市場ニュース

戻る
 

【市況】武者陵司「2021年は短期、中期、長期、超長期循環上昇の起点になる」<前編>

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

●議論の出発点、なぜ市場はブラックスワンに打ち克てたのか

 2021年の展望にあたって、「2020年に、ブラックスワン(Covid-19という歴史的パンデミック)に市場とファンダメンタルズが打ち克った」という事実の認識が何をおいても重要である。株価は4割の暴落を5カ月で取り戻すというV字回復を遂げ、さらに高値を更新し続けている。株価は最も信頼できる景気先行指標であるので、2021年は力強い景気拡大の年になることは、ほぼ確実である。

 いや今の株価はバブル、これは「偽りの夜明け」との批判がある。同様の議論は2010~2012年頃、リーマンショック後にも蔓延していた。しかし、当時と同様に現在も、そうした悲観論は根拠薄弱である。確かに政策支援が株高・景気回復を支えていたのであるが、政策が誤りであり失敗するという主張は間違っていた。今回も市場フレンドリーな政策が誤りであり失敗するという主張には、以下に詳述するように説得力がない。

●二大要因、価値創造力と政策力

 なぜ、これほどの危機を市場と経済は克服することができるのか。本質的な理由は、以下の2つであろう。

(1)経済の地力が強いこと、つまり産業革命により生産性が高まり、健全な価値創造が続いていること

(2)政策の知恵によりブラックスワンが経済を破綻させる道(需要蒸発と供給力の凍結)を見事に遮断できていること、より具体的には世界大恐慌時や日本のバブル崩壊後の長期停滞を招いた清算主義経済政策を完全に棚上げできたことである。仮に強烈な財政金融一体の緩和政策が不在であったら、大恐慌に陥っていたことは明らかである。米英を中心とする経済学・経済政策の勝利と言える。もっとも、日本の学者・エコノミスト・メディアの主たる論調は、「この野放図の財政赤字と金融緩和のつけをどうするのか」であり、日本の世論は間違った方向で形成されている。注意が必要である。

 Covid-19パンデミックは依然、猛威を振るっている。しかし、 ワクチン投与が始まった。ファイザー、モデルナ、アストラゼネカなどのワクチンはいずれも有効性が高く、副作用が限定的であることから、2021年後半にはコロナ制圧が視野に入ってくる可能性が大きい。武者リサーチは、2021年は短期、中期、長期、超長期経済循環の上昇の起点になる可能性が高い、と考える。中国経済と米中対立が最大のリスクであるが、短期的には顕在化しないだろう。

 2021年も、2009年から続いている米国の長期株高トレンドが不変であることは言うまでもない。世界的株高の持続、なかでも 日本株式には過去20年間で最大級の追い風が吹くだろう。

(1)短期経済循環は生きていた

●短期循環のバネは蓄えられている

 2020年は、本来は2018年春にピークを迎え、2019年末にボトムを打った世界製造業の景気循環の回復の年になるはずであった。長期景気拡大の中にもミニサイクルがあり、金利・株価など市場はその影響を受けている。米国における製造業景気ミニサイクルと長期金利の推移をみると、最近では2015年春ピーク、2016年央ボトム、2018年春ピーク、2019年秋ボトムとなっている。2018年半ばからのミニ後退は、スマートフォン(スマホ) 自動車の買い替えサイクル、米中貿易戦争による投資案件の棚上げなどによって起こった。その底入れ直後にコロナパンデミックが起き、ミニサイクルの底がさらに大きく引き下げられたわけだが、その分、2021年はリバウンドの力が蓄積されていると考える。

 この3~4年の景気ミニサイクルは、貿易・投資・耐久財消費に主導される製造業の景気循環である。製造業分野では、自動車もスマホも、そしてセメントもいまや中国が世界最大の市場(中国の製造業市場規模は米国のほぼ2倍)であり、世界の製造業の景気循環は米国以上に中国が波を造っている。2018年以降の世界経済のミニ循環の落ち込みは、中国内需の悪化によって引き起こされた面が大きく、今はその急反転の局面にある。落ち込みの主因である自動車需要が底入れし、パンデミック対応のインフラ投資、金融緩和による不動産投資が需要を押し上げている。

