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【特集】安田秀樹【ソニーグループの好決算と「Switch」が下り坂の任天堂決算、その背後にある疑問点とは?】

安田秀樹(東洋証券アナリスト)

●予想通りの大幅減益だった任天堂の第1四半期決算

 今回は任天堂 <7974>とソニーグループ <6758>の決算について触れたい。任天堂の2025年3月期第1四半期は営業利益545億円と前年同期比70.6%の大幅な減益決算となった。ただ、この結果については任天堂も想定内と指摘しており、それほど大きなサプライズがあったわけではない。一般には驚きをもって迎えられたと思うが、アナリストの視点ではある程度予想されたものであった。

 理由は以下の2つが分かっていたからである。ひとつは前年度に1950万本の大ヒットとなった「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」の反動が想定されていたこと、そして「Switch」のハードは8年目に入っており、勢いが落ちるのは当然だからだ。決算自体は大幅減益で、利益水準はソニーグループのゲーム部門を下回ったわけだが、必然的なサイクルでもあるのである。

 ポイントは第1四半期の「Switch」の販売台数だろう。要因はよく分からない部分もあるのだが、第1四半期が不振だと年度のハード販売も厳しいことが何故か多い。「Switch」ハードの210万台という数字は決して楽観できるものではないが、筆者の予想は年間1250万台(会社計画では年間1350万台)なので進捗率は16.8%程度である。この数値ならまだ到達できる可能性はある。しかし逆に言えば、会社予想以上の業績上振れの余地は少ないと言っていいだろう。今期は辛抱の年となる可能性が高そうである。

 リスク要因は為替である。円安でゲームセクターや製造セクターの業績が嵩上げされていたという実感が個人の投資家にはないと思うので、8月初旬の急激な円高に伴う大幅な株価の下落には驚かれたと思う。人間のパニックは未知や不安が引き起こすものなので、目の前の出来事がなぜ起こっているかを知ることは大事なことだ。7月までの株価上昇の一因は、円安による利益増があったので、円高は大幅な株安要因になり得るのである。

 プロ目線では円安による業績への影響は相当大きかったので、むしろ当然起こり得るものと冷静に見ていたのだが、新NISA(少額投資非課税制度)で投資を始めた方にとっては、初めての試練だろう。任天堂の株価も乱高下を余儀なくされた。しかしITバブルの崩壊も、リーマン・ショックも経験してきた筆者から見れば、まだそれほど深刻な状況とは思えない。ぜひ、慌てて投資を止めるようなことは避けていただきたいと思う。ただ、相場状況が落ち着けば、投資家の関心は「Switch」の後継機に移っていくことになろう。

●任天堂「Switch」の後継機はインバウンド需要を喚起する!?

 現時点では「Switch」後継機についての詳細は何も発表されていないが、各種報道からすると来年前半の発売、価格はドルベースでは比較的安め(499ドル以下?)、性能は「PS(プレイステーション)4Pro」以下といったところのようである。

 499ドルは1ドル150円で換算すると7万5000円程度になるため、これを安いと言われると日本では多くの人が疑問を持つだろう。しかし参考程度ではあるが、米国でマクドナルドのビッグマックは、5.69ドル、1ドル150円換算で853円、1ドル120円でも682円となり、日本の480円と比較すると150円で1.77倍、120円でも1.42倍なのである。

 日本国外では、1ドルが150円の水準だとドル価格の6割ぐらいに感じられてもおかしくなく、120円でも30%ぐらい安い感覚なのではないかと思われる。これらのことを考えると「Switch」の後継機もこの状況では、インバウンド需要を喚起してしまいそうである。この関連では家電量販店のビックカメラ <3048>、ヤマダ電機(ヤマダホールディングス <9831> )といったところがメリットを受けそうだ。

 もう一つ、あまり表立っては出てこないがゲーム機ハード、ソフトの卸売りを行っているハピネット <7552> も筆者は評価している。同社は家電量販店にゲーム機を卸す立場だが、上場していない企業にも卸売りをしているのでインバウンド全体で享受できるメリットは大きいだろう。インバウンド関連でカプセルトイも積極的に手掛けていて急成長している点は面白い。足もとでは円高が進行しているが、140円程度ではインバウンド需要には大きな影響はなさそうなので投資家からの注目が集まろう。

 と書いている最中、8月8日にハピネットは上期業績計画を大幅に上方修正した。ポケモンやワンピースなどのトレーディングカードやカプセルトイの好調を受けたもので、筆者の評価の正確さが証明されたと自負したい。

●コンテンツビジネスがけん引したソニーグループの好決算

 ソニーグループの2025年3月期第1四半期決算は、営業利益2791億円と前年同期比10.3%の増益だった。ゲーム事業にメディアの注目が集まりがちだし、筆者もゲーム事業に関する辛めのレポートが多いため、意外に思われるかもしれないが、実は筆者はソニーグループの将来性を高く評価している。全体では成長性の高いビジネスを多数抱えている優良会社なのである。

 第1四半期で見ると、円安の進行効果が大きかったが、見逃せないのは音楽事業の伸長である。説明会でもソニーグループは高成長を強調していたが、多くの楽曲の配信権を持っているため、アップルミュージックやアマゾンミュージックに代表されるプラットフォーム向けの音楽配信で極めて省力、省資本の効率的なビジネスモデルを確立したのである。

