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【特集】「PBR1倍割れ是正」狙いが効くセクター、そうでもないセクター
大川智宏の「日本株・数字で徹底診断!」 第120回
前回記事「初めての配当そして復配、示された「業績への自信」の投資効果は」を読む
割安株が優位な相場が続いています。
8月末からの投資効果を見ると、低PER(株価収益率)や低PBR(株価純資産倍率)といった割安ファクターはプラス。これに対して、EPS(1株当たり当期純利益)やROE(自己資本利益率)のグロースやクオリティーのファクターではマイナスになっています。
その背景にあるのが、底堅い米国景気に伴う金利の高止まりや国内インフレの進行に伴う日銀の政策変更を巡る思惑。これが複雑に絡み合う状況から、割安株選好の動きはしばらく続く可能性がありそうです。
■日本株市場の8月末以降の主要ファクターの投資効果
出所:リフィニティブ・データストリーム
低PBR業種=魅力的、高PBR業種≠魅力的、なのか
昨今の情勢を踏まえると、PBRの低いセクターの銘柄は投資妙味があると考えがちです。はたして、それは正しいのでしょうか。
その解明の前に、まずPBRが高い上位10セクターと、低い下位10セクターを確認しましょう。以下がそのランキングです。
■PBRの上位10業種と下位10業種
出所:リフィニティブ・データストリーム
このランキングで重要なのは、水準そのものより、なぜそのセクターのPBRが高いのか、あるいは低いのかを見極めることです。そのセクターの持つ特性が、影響している可能性があるからです。
例えば、PBR上位ランキングで1位の「精密機器」や3位の「電気機器」は、昨今の生成AI(人工知能)ブームによって急速にバリュエーションを切り上げてきたセクターです。業績成長への期待や思惑が、PBRに反映されている可能性があります。
また、ランキング4位の「小売業」や6位の「サービス業」、7位の「情報・通信業」は、景気に左右されにくいビジネスモデルからバリュエーションが高くなりやすいセクターです。
例えば、「情報・通信業」の大手通信会社の場合、景気が悪くなったからといって、彼らの提供するインターネットやスマートフォンの回線を解約する動きが急増する可能性は低いでしょう。
またITサービス企業なども、景気悪化でシステムの新規開発が中止や延期になっても、構築したシステムの保守・運用(いわゆるストックビジネス)が業績の安定性を確保してくれます。こうした安定成長力が高いバリュエーションを付ける理由かもしれません。
一方で、下位ランキングの1位の「石油・石炭製品」や3位の「鉱業」、7位の「鉄鋼」などは、世界景気の変動に業績が振り回されやすく、数年先どころか半年後、いや1カ月後すら正確に予測することも困難です。
これらの業種の銘柄が割安なのは、業績の変動リスクが高く、将来業績を株価に織り込みにくい特性が影響しています。6位の「銀行」や5位の「証券」セクターも、金利の変動に業績が大きく左右される特性などから、割安評価されやすい面もあるでしょう。
業種ごとの特性以外にも留意点あり
足元でPBRに着目する戦略は、相場のトレンドに即している面もありますが、こうしたセクターごとの特性を無視して割安、割高を論じるのは疑問が生じます。この他に、どのような留意点があるでしょうか。
1つは、PBRに着目した投資が向くセクターと、そうでないセクターがあることです。効きにくいセクターでは、財務の質や成長性が重視される場合があります。
もう1つは、専門用語で「セクター中立」と呼ぶもので、PBRの高低は相対的な判断になるというものです。東証プライム市場のPBRの中央値が1倍強で、あるセクターの平均PBRが2倍を超えている場合に、そのセクターでPBR1.5倍の銘柄は、プライム銘柄の中では割高ですが、セクター内での比較では割高ではありません。
PBRの投資効果が期待できるセクターとそうでないセクターを探索