●堆積している欲望と貯蓄が解き放たれる

 加えて、全世界で欲望と貯蓄が堆積しており(いわゆるペントアップデマンド=繰越需要)、Covid-19終息の暁にはその一気発現が見込まれる。2021年後半には強烈な短期循環の押し上げ圧力が顕在化するのではないか。

●商品市況高騰、半導体など品不足の兆候

 既に鉱石、銅、アルミなどの商品市況は7年ぶりの水準まで回復している。また、 半導体液晶などデバイス各分野では密かに能力不足の顕在化が心配されている。Covid-19で高まったリモート需要により、端末需要、データセンターなどのインフラ需要が急増、さらに 5Gなど新技術投資が始まり、最先端半導体などで競争先行のための投資が活発化している。中国は5G投資実績で他を引き離す構えで、中国国内での5Gハイテク投資が急増、他国もそれに引きずられて投資競争が始まりつつある。

 各国の経済見通しの上方修正が相次いでいる。米連邦準備制度理事会(FRB)は9月から12月の間に、2020年のGDP成長率を-3.7%から-2.4%に、2021年を+4.0%から+4.2%へと修正した。台湾中銀も9月から12月の間に2020年のGDP見通しを+1.6%から+2.6%に、2021年を+3.3%から+3.7%へ修正した。中国から通関凍結などの嫌がらせを受けているオーストラリアですら、2020年度のGDP見通しを-1.5%から+0.75%へと引き上げた。鉄鉱石市況上昇の恩恵を受けているとみられる。

●米国金融政策の微妙な変化から金融市場が連鎖的に変化する

 この短期景況感の急回復は、まず米国においてインフレ期待を高め、金融政策スタンス変化の兆し(用心深さを伴った)をもたらし、金融市場全体に影響が伝播していくだろう。株式市場では景気敏感なバリュー株を押し上げ、債券市場では長期金利を押し上げ、為替市場ではドルの底入れ回復をもたらすのではないか。

●バリュー株選好、長期金利上昇、ドル高へのトレンド転換が起きる

 今、国際金融市場では ドル安がコンセンサスとなっている。米国が世界で最も積極的な金融財政緩和を打ち出しており、ドル供給が潤沢になったためである。加えて、ゼロ金利政策の下で米国の実質金利(=物価連動債利回り)が-1.2%と世界最低となったことが、ドル安論を大きく後押ししている。実質金利差は為替市場において最も重要なトレンド決定要因とされており、この米国実質金利低下が、ドル安観測を決定づけている。

 しかし、米国実質金利の大幅な低下の原因は、ゼロ金利ではない。短期政策金利は米国のみならず、日欧も共通してゼロ近辺である。米国の実質金利が著しく低いのは、Covid-19パンデミック下にあっても米国のインフレ期待が全く低下しなかったことにある。米国の長期期待インフレ率(10年債利回り-TIPS)は1.6~1.7%とすでにコロナ感染前に戻っているが、このことは、米国経済のインフレ基礎体力が相当強いことを示唆している。米国は先進国の中で最も経済成長に対する自信が強く、故にインフレ期待が高いのであり、そのことが米国の実質金利をことさらに押し下げているといえる。

 この積極的財政金融緩和、経済に対する強い自信は、米国経済が先進国中で最も力強く回復することを予見させる。その下で金融政策転換が見えてくれば、ドルは強まるだろう。

(2)MMTが引き起こす中期経済循環の上昇、その有効性が証明されるだろう

●ブラックスワン撃退の功労者MMT

 中期的には財政金融一体化によるMMT(現代貨幣理論)の導入が成功・定着し、先進国諸国のビジネスフレンドリーの大型財政金融緩和が経済成長力を高める時期に入るだろう。前述のように市場がCovid-19に打ち克てたのは、ひとえにMMTという「禁じ手」政策の採用をためらわなかったからである。

