【市況】武者陵司「2025年『世界資本主義再構築』と日本の好位置」(前編)<新春特別企画>
武者陵司(株式会社武者リサーチ代表)
(1)何故、強い米国が必要かつ必然なのか
●歴史的転換を推進する二つの力
10年後を考えると、世界のシステム・経済主体が、いまのままで存続し続けることはないだろう。いまの世界を突き動かす二つの力が、すべてを押し流していくと考えられる。その第一は専制国家を排除した世界秩序の構築、第二はAI(人工知能)革命の不可逆的進展による国際分業と各国の経済・産業構造の変容、である。
●専制国家排除の国際秩序、いずれ見えてくる
第一の力について。どこかの時点で、専制国家を排除した世界秩序構築が加速化するだろう。中国、ロシア、北朝鮮、イランなどの専制国家は袋小路を進んでいる。アサド・シリアの滅亡に続き、ロシア・中国の経済的衰弱は避けられない。
他方で米国では資本主義の蘇生が進展し、米国のプレゼンスは経済的にも政治・軍事的にも高まらざるを得ない。資本主義的世界秩序は米国主導で再構築が進められるだろう。トランプ氏の利己的にも見える「強いアメリカ再構築」に他国が従順にならざるを得ないのは、それ以外の選択肢がないからである。トランプ外交を米国の孤立主義、ナショナリズム回帰と見ることは間違っている。強いアメリカの復活は、世界秩序再構築の必須の条件である。
●空前のAI革命、米経済優位を一段と強める
第二の基本的力について。空前のAI革命は国際分業(各国の相互依存関係)の再構築、および各国経済・産業構造の大転換を必然的に引き起こすだろう。技術革命のスピードは驚異的である。我々はムーアの法則(半導体では18カ月で2倍という集積度[=生産性]の向上が40年にわたって続いていること)が、現代経済の枠組みを根底から変えてしまっていることを痛感している。
しかし、いま進行中のAIの基本構造であるニューロネットワークは、ムーアの法則以上のペースでの指数関数的生産性の向上(=損失の低下)を引き起こしている、といわれている。これをスケーリング則といい、AIが応用されるすべての分野において、それと類似の劇的な変化を引き起こすことが想定される。
ほぼ1000億個に上るニューロン(脳細胞)が1ニューロン当たり1万個のシナプスでつながることにより、人類の知能は飛躍的に高まった。AIデバイスは演算素子がヒトの脳に類似したネットワークで連携されることにより形成され、並列処理と高速化を可能にした。半導体と異なり、AI実装はあらゆる人間の頭脳労働の場面で実装可能なので、生産性上昇は広範囲な分野で実現していきそうである。それは自動的に供給力を高め潜在成長率を引き上げていく。
●エヌビディアの株価急騰はバブルではない、何故か
このAIハイテク技術の多くは米国独占であり、他国は米国からの一極供給に依存することになる。この不可欠な基本技術と供給力を米国に依存し続けている以上(=米国は独占的に最先端ハイテクを供給している以上)、国際分業体制を後退させるわけにはいかない。トランプ氏の反グローバリズムという選挙レトリックを真に受けてはならないだろう。
AI技術が希少財であり代替供給者がいないとすれば、AI技術品・サービスの相対価格が高まる。一見バブルに見えるエヌビディア<NVDA>とマグニフィセント・セブンの株価上昇は、知的生産物の価格上昇を反映しており、根拠なき楽観とは言えない。AI革命は米国を圧倒的に有利にするだろう。
また、先進国での労働は頭脳労働中心なのでAIの応用分野が多岐にわたり、広範な生産性向上が期待できる。他方、労働力が潤沢な新興国は筋肉労働中心で、AIの活用分野は狭い。そもそも新興国の多くは余剰労働力を抱えているので、生産性向上が雇用を奪うことで社会不安を引き起こす可能性もある。つまり、AI実装のモチベーションは低く、生産性の伸びは先進国に比し低いままに止まる可能性が高い。いま勢いのあるように見えるBRICS(ブリックス)に集う新興諸国は、全体として経済プレゼンスを下げていくだろう。
●AI革命は国際分業上の各国の地位を変化させる