これらを踏まえて、PBRの投資効果を期待できるセクターとそうでないセクターを探っていきます。まず東証33業種ごとに、低PBR銘柄を買い、高PBR銘柄を売る投資効果を計測します。母集団は国内上場全銘柄になります。
インターバルは月次(月末リバランス)で、高低の判断は各業種内のPBRの上位と下位20%(5分位)の値を使用します。PBRは、銘柄数を確保する都合上、予想ではなく実績値を使用します。計測期間は過去10年間とします。
まずは、10年間の累積リターンの業種ランキング(上位、下位10業種)を見てみましょう。
■PBR投資の累積リターンが上位10業種と下位10業種
出所:リフィニティブ・データストリーム。注:▲はマイナス
上位ランキングの首位は「非鉄金属」、次いで「水産・農林業」、そして「証券・商品先物取引業」と続きます。資源系が上位の多くを占めますが、「空運」や「情報・通信業」などのディフェンシブ系も含まれており、あまり統一性はなさそうです。
一方、下位業種の「保険業」と「電気・ガス業」は、リターンがマイナスで、PBRの高低を基に投資を考えること自体が不向きな業種といえそうです。
ただし、この累積リターンの数字は、鵜呑みにすると思わぬ誤解を招くことがあります。例えば、上位に位置する「証券・商品先物取引業」です。
同業種の累積リターンのチャートを見ると、瞬間的に大きなリターンを生み出し、雑な階段のように積み上がっているだけで、一貫してPBRが投資効果を発揮しているとは言い難いのが実状です。PBRを軸に取引するのは向いていない業種といえるでしょう。
■「証券・商品先物取引業」のPBR投資効果
出所:リフィニティブ・データストリーム
これを踏まえて、累積リターンではなく、安定リターンの観点でPBRの投資効果を検証していきます。
計測方法は、月次リターンを基準とした「シャープレシオ」を用います。その計算式は、年率換算リターンを年率換算標準偏差で除したものになります。リターンの幅だけでなく、時系列上の「安定性」が高ければ、数値が高く評価される仕組みです。
次ページに33業種で計算したランキングを掲載しています。
※当該情報は、一般情報の提供を目的としたものであり、有価証券その他の金融商品に関する助言または推奨を行うものではありません。
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大川智宏(Tomohiro Okawa)
智剣・Oskarグループ CEO兼主席ストラテジスト
2005年に野村総合研究所へ入社後、JPモルガン・アセットマネジメントにてトレーダー、クレディ・スイス証券にてクオンツ・アナリスト、UBS証券にて日本株ストラテジストを経て、16年に独立系リサーチ会社の智剣・Oskarグループを設立し現在に至る。専門は計量分析に基づいた株式市場の予測、投資戦略の立案、ファンドの設計など。日経CNBCのコメンテーターなどを務めている。
智剣・Oskarグループ CEO兼主席ストラテジスト
2005年に野村総合研究所へ入社後、JPモルガン・アセットマネジメントにてトレーダー、クレディ・スイス証券にてクオンツ・アナリスト、UBS証券にて日本株ストラテジストを経て、16年に独立系リサーチ会社の智剣・Oskarグループを設立し現在に至る。専門は計量分析に基づいた株式市場の予測、投資戦略の立案、ファンドの設計など。日経CNBCのコメンテーターなどを務めている。
前回記事「初めての配当そして復配、示された「業績への自信」の投資効果は」を読む
割安株が優位な相場が続いています。
8月末からの投資効果を見ると、低PER(株価収益率)や低PBR(株価純資産倍率)といった割安ファクターはプラス。これに対して、EPS(1株当たり当期純利益)やROE(自己資本利益率)のグロースやクオリティーのファクターではマイナスになっています。
その背景にあるのが、底堅い米国景気に伴う金利の高止まりや国内インフレの進行に伴う日銀の政策変更を巡る思惑。これが複雑に絡み合う状況から、割安株選好の動きはしばらく続く可能性がありそうです。
