【市況】植草一秀の「金融変動水先案内」 -忍び寄る翳-
植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)
第71回 忍び寄る翳
●日経平均株価乱高下
前回コラムにコロナ、FRB、恒大、政局、景気の5つのリスクについて記述しました。このうち、日本政局リスクについては、良し悪しはともかく、これまでの自公による政治支配体制が継続されることになり、政局不安定化のリスクは後退することになりました。
日本のコロナ情勢は急変しました。1日あたりの新規陽性者数は8月20日にピークを記録。その水準は2万5000人を超えていました。日本における医療崩壊が深刻化し、自宅に放置されて感染者が死亡する事例が多数確認されました。それから3ヵ月後の現在、1日あたりの新規陽性者数は100人を割り込む水準にまで減少しています。ピーク比200分の1の水準です。感染の急激な縮小を受けて各種行動規制の緩和が進められています。
FRB、恒大、景気のリスクは残存していますが、コロナと政局リスクが後退して株式市場に一定の安心感が広がりました。日経平均株価はコロナの新規陽性者数がピークを記録した8月20日に2万6954円の安値を記録しましたが、この日を境に急激な反発を演じ、9月14日にはバブル崩壊後の高値を更新する3万0795円に到達。31年ぶりの高値を記録しました。
ところが「好事魔多し」と言います。株価急騰は一過性の現象に終わりました。中国恒大グループの経営破綻リスクが表面化するとともに、米国金融政策の方向転換の可能性が一段と高まったのです。
●FRBリスクの拡大
9月29日に実施された自民党総裁選では岸田文雄氏が勝利を収めて岸田内閣が発足しました。ところが、その岸田氏が総裁選での政策公約に金融所得課税の強化を盛り込んだこともあって日経平均株価は急反落。10月6日には2万7293円にまで下落しました。8月20日以降の株価上昇分の91%がわずか3週間で消滅したのです。結局、岸田氏は金融所得課税強化の方針の撤回に追い込まれました。
株式市場全体が高値水準で波乱の展開を示しています。私は5月以降、日米株価が高値波乱局面に移行するとの見通しを示してきました。直ちに暴落する状況ではないのですが、株価を下落させる重要なリスクファクターが見え隠れし始めており、高値圏内で株価が乱高下する可能性が高まると判断したのです。
3つの重大リスクが残存しています。最重要の変化は何といってもFRBリスクです。FRBは11月2-3日のFOMCでテーパリング(量的金融緩和の縮小)実施方針を決定しました。11月からオペレーションが始動する状況です。9月のFOMCではFFレートの引き上げ開始時期が6月時点での2023年から2022年に前倒しされる方針が示されました。いよいよ、米国の利上げ実施が射程距離に移行したことになります。
過去を検証すると、利上げの実施が必ずしも株価下落トレンド転換をもたらしていないことが分かります。株価が大幅に下落する局面は景気が明確な後退を示す局面であり、利上げが実施されても成長が維持されている間は株価は堅調な地合いが維持されることが多いのです。それでも、利上げ観測の浮上は短期的な株価調整要因になります。この警戒感が緩やかに拡大しています。
●パウエル議長続投
11月10日発表の米国10月CPI(消費者物価指数)、24日発表のPCE(個人消費支出)価格指数の上昇率は31年ぶりの高水準を示しました。CPIの前年比上昇率は6%台に乗せ、FRBが注視する食品・エネルギーを除くコア価格指数上昇率がCPI、PCEともに前年比4%台の高水準を記録したのです。FRB目標値は前年比2%であり、FRBのインフレ抑制行動が強く求められるデータ発表が相次いでいます。
こうしたなかでバイデン大統領はパウエルFRB議長の続投を決断しました。私が執筆している会員制レポートでは8月と10月にパウエル氏続投、ブレイナード女史の副議長登用の見通しを記述しましたが、その通りの判断がバイデン大統領から示されました。パウエル議長が共和党員であることを理由に更迭することは望ましくなく、トランプ大統領とは対照的にバイデン大統領は堅実な判断を下したと言えるでしょう。
ブレイナード氏と比較してパウエル氏はインフレ抑制に強い姿勢で臨むことが期待されており、パウエル議長続投の決定もFRBの早期利上げ観測を後押しする要因として受け止められています。いよいよFRBによる金融引き締め策の具現化が想定され始め、これが株式、債券、為替市場に強い影を落とし始めました。
この状況下で新たな重要ニュースが表面化しました。南アフリカで新種の新型コロナウイルス変異株が確認されたのです。この変異株情報が重要性を持つのは抗体をすり抜ける特性を有する可能性が指摘されていることにあります。すでに海外各地に流出したと見られることも伝えられています。
●禍福はあざなえる縄の如し
日本のコロナ情勢は急激な落ち着きを示していますが、お隣の韓国では感染再拡大が生じています。また、欧州でも感染拡大第6波が深刻化しています。新たに確認された変異株の感染力が強い可能性があり、この変異株が日本に流入してしまうと、日本のコロナ情勢が急変してしまう可能性があります。
岸田内閣はワクチン推進の路線を継承していますが、ワクチンの有効性に強い疑問が投げかけられているとともに、日本のワクチン接種後の急死者数が1350人を超えている現状では、ワクチンリスクを放置する岸田内閣の姿勢への批判が急速に強まる可能性も考えられます。ワクチンを接種しても感染を抑制する効果は極めて限定的であると考えられ、「接種証明」には意味がないとの批判が強まっています。接種証明よりも水際対策が重要で、変異株の流入を阻止できるかが岸田内閣の命運を左右することになると考えられます。
恒大リスクが重要視されるなかで、中国政府は不動産金融不況が金融システム全体を揺るがす事態に発展せぬよう、公的関与を強めるものと想定されますが、巨大企業の破綻が表面化すれば一定のショックが発生することを回避するのは困難でしょう。
米国を軸とする金融政策の方向転換が、2020年以降に発生した「過剰流動性」を収縮させる効果を発揮し始めています。また、日本経済が本年6月を境に景気後退局面に移行し始めた可能性も観測され始めています。金融市場全体のリスクが段階的に高まる方向に情勢が変化している点の銘記が求められる局面です。
本コラムの執筆は今回をもって終了させていただきます。金融市場変動についての分析と投資情報は会員制レポート『金利・為替・株価特報』で引き続き提供させていただきますので、是非ご活用くださいますようご案内申し上げます。
(2021年11月26日記/今回が最終回になります)
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