AI革命は、世界各地域における国際分業上の在り方を大きく変化させていくだろう。
①米国は、AI・ネットなどのデジタル分野および金融において独占的な強みを発揮し続ける。日欧はじめ各国は、米国にデジタル関連費用を支払い続けることになる。
②東アジア(台湾・韓国・中国・日本)は、半導体を中心とするハイエンド製造業を独占的に供給している。東アジアのエコシステムは最強であるゆえに代替は困難、東アジアへの供給依存は続くだろう。しかし、東アジア域内での供給体制は、徐々に日本にシフトするだろう。米国による中国排除が一段と進展すること、韓国の政治不安定化と競争力の低下、台湾積体電路製造(TSMC)<TSM>製品など最先端ハイテク品の台湾集中のリスクの高まりにより、安全地域である日本へのシフトが強まるだろう。
③ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国、インドなど多くの新興国においては衣料品やローエンド機械などの製造の優位性は変わらない。ただ、労働力潤沢な新興国諸国の相互間の競争があるうえ、中国には潜在的に巨大な生産力の余剰がある。価格支配力の維持は困難で、交易条件は改善できない。また、いまは順調に見える中国からの資本の提供は、中国のバブル崩壊=資本の破壊により衰弱していくだろう。
④欧州は、高級消費財および高額サービスにおいては強い。ものをいうブランド力は先進国、特に欧州の独壇場である。しかし、グリーンエネルギー・EV(電気自動車)産業の挫折、対中・対ロ戦略の失敗などにより、競争力のある国際商品は乏しい。国際分業上の立場は低下気味だろう。
●AI革命が米国の産業構造をどう変えるか、製造業復活は限定的
それではAI技術は、米国の産業構造をどのように変容させるだろうか。トランプ政権下の米国では減税による景気刺激策の下で、旺盛な需要・雇用創造が展開されるとみられる。引き続き雇用拡大の中心はサービス産業となるだろう。米国のハイテク優位は一段と強まる。
また、米国の信認の強さ、デジタル分野(デジタルサービスとデジタル企業の海外利益)の大幅黒字、高金利と海外からの対米投資増加によりドル高基調が継続するだろう。そうした条件の下では、米国の貿易赤字は改善しない。米国の製造業復活は限られたハイエンド・軍事関連分野に限定されるだろう。
メキシコとカナダとの分業は調整されるが、大きくは変わらないだろう。NAFTA(北米自由貿易協定)からUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)へと衣替えしたが、米国の対メキシコ、対カナダ貿易赤字は全く減らなかった。米国の狙いは中国の迂回輸出を遮断すること、不法移民の取り締まりなどであり、それらの譲歩を得たうえで交渉は決着するのではないか。
●2025年米国が世界経済の牽引車
米国の内需好調、中国からの輸入減少、ドル高などにより、日本・韓国・台湾やASEAN、欧州からの対米輸出は増加、中国に代わり米国が牽引する世界経済回復の年となるかもしれない。
●戦略と立ち位置が定まっているのは米国、日本
国際政治を概観すると、日本の立ち位置は恵まれている。混迷を深める欧州・中国・韓国、ミスジャッジしかねないBRICS諸国・ラテンアメリカ・アフリカ諸国に対して、日本の立ち位置は明確かつ好ましいものである。
つまり、中国やロシア、北朝鮮、イランなど専制国家に対する厳しいスタンス、DEI(多様性、公平性、包括性)やPC(ポリティカル・コレクトネス)など、経済合理性を否定する心情の影響の小ささ、安倍・岸田政権から踏襲されている、より透明で自由な金融を推進する「新しい資本主義」路線など、日本の政策のフレームワークは、グローバル投資家にとって納得性のあるものである。
(2)トランプが米国資本主義を蘇生させる
●格差分断の下で資本主義強化を支持する米国世論