●Covid-19がなければMMTは採用されなかったはず

 Covid-19への緊急対応の必要から、唯一の対策として事実上、MMTが各国において定着してしまった。巨額の財政支出を中央銀行の国債買い入れで賄う財政金融一体化は、これまで禁じ手と見られていた財政ファイナンスで、MMTそのものと言える。先進国の政府債務は国際通貨基金(IMF)調査によると史上最高水準まで高まっているが、それは中央銀行の協力なしには不可能であった。米国の財政赤字と中銀バランスシート増加(前年比増加額)の推移をみると、両者が見事に対応していることが分かる。この中央銀行の国債買い入れによりクラウディングアウトを起こすことなく、長期金利が低水準で安定し、市場を安定化させ、民間資金需要にも応え得たといえる。

●日本もMMT導入に同調した

 財政ファイナンス、事実上のMMT定着は今回のパンデミック対策により日本においても起きている。

 なお、日本は世界で一番早く事実上のMMTが実施されてきた国との論評がなされることがあるが、それは必ずしも正しくない。白川日銀時代(2008-2013年)は財政赤字の増加にもかかわらず日銀の国債保有増加は僅少であり、財政ファイナンスは行われていなかった。つまり、財政資金需要は民間金融を圧迫し、市場金利を押し上げていた。他方、2013年以降の黒田日銀の下では、量的金融緩和(QE)が実施されたが、それは民間銀行・ゆうちょ銀行・GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)など金融機関が保有していた巨額の保有国債の日銀による肩代わりとして行われたものであり、やはり財政ファイナンスではなかった。そもそもアベノミクスの下では、2度の消費税増税とプライマリー赤字削減という緊縮財政が展開されており、追加的財政資金需要は発生していなかった。

 今回のCovid-19危機の下で初めて、日本においても財政金融一体緩和が実現しているのである。

 欧州でもECB(欧州中央銀行)は巨額のバランスシート拡大により、イタリア、ギリシャ国債まで購入しており、壮大な財政金融一体化が実現している。

●MMT導入は、供給力過剰・貯蓄過剰に対する最良の処方箋

 このようにすでに先進国で定着したMMTは、金利の上昇とインフレ高進を引き起こし、政府破綻に帰結する、と批判されてきたが、まず当分はそのような懸念は杞憂であろう。そもそもコロナ感染が発生する前の世界経済は、「物価低下圧力=需要不足」と「金利低下圧力=金余り」という2つの根本的困難を抱えていた。需要不足はインターネット・AI(人工知能)・ロボットによる技術革命が生産性を押し上げ、供給力が高まっていたために引き起こされた。金利低下は企業の高利潤(生産性上昇によって企業が獲得した付加価値)と家計の過剰貯蓄が購買力を先送りしているために引き起こされた。よって、財政と金融双方の拡張政策で余っている資金を活用し、需要を喚起することが必要であった。

 コロナパンデミックを契機に、遊んでいた資本と供給力が活用されれば、景気はコロナ感染前より良くなるはずである。

 日本をはじめとする現在の先進国のように供給力と貯蓄に大きな余剰がある経済においては、財政赤字は悪であるというファンダメンタルズ分析に基づかない経済学者、メディア、エコノミストの強迫観念こそが、破壊的な政策をもたらしてきた、とのMMT提唱者の主張は説得力がある。(例えばウィリアム・ミッチェル ニューカッスル大学教授「コロナ危機と財政膨張(1)」日経新聞経済教室12月22日)

●MMTは成功し、新財源手段として定着していくだろう

 武者リサーチは、現在の先進国挙げての財政ファイナンス=MMTは破綻することなく、政策目的を成し遂げる可能性が強い、と考える。

 特に米国は、(a)金利低下が住宅需要の増加に結びつく、(b)Covid-19の下でも期待インフレ率はほとんど低下していない、などアニマルスピリットは健在である。財政金融支援により需要が大きく高まり、需給ギャップは縮小し、FRB(連邦準備制度理事会)が望む2%インフレターゲットが実現される可能性は高い。その過程で長期金利は2%を超える水準まで上昇していくものと思われる。MMTはこのようにしてその政策的有効性が証明され、教育、新技術開発、新ソーシャル・セーフティネットなどの分野での歳出財源の手段として定着していくのではないか。

<後編>へ続く

株探ニュース

株探からのお知らせ

    日経平均