投資委員会のメンバーで欧州担当のフィリップ・マリノス・コステレトス(Philippe Marinos Costeletos)とともにDMCパートナーズを設立しました。
同社はサハラ以南のアフリカ諸国、 トルコ、ロシア/CIS(Commonwealth of Independent States、独立国家共同体、元ソ連の衛星国)、東南アジアなどの新興市場で未公開企業に投資するために、20億ドルの資金調達を計画します。ところが、2014年にロシアによるクリミア半島侵攻、シリアとイラクにまたがる地域を支配した過激派組織IS(イスラミック・ステート)によるイスラム国家の樹立宣言など、ロシアや中東において地政学的リスクが台頭し、計画を断念せざるを得ませんでした。
そこでアイスラーは、得意分野であるグローバル・マクロに特化したヘッジファンド、アイスラー・キャピタルを2015年に創設し、10億ドル近くの運用資金を調達します。
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◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。
株探ニュース