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【市況】武者陵司「株式市場を巡る理論対立」

武者陵司(株式会社武者リサーチ代表)

―米国で進む新しい資本主義の姿―

●「新しい資本主義」の時代

 岸田首相が「新しい資本主義の構築」を政権のスローガンに掲げて以来、「新しい資本主義」が経済論議の流行となっている。まさに「新しい資本主義」が勃興しつつあり、その先陣を巡って各国、各産業、各企業の競争が展開されている。DX/GX(デジタルトランスフォーメーション/グリーン・トランスフォーメーション=脱炭素)革命も、人々の働き方とライフスタイルの変化も、金融・株式市場も経済政策も、企業政策・企業体制の在り方も、M&Aなどの合従連衡も、すべては「新しい資本主義」のコンセプトなしには理解できず、成果は得られない。

 武者リサーチは、今、資本主義は新たな発展段階へと進化しつつあると考える。19世紀型の労働の搾取と階級対立、20世紀型の経営と所有の分離、機関投資家が求められる受託者責任を経て、今、家計が労働者と所有者(株主)の双方の機能を兼ね備え、ネットがあらゆる経済資源の最適マッチングを果たすという、新たな新時代に入ろうとしている。

 その全貌、最終的な行き着く先は混沌としているが、米国では資本主義進化の火蓋は明らかに切られている。日本はそのダイナミズムに大きく後れを取っている。今後、様々な問題を「新しい資本主義」というコンセプトから解明していきたい。その端緒として、11月16日付の日本経済新聞朝刊の掲載記事に対するコメントから始めたい。

●岩井氏による「過度な株主重視による資本市場の機能不全」は正しいか

 日本経済新聞が16日から始めた「新しい資本主義を問う」シリーズの第1弾として、岩井克人(国際基督教大学特別招聘教授)が登場し、過度な株主重視による資本市場の機能不全が問題だ、と指摘している。「日本の企業はバブル崩壊以降、売上高も従業員への給与も設備投資も横ばいで推移したが、配当金だけは4倍にも増えた。さらに自社株買いによって株主還元に拍車がかかった。株式市場は企業に成長資金を供給するのが本来の目的だが、実際は配当や自社株買いを通じて企業から株主に資金が流出している。しかも株主の3割は海外投資家、売買高では7~8割だ。市場が国富を収奪する場になってしまった」「いま海外投資家の間では、日本は最も買収しやすいカモと見なされている。」

 岩井氏は「新しい資本主義を問う」シリーズのトップの登場であるから、日本経済新聞は岩井氏を日本における資本主義研究の第一人者とみなし、同氏の見解が学会のスタンダードな見方を代表していると考えているのであろう。

 しかし、武者リサーチは、この見解は事実認識において先進国金融の現実からだいぶ離れていると考える。まず、株主還元を日米で比較してみよう。日本の株主還元を東証上場企業でみると、配当15.6兆円(配当性向32%、配当率2.06%)、自社株買い年間8兆円として、株主還元合計は約24兆円、予想利益47兆円のほぼ半分が還元されていると計算される。

 これに対して米国企業(金融を除く)の場合、過去6年間の株主還元を計算すると、2015年から2020年の6年間の利益合計6.17兆ドル、これに対して配当金3.63兆ドル、自社株買い2.51兆ドル、両者合わせた株主還元は6.14兆ドルと利益総額にほぼ等しい。米国では企業は利益を丸ごと株主に還元することが、常態化しているのである。米国の株式市場は日本以上に企業からの資金流出の場となっている。

●米国で進化する資本主義、株式市場が資金調達の場から所得還元の場に変わった

 では、米国では投資がおろそかであったかと言うとそうではなく、この6年間に利益の1.9倍に相当する11.78兆ドルが投資に振り向けられ、減価償却9.18兆ドルとの差額2.6兆ドルは、社債発行中心の債務増加3.0兆ドルによって賄われてきた。企業の財務構成(例えば自己資本比率)は低下してきたのである。

 この株価本位(or株主重視)の企業の財務行動は、米国株高のほぼ唯一のエンジンであった。リーマン・ショック以降、11年間に米国の株価(S&P500指数)は6倍強に上昇したが、この間の投資主体別に見た累積株式純投資額を見ると企業(非金融)が4.1兆ドルと家計0.9兆ドル、海外1.0兆ドル、金融機関・年金-1.8兆ドルを大きく上回っており、株高はもっぱら自社株買いによってもたらされたといえる。この株高を中心とした資産価格の上昇が、家計の純財産額を大きく押し上げ、その資産効果が、米国消費増加の牽引車になっている。

 このように、米国では家計の貯蓄が銀行貸し出しや証券発行によって企業に投資され、経済の循環を引き起こすという旧態依然たる資金循環が全く変わってしまっているのである。

 端的に言えば、(1)株式市場が企業の資金調達の場から所得還元の場になった、(2)将来の投資を決める金融ポートフォリオは、昔は銀行の融資ポートフォリオであったが、今は株価(株式の時価総額)による市場ポートフォリオになっている、(3)家計貯蓄の7割は株式・投信であり、資産価格上昇は最大の貯蓄増加要因になっている、(4)経営者は株価によって評価判定される、などが定着している。

 その過程でバブルと見える資産価格の高騰や、値ざや稼ぎを狙った投機も横行し、鉄火場の様相も見られる。

●ブラインドの日本の経済論壇

 岩井氏の言う「過度の株主重視による資本市場の機能不全」は、米国では日本などよりはるかに進行しているという現実があり、日本はだいぶ遅れて後を追っているという構図である。この米国の金融市場の在り方を米国国内で批判しているのは民主党のエリザベス・ウォーレン議員など、左派(progressive)の一部であり、イエレン財務長官をはじめ、大半の学者・エコノミストは問題視していない。それどころかQE(量的金融緩和)、ゼロ金利など積極的な金融政策を通じた、資産価格の押し上げ政策を支持している。

 金融・経済では、古い教科書が前提にしている過去の実態と、ダイナミックに姿を変えている進行形の現実とのギャップが極端に大きくなっているのである。岩井氏のような観点からすれば、米国株式は官民共作のバブル生成の真っただ中であり、金融危機に向かう過程にある、と見えてくるであろう。投資家としても、この両者の見解に傍観を決め込むことはできない。

(2021年11月16日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン294号」を転載)

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