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【特集】石油のドル建て取引は米国の命運を左右、次の世界に向けて動き出したグローバル・サウス <コモディティ特集>

minkabu PRESS CXアナリスト 谷口 英司

●米国主導の中東和平は実現するか

 今月9日の米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の報道によると、サウジアラビアがイスラエルを国家として承認し、両国が外交関係を正常化する方向で、米国とサウジが大枠合意したという。中国の仲介によって対立していたサウジとイランの外交は段階的に再開している一方、サウジとイスラエルの正常化が成就すれば、中東全体の和平が現実味を帯びる。

 この大枠合意を土台として、サウジはパレスチナ人の権利を最優先とする和平合意の実現を目指すだろう。現代で最も凄惨なパレスチナ紛争の終結や、パレスチナ人によるパレスチナ国家の樹立がサウジの最終的な目標となる。ただ、イスラエルが来年の米大統領選を控えたバイデン政権の介入で和平協議を本格化させるのか疑問でしかない。パレスチナ国家の樹立はイスラエルにとってかなり大幅な譲歩である。米政府高官は今後9~12ヵ月でこの中東和平協議の詳細を詰めることが可能であるとの認識を示しているものの、最終的な合意にたどり着けるのだろうか。

 パレスチナ国家樹立という壮大な目標をサウジが掲げている一方、米国はサウジに中国との関係拡大を制限するよう迫っている。経済的・軍事的にサウジと中国がこれ以上接近するのは許しがたいようで、サウジ国内に中国が軍事基地を建設しない確約を求めている。サウジが中国通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)の開発した技術を利用することも気に食わないようだ。

●ドル建て石油取引の減退は米国にとって危機

 また、米国はドル建ての 石油取引を続ける確約をサウジに要求するようだ。BRICSなどグローバル・サウスが中心となって世界的なドル離れがゆっくりと着実に進展しており、米経済を成立させている米国債本位制を維持するために、脱ドルを食い止めなければならない。ドル本位性と米国債本位性は同義である。

 石油輸出国機構(OPEC)プラスの盟主であるサウジが人民元建てによる石油取引を開始するなら、ドル建て取引の敬遠が広がるリスクがある。石油をドル建てで取引するペトロダラー体制の崩壊は、エネルギーを輸入する際に十分なドルを準備しておく必要がなくなることを意味する。ドル需要が減少すれば、恒常的な米経常赤字を背景として世界中に溢れているドル相場は圧迫され、行き場のないドルが米国債へ還流する流れは弱まる。ドル離れは米国債離れであり、ドルが不安定化すれば、米国債市場も揺らぐ。

 米債務上限が撤廃されたことで、米政府は際限なく債務残高を膨らませることが可能となった。ただ、米国以外が米国債市場を支える構図は転換点を迎えている。ドル需要が減少し、米国債需要が減退するなかで、米国債の増発は困難となりつつあるのではないか。外国のドル需要に支えられ、債務残高の拡大とともに成長を謳歌してきた米国にとって、米国債が十分に発行できないことは危機でしかない。

●米国債市場が崩れれば未曾有の金融危機へ

 米国とサウジが協議を重ねるうえで、サウジがドル建てで石油取引を続けると確約することはないと思われる。バイデン政権になって米国とサウジの隔たりは拡大した。サウジはグローバル・サウス側である。ただ、サウジが石油のドル建て取引を停止すると高らかに宣言する可能性はほぼない。米国債市場が崩壊する引き金となりうるためである。米国債市場が崩れると、米経済は立ち行かなくなり世界中へ体験したことのない金融危機が連鎖するだろう。

 サウジは核爆弾のスイッチを押すつもりはない。崩壊後の世界で後ろ指を指されるのはためらう。第2次世界大戦後の米経済を軸とした発展が示すように、そもそも誰一人として世界経済を破滅させる核ミサイルを発射する勇気はないが、次の世界に向けてグローバル・サウスは動き始めている。団結は難局を生き延びようとする意思の現れである。

(minkabu PRESS CXアナリスト 谷口 英司)

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