【市況】植草一秀の「金融変動水先案内」 -5大リスクの再点検-
植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)
第70回 5大リスクの再点検
●天網恢恢疎にして失わず
諸般の事情で本コラムの執筆を、本月をもちまして終了させていただきます。金融市場変動の水先案内は会員制レポート『金利・為替・株価特報』でご提供してまいります。髙波が荒れ狂う海路を安全、快適に航行するには優れた水先案内が必要です。この機会にレポートご購読をご検討賜りますようご案内申し上げます。
金融市場には5つのリスクが渦巻いています。コロナ、FRB、恒大、政局、景気のリスクです。本年2月から8月まで、日経平均株価は下落基調をたどりました。主因は当時の菅義偉内閣のコロナ対応失敗にありました。本気でコロナを収束させる考えがあるのか、よく分からない政策対応が続いたためです。
結局、コロナが蔓延して菅義偉氏は退陣に追い込まれてしまいました。老子は「天網恢恢疎にして失わず」と述べていますが、天の網に絡め取られてしまったと言えるでしょう。しかし、「禍福はあざなえる縄の如し」と言います。8月22日の横浜市長選で菅義偉首相(当時)が全力を注いで応援した候補者が惨敗しました。勝利したのは立憲民主党が推薦した候補者でした。衆議院総選挙の帰趨を占う選挙で立憲民主党は大勝したのですが、これが決定打になって菅首相が辞任したことで局面が大転換したのです。
10月31日に投開票された第49回衆議院議員総選挙で、自民党は単独で261の絶対安定多数の議席を獲得しました。政権交代さえ想定された選挙で、立憲民主党は改選前議席の110よりも14少ない96議席に沈みました。岸田首相は自公合わせて233の過半数確保を勝敗ラインとしていましたから、実質的な自民党大勝になったと表現して差し支えないでしょう。
●九仞の功を一簣に虧く
自公大勝の評価はさまざまあると思いますが、とりあえず政局リスクは大幅に後退しました。同時に、医療崩壊が現実となったコロナ大騒動の様相が一変しています。日本のコロナ陽性者数がピークを記録したのは8月20日です。私は8月23日付のブログ記事でコロナピークアウトの可能性を指摘しました。菅義偉首相が辞意を表明したのは9月3日でした。菅首相に的確な情勢判断のための情報が届けられていたら、辞意表明はなかったと思われます。
しかし、菅氏が岸田氏に交代したおかげで自民党は絶対安定多数を確保したのです。現実世界の機微が鮮明に表れた事例と言えるでしょう。1年前には米国で大統領選が行われました。遠い昔の出来事のように感じる人が多いと思いますが、これほどまでに現実は刻々と変化を遂げるのです。半歩先、一歩先の未来を見据えることが大切だと思います。
欧米でコロナ感染は第6波の様相を示していますが、日本ではコロナ収束の可能性さえ感じられる状況に変化しています。しかし、「九仞(じん)の功を一簣(き)に虧(か)く」(※)と言います。ここで行動制限を全面解除するとともに入国制限を一気に取り払ってしまうと、大きな果実を取り損なう可能性が生じます。岸田内閣の慎重な対応が強く求められるところです。(※注:事がいまにも成就するときに、最後の努力を怠ったために完成しないこと)
他方、FRBは11月2-3日のFOMCでテーパリング開始を決定しました。市場の予想通りの決定でした。同時に利上げについては「辛抱強くいられる」ことが強調されました。
●好事魔多し
株式市場は景気回復が持続するなかで金融緩和環境が維持されることを好感し、NYダウが史上最高値を更新する推移を示しています。しかしながら、「好事魔多し」の言葉を忘れてはいけません。11月5日発表の10月米雇用統計では非農業部門の雇用者増加数が市場予想の45万人よりも多い53.1万人になりました。また、時間当たり賃金は前年比4.9%の大幅上昇を示しました。
さらに、FRBが重視する個人消費支出価格指数の上昇率は9月に前年比4.4%上昇し、11月10日発表の10月消費者物価指数は31年ぶりに前年比6%台に高騰しました。これらの変化を金融市場は静観していますが、情勢の緊迫度は高まりつつあると言えるでしょう。
日本では10月1日に発表された日銀短観9月調査で大企業業況判断が足元で改善を継続しましたが、製造業の先行き見通しの悪化が示されました。日本では2020年5月を底にして経済活動の改善が続いてきましたが、日本経済が悪化に転じる可能性が浮上し始めたのです。
また、中国の恒大グループの経営危機が続いています。これまでのところ、辛うじてデフォルトに陥らずに推移していますが、資金繰りの困難は持続する見通しです。中国政策当局は日本のバブル崩壊と金融不況を研究し尽くしてきました。巨大企業の経営破綻がシステミックリスクの顕在化につながらないための方策を検討していると思われます。
政局、FRB、コロナ、景気、恒大の5大リスクがくすぶり続けているというのが現状です。
●禍福はあざなえる縄の如し
コロナショックによる株価暴落後の反発は特記に値するものでした。中国、台湾、韓国では暴落後の反発が暴落幅の2倍を超えました。NYダウも下落後の反発幅が下落幅の162%に達しています。この株価猛反発を生み出した原動力が無制限、無尽蔵の与信拡大による過剰流動性でした。日米ではバブル期以来の過剰流動性が観測されました。
しかし、この過剰流動性にも重大な転機が訪れています。代表的マネーストックであるM2伸び率が急激に低下しているのです。5大リスクの現況はすべてが表面的にはリスク後退の状況を示しています。この変化を受けて、内外株式市場で堅調な価格推移が観察されています。
目先はこの好状況が維持される可能性が高いと見られますが、問題は、いつ、何を背景に状況が変化するのかを想定することです。5つのリスクのうち政局リスクは後退し、景気リスクは状況変化を把握するのが遅行する傾向があります。また、コロナリスクは残存しますが、変化が感染者数で可視化されているため状況把握が容易であると言えます。
細心の注意が必要なのがFRBと恒大のリスクです。FRBリスクについて株式市場では楽観論が支配的ですが、先行して警戒を強めると見られるのが債券市場です。また、FRB議長人事も重要局面を迎えています。
他方、恒大リスクはいつ重大情報が表面化するか測りかねる面があります。米国債券市場の動向変化と恒大関係の情報に最大の注意を払う必要が高いと言えるでしょう。
(2021年11月12日記/最終回は11月27日配信予定)
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