格差・分断という現実は、他の国では容易に反資本主義・反市場経済、社会主義礼賛につながるが、米国ではむしろ市場と資本主義を強化する路線に収斂したことは、注目に値する。AI革命は劇的な生産性の向上により企業部門(特にマグニフィセント・セブンなどの巨大ハイテク企業)に著しい超過利潤=過剰貯蓄を与える一方、労働者への分配が滞り、格差を拡大させるという問題を引き起こした。
この企業部門に蓄積されている超過利潤をいかに経済システムに還流させ、成長(=新規需要と雇用創造)につなげるかが、米国経済が直面する最重要の課題である。
企業の内部資金(純利益+減価償却費)は、1960年代から1990年代まで、GDP(国内総生産)の10~12%で推移していた。それが、最近では14~16%で推移するようになっている。他方、企業の設備投資は長期にわたってGDP比10%程度で推移しており、企業部門の資金余剰が顕著になっている。この企業余剰をどう再分配し、新規需要と雇用につなげるのか。
●潤沢な企業利益の還流、政府がやるか市場に任せるか
その経路としては、①政府による企業・富裕者増税と社会的弱者に対する財政支援、②株式・資本市場を通した企業の利益還元、③強制的賃金引き上げ、労働分配率引き上げ、の3つが考えられ、①、③は政府による介入、②は市場経済を通した再配分と整理できる。
先の米国大統領選挙での明確な論点は、ハリス・民主党の「大きな政府・弱者優遇論による増税路線」と、トランプ・共和党の「小さな政府・アントレプレーナー支援論に基づく減税路線」の対立であり、まさにこの核心を巡って国民選択を問うものであった。そして、トランプ・共和党の勝利により、米国の方向性は定まった。
●AI技術の実装に先行する
トランプ氏はイーロン・マスク氏を政府効率化省DOGE(Department of Government Efficiency)トップに指名した。DOGEは組織も建物もないが、マスク氏は既存の行政組織OMB(行政管理予算局)を采配することで、行政の効率化と予算削減を行う、と報道されている。
マスク氏は2022年にツイッター(現・X)を買収し、従業員を8割削減するという大ナタをふるった。また、マスク氏が率いるロケット打ち上げ企業スペースXは打ち上げコストを8割削減し、契約を勝ち取った。それらは労働強化ではなく、業務の効率化と新技術の活用によって実現した。マスク氏は同様のことは、行政機構においても可能である、と考えているのであろう。
AIの進歩は驚異的であり、我々が最新の技術を装備すれば、信じがたい効率化が可能になる。それを阻んでいるのは、旧来の既得権益と慣習である。既得権益には、人権、マイノリティ保護などリベラルの衣を着ている主体も含まれている。DEI(多様性・公平性・包摂性)という口実そのものも、経済発展の阻害要因になっているという認識である。
現状においてすら、規制が少なく、労働と資本が流動的で最もイノベティブな米国が、一段と効率化するなら、それは競争相手にとって恐るべきことである。トランプ氏とマスク氏がこれほどまでに規制緩和と既得権益の打破にこだわる背景には、十分な技術的・経済的正当性がある、と言ってよいであろう。
●既得権益排除、徹底した規制緩和、究極の自由主義
トランプ氏、マスク氏が共有する徹底した反権威主義、自立自尊の開拓者精神は米国の歴史上、度々登場し、経済社会の舵を切ってきた、と言われている。1820年代のA・ジャクソン大統領、1980年代のR・レーガン大統領などはその代表例であろう。彼らはリアリストであり、力の信奉者でもあった(森本あんり「反知性主義」2015新潮選書)。
このように整理すると、トランプ・マスク氏の経済革命は左右両極が非難する新自由主義どころか、もっと激しい究極の自由主義(=リバタリアニズム)であり、大きな思想革命を伴っていることに気づかされる。それは市場と資本主義に対する強い信頼に起因している。AI革命はコストの透明性を大きく高め、市場機能を効率化した。いわば「神の見えざる手」を著しく強化した。それがトランプ・マスク流の究極のリバタリアニズムを正当化している。
※<後編>へ続く
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