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【市況】武者陵司 「コロナパンデミックの経済史的考察」<後編>

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

※武者陵司 「コロナパンデミックの経済史的考察」<前編>から続く

(4) 財政・金融節度という呪文からの解放

●財政・金融健全性神話の誤り露呈

 従来、各国政府は財政の健全化を「錦の御旗」とし、財政赤字の抑制を最重点政策課題としてきた。例えば、ユーロ圏参加国は財政赤字対GDP比3%以下、政府債務対GDP比60%以下という厳しい財政規律が求められてきた。しかし、今回のショックで経済活動そのものが止まってしまった。コロナショックは天災であり、放置されれば大恐慌は必至である。できることは何でもすべきとの緊急性の認識が共有され、各国の政策当局が足並みを揃えて財政政策の禁じ手が解禁されたのである。

 米国の2020会計年度(19年10月~20年9月)の財政赤字が前年度比3倍の3.1兆ドル、対GDP比では戦後最大の16%に膨らんだ。連邦政府債務も27兆ドル弱と国内総生産(GDP)比で126%まで膨張し、第2次世界大戦直後を超えて過去最大になった模様である。

 国際通貨基金(IMF)は先進国の政府債務対GDP比は126%と第二次大戦時の120%に匹敵すると予想している。またEUは初めて、7500億ユーロの財政資金を復興支援に投入することを決定した。

●総需要抑制を引き起こした、アカデミズムとメディアの180度誤ったアドバイス

 MMT(現代貨幣理論)、シムズ理論(FTPL)など、財政を有効活用する経済理論と政策は、大多数のエコノミストの反対に合い、実現は困難であった。しかし、奇しくもコロナパンデミックにより財政のケタ外れの拡大は不可避となった。

 これまでこの超積極的・拡張的財政は禁じ手であるというものが、学者エコノミスト、メディアを支配してきたが、その根拠は乏しい。(a)政府を破産させる、(b)ハイパーインフレを引き起こす、(c)金利が急上昇する、(d)通貨が暴落する、などが問題点として指摘されてきたが、日本が世界最悪の財政赤字国と批判されてきた過去10数年間、そうした問題は何一つ起きていない。日銀による2%の物価目標の達成は絶望的である。また、長期金利は上昇するどころか相変わらずゼロ近辺の低水準で推移している。さらに財政赤字が通貨の信認低下につながり、凄まじい円安になるという意見に反し、円高傾向が続いている。つまり、拡張的財政金融政策に対する批判は根拠が乏しいどころか、大謬論だったといえる。

●ケインズ以来の有効需要理論が一段と求められる時代である

 そもそもコロナ感染が発生する前の世界経済は、「物価低下圧力=需要不足」と「金利低下圧力=金余り」という二つの根本的困難を抱えていた。需要不足はインターネットAIロボットによる技術革命が生産性を押し上げ、供給力が高まっていたために引き起こされた。金利低下は企業の高利潤(生産性上昇によって企業が獲得した付加価値)と家計の過剰貯蓄が購買力を先送りしているために引き起こされた。よって、財政と金融双方の拡張政策で余っている資金を活用し、需要を喚起することが必要であった。コロナパンデミックを契機に、遊んでいた資本と供給力が活用されれば、景気はコロナ感染前より良くなるはずである。

●痛恨極まる東日本大震災時の日本のデフレ促進政策

 ただし、コロナという未曽有の天災に対して渋ちんの対応を行い、兵力の逐次投入という弥縫策が続けられれば、景況が大不況に急転する可能性もある。この政策の逆行のリスクは注意深くモニターされるべきである。

 その悪しき前例は、東日本大震災後の日本の民主党政権と白川総裁率いる日銀である。2011年4月に日本学術会議は「東日本大震災への緊急提言」を発表し、復興財源として日銀引受を否定し、復興増税を勧めた。実際に、この提言は民主党政権により実行に移され、災害時に増税という倒錯した政策が打ち出された。また、震災手形の再発を懸念した日銀の消極的金融政策は日本の実質金利を大きく引き上げ、2011~2012年の70~80円台という著しい円高の定着をもたらし、震災の打撃に加えて円高による競争力低下が、日本企業と経済を痛打した。半導体、液晶、スマートフォンなどのハイテク産業集積に致命的影響を与えた。

 ドル円レートとG7の為替協調介入の推移をみると、過去5回の協調介入のうち4回は全て為替トレンドの大転換点となってきた。しかし、2011年3月18日の東日本大震災支援のためのG7協調介入だけは、円高トレンドの転換に失敗した。痛恨極まる日銀の失策といえよう。反経済主義に支配されていた非自民政権の下でのみ、100円以上の円高になってきたことも、重く留意されるべきであろう。

 アカデミズム、メディア一体となったこの誤った思想の蔓延の弊害は、深く反省されるべきである。財政節度、金融節度という今の時代に全く適合していない呪文から解き放たれることは、本来最も必要なことであった。

●コロナで格差拡大、所得再分配、経済弱者の救済が必至に

 コロナパンデミックにより、デジタル社会での格差拡大が顕在化した。今回の米国大統領選挙で露呈した両極の対立、トランプ支持に結集した右のpoor white (白人貧困層)と左の“Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)”下に結集する黒人・有色人など人種的被差別者はともに米国民主主義の担い手であった中間層の没落を遠景としている。

 選挙後の国内統合のためには、今明らかになった低金利・過剰貯蓄という経済情勢を利用し、財政を活用した社会的セーフティネットの構築が緊要となっていくだろう。MMTの主唱者であるステファニー・ケルトン教授はバイデン候補側の経済アドバイザーである。

 大恐慌が「ゆりかごから墓場まで」の近代的社会保障制度の起点になったように、コロナパンデミックが社会的セーフティネットの飛躍的拡充、ユニバーサル・ヘルスシステムの登場、ユニバーサル・ベーシックインカムの時代を開くかもしれない。

(5) 株式資本主義の本格化

●金融の中枢に座った株式市場

 コロナパンデミックは、株式資本主義の新時代を開くかもしれない。米国においては今や金融政策も株価本位といえる。QEが株価など資産価格引き上げに決定的に寄与したが、この傾向はコロナパンデミックで一段と顕著になった。FRB(連邦準備制度理事会)は3月にゼロ金利をはじめとする大規模金融緩和を打ち出したが、パウエル議長は2023年まで超金融緩和政策を続けると緩和姿勢を強めている。9月のFOMC(連邦公開市場委員会)声明では「当面は2%をいくぶん上回る物価上昇率を目指し、物価目標や雇用の改善が達成されるまで緩和的な金融政策を続けることを見込んでいる」として、粘り強く低金利を続ける姿勢を明確にした。

 多くの学者、エコノミストやBISなどは、かつて経験のない金融緩和がもたらす副作用や弊害に批判的である。しかし、結果責任を問われる中央銀行は、古い経済思想にとらわれて大不況を招来するわけにはいかず、プラグマティズムに徹している。

 最も有力な超金融緩和に対する批判は、市場に過度の安心感を与えて株式バブルを引き起こしている、というものであろう。確かにFRBは(決して公式には認めないが)、むしろ株高を誘導していると考えられるが、それには理由がある。かつては金融緩和が銀行融資を促進し、総需要を増加させてきた。しかし、今や銀行に借り手はおらず、