 これほど省力、省資本のビジネスモデルはなかなか見られず、もっと評価されるべきだと思うのだが、筆者が見聞きした範囲内ではこのビジネスが高く評価されたという話は聞かない。実にもったいない話だと思うのである。

 また、コンテンツビジネスは、権利者に収益が集中する傾向があるので、同社はCDでは取り込めなかったユーザーの獲得に加え、中古・レンタル市場に流出していた付加価値を取り込んで、音楽部門は売上高4420億円(前年同期比23%増)、営業利益859億円(同17%増)と成長を実現している。この結果は元社長の平井一夫氏が推進したリカーリングビジネス戦略が結実したものと言っていいだろう。高効率で成長を実現できる音楽部門は今後も、安定的な成長が持続できると筆者は考えている。

 CMOSイメージセンサーも好調だ。サムスンの参入報道でシェア低下が懸念されているが、張り合わせ構造のチップ製造にかかわるノウハウは非常に有用で、第1四半期の前年同期比2.8倍という利益成長はもっと評価されるべきだろう。

 中期的に他社の参入は十分あり得ると思うが、車載などでのCMOSイメージセンサーの搭載量の増加も考えると成長ペースに揺るぎがあるとは思えない。ソニーグループ全体で見ると、ストライキで停滞気味の映画事業も含めてコンテンツの平井氏のリカーリングビジネス戦略は、とても有効だったと考えている。

●なぜ、「PS5」の販売台数予想に疑問が発せられないのか?

 となると結局、同社の課題はゲーム事業だろう。筆者はソニーグループを批判ばかりしていると思われているが、データを見ていると今の「プレイステーション」ビジネスは不振と言って差し支えがない。であるならば、批判は当然ではないだろうか? たしかに増収増益であるが、これは円安効果に加えて、「PS5」の不振を補うためにPC向けゲームソフトの販売を強化し始めたからである。

 「PS5」の販売台数は前年同期の330万台から240万台へ大きく落ち込んでしまった。通期の会社計画、1800万台に対する進捗率は13%にとどまっている。さきほどの任天堂「Switch」の会社計画1350万台に対する進捗率が15%であることを考えても、それ以上に計画の到達は難しいだろう。

 しかし、筆者はよくソニーグループを批判しているので、もしかするとバイアスがかかっているかもしれない。そこで「PS4」の第1四半期進捗率を示すが、開示されている実働7年間の平均進捗率は21%で、最後の2年は半導体不足で、販売台数が少ないため除外しても5年間の平均は17.6%だから、今回の結果は大きく下回っている。筆者は、「PS5」の今期予想台数を1650万台に引き下げたが、これでも進捗率は「Switch」並みの15%なので厳しい。一応、下期にハードウェアに関する施策が打たれることを前提にしている。

 筆者が決算説明会に参加して疑問に思ったのは、「PS5」の第1四半期で240万台という低い販売台数にとどまっている現実は明らかであるのに、会社側も機関投資家もメディアもこの台数に触れることがなかった点である。「PS5」の今年度計画1800万台が達成できなくても、ソニーグループ全体への業績に対する影響は限定的であるにも関わらず、このようなことになっているのはおかしいと皆さん思われないのだろうか。

●過去の失敗が生かされていない「PS5」の不振

 このような事態になったのは、言葉や文章にすると現実になる、という文化が日本にはあり、暗黙の了解として疑問があっても言葉にできなくなっているのではないか、と筆者は推測している。これは小説家の井沢元彦氏が日本における言霊信仰と指摘している話で、筆者も同意するところではある。詳細は井沢氏の著作などを読んでいただければと思うが、こうした思考が、公の場である決算説明会で悪い話をすることが憚れるような空気を生んでしまったのではないかと思う。

 「何を馬鹿な」と思われるかもしれないが、今回のソニーグループの決算発表で、実際に起こったのである。全体の業績が好調だったことを考えると、これがソニーの業績に影響も与えていないのに筆者としては不思議で仕方がない。発言や文章化すると現実になるという日本的文化を象徴する出来事がソニーグループの説明会で起きているのは大変面白い現象だと思う。

 ソニーグループの将来性は「PS5」の販売台数が少々未達だったぐらいで揺らぐとは思えない。筆者も音楽やCMOSイメージセンサーの将来性を高く評価している。しかし、ソニーグループやSIE(ソニー・インタラクティブエンタテインメント)からすると、「PS5」の失敗は苦い記憶になりそうなのである。失敗の経験が継承されないため、悪いことを悪いと言えないのは問題だと思う(実際、事業不振が喧伝された携帯ゲーム機「PS Vita(ヴィータ)」の販売台数は非開示にされている)。デジタルカメラ部門はその点、エレクトロニクス事業の失敗の経験が生かされていて、健闘している。ゲーム事業は、高い将来性があるだけに残念だと思うのである。

【著者】
安田秀樹〈やすだ・ひでき〉
東洋証券アナリスト 

1972年生まれ。96年4月にテクニカル・アナリストのアシスタントとしてエース証券に入社。その後、エース経済研究所に異動し、2001年より電子部品、運輸、ゲーム業界担当アナリストとして、物流や民生機器を含む幅広い分野を担当。24年5月に東洋証券に移籍し、同社アナリストとなる。忖度のないオピニオンで、個人投資家にも人気が高い。現在、人気Vチューバーとの掛け合いによるYouTube動画「ゲーム業界WEBセミナー」を随時、公開中。



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