■日本株市場の8月末以降の主要ファクターの投資効果
出所:リフィニティブ・データストリーム
低PBR業種=魅力的、高PBR業種≠魅力的、なのか
昨今の情勢を踏まえると、PBRの低いセクターの銘柄は投資妙味があると考えがちです。はたして、それは正しいのでしょうか。
その解明の前に、まずPBRが高い上位10セクターと、低い下位10セクターを確認しましょう。以下がそのランキングです。
■PBRの上位10業種と下位10業種
上位10業種 | 下位10業種 | ||||
順位 | 業種 | PBR | 順位 | 業種 | PBR |
1 | 精密機器 | 3.09倍 | 1 | 石油・石炭製品 | 0.56倍 |
2 | その他製品 | 2.09倍 | 2 | パルプ・紙 | 0.57倍 |
3 | 電気機器 | 1.89倍 | 3 | 鉱業 | 0.65倍 |
4 | 小売業 | 1.86倍 | 4 | 電気・ガス業 | 0.66倍 |
5 | 医薬品 | 1.83倍 | 5 | 証券・商品先物取引業 | 0.68倍 |
6 | サービス業 | 1.81倍 | 6 | 銀行業 | 0.69倍 |
7 | 情報・通信業 | 1.77倍 | 7 | 鉄鋼 | 0.72倍 |
8 | 機械 | 1.67倍 | 8 | 非鉄金属 | 0.75倍 |
9 | 食料品 | 1.66倍 | 9 | 海運業 | 0.78倍 |
10 | 空運業 | 1.53倍 | 10 | ガラス・土石製品 | 0.91倍 |
このランキングで重要なのは、水準そのものより、なぜそのセクターのPBRが高いのか、あるいは低いのかを見極めることです。そのセクターの持つ特性が、影響している可能性があるからです。
例えば、PBR上位ランキングで1位の「精密機器」や3位の「電気機器」は、昨今の生成AI(人工知能)ブームによって急速にバリュエーションを切り上げてきたセクターです。業績成長への期待や思惑が、PBRに反映されている可能性があります。
また、ランキング4位の「小売業」や6位の「サービス業」、7位の「情報・通信業」は、景気に左右されにくいビジネスモデルからバリュエーションが高くなりやすいセクターです。
例えば、「情報・通信業」の大手通信会社の場合、景気が悪くなったからといって、彼らの提供するインターネットやスマートフォンの回線を解約する動きが急増する可能性は低いでしょう。
またITサービス企業なども、景気悪化でシステムの新規開発が中止や延期になっても、構築したシステムの保守・運用(いわゆるストックビジネス)が業績の安定性を確保してくれます。こうした安定成長力が高いバリュエーションを付ける理由かもしれません。
一方で、下位ランキングの1位の「石油・石炭製品」や3位の「鉱業」、7位の「鉄鋼」などは、世界景気の変動に業績が振り回されやすく、数年先どころか半年後、いや1カ月後すら正確に予測することも困難です。
これらの業種の銘柄が割安なのは、業績の変動リスクが高く、将来業績を株価に織り込みにくい特性が影響しています。6位の「銀行」や5位の「証券」セクターも、金利の変動に業績が大きく左右される特性などから、割安評価されやすい面もあるでしょう。
業種ごとの特性以外にも留意点あり
足元でPBRに着目する戦略は、相場のトレンドに即している面もありますが、こうしたセクターごとの特性を無視して割安、割高を論じるのは疑問が生じます。この他に、どのような留意点があるでしょうか。
1つは、PBRに着目した投資が向くセクターと、そうでないセクターがあることです。効きにくいセクターでは、財務の質や成長性が重視される場合があります。
もう1つは、専門用語で「セクター中立」と呼ぶもので、PBRの高低は相対的な判断になるというものです。東証プライム市場のPBRの中央値が1倍強で、あるセクターの平均PBRが2倍を超えている場合に、そのセクターでPBR1.5倍の銘柄は、プライム銘柄の中では割高ですが、セクター内での比較では割高ではありません。
PBRの投資効果が期待できるセクターとそうでないセクターを探索
これらを踏まえて、PBRの投資効果を期待できるセクターとそうでないセクターを探っていきます。まず東証33業種ごとに、低PBR銘柄を買い、高PBR銘柄を売る投資効果を計測します。母集団は国内上場全銘柄になります。
インターバルは月次(月末リバランス)で、高低の判断は各業種内のPBRの上位と下位20%(5分位)の値を使用します。PBRは、銘柄数を確保する都合上、予想ではなく実績値を使用します。計測期間は過去10年間とします。
まずは、10年間の累積リターンの業種ランキング(上位、下位10業種)を見てみましょう。
■PBR投資の累積リターンが上位10業種と下位10業種
上位10業種 | 下位10業種 | ||||||
順位 | 業種 | 累積 リターン | PBR | 順位 | 業種 | 累積 リターン | PBR |
1 | 非鉄金属 | 317% | 0.75倍 | 1 | 保険業 | ▲26.1% | 1.07倍 |
2 | 水産・農林業 | 263% | 1.12倍 | 2 | 電気・ガス業 | ▲13.4% | 0.66倍 |
3 | 証券・商品先物取引業 | 242% | 0.68倍 | 3 | 陸運業 | 13.1% | 1.26倍 |
4 | 空運業 | 234% | 1.53倍 | 4 | 食料品 | 17.8% | 1.66倍 |
5 | ゴム製品 | 222% | 1.06倍 | 5 | その他金融業 | 28.0% | 1.03倍 |
6 | 海運業 | 210% | 0.78倍 | 6 | 倉庫・運輸関連業 | 39.5% | 0.94倍 |
7 | ガラス・土石製品 | 209% | 0.91倍 | 7 | 小売業 | 45.3% | 1.86倍 |
8 | 情報・通信業 | 193% | 1.77倍 | 8 | 石油・石炭製品 | 51.5% | 0.56倍 |
9 | 鉱業 | 191% | 0.65倍 | 9 | 不動産業 | 53.2% | 1.13倍 |
10 | 精密機器 | 186% | 3.09倍 | 10 | 繊維製品 | 69.3% | 0.93倍 |
上位ランキングの首位は「非鉄金属」、次いで「水産・農林業」、そして「証券・商品先物取引業」と続きます。資源系が上位の多くを占めますが、「空運」や「情報・通信業」などのディフェンシブ系も含まれており、あまり統一性はなさそうです。
一方、下位業種の「保険業」と「電気・ガス業」は、リターンがマイナスで、PBRの高低を基に投資を考えること自体が不向きな業種といえそうです。
ただし、この累積リターンの数字は、鵜呑みにすると思わぬ誤解を招くことがあります。例えば、上位に位置する「証券・商品先物取引業」です。
同業種の累積リターンのチャートを見ると、瞬間的に大きなリターンを生み出し、雑な階段のように積み上がっているだけで、一貫してPBRが投資効果を発揮しているとは言い難いのが実状です。PBRを軸に取引するのは向いていない業種といえるでしょう。
■「証券・商品先物取引業」のPBR投資効果
出所:リフィニティブ・データストリーム
これを踏まえて、累積リターンではなく、安定リターンの観点でPBRの投資効果を検証していきます。
計測方法は、月次リターンを基準とした「シャープレシオ」を用います。その計算式は、年率換算リターンを年率換算標準偏差で除したものになります。リターンの幅だけでなく、時系列上の「安定性」が高ければ、数値が高く評価される仕組みです。
次ページに33業種で計算したランキングを掲載しています。
※当該情報は、一般情報の提供を目的としたものであり、有価証券その他の金融商品に関する助言または推奨を行うものではありません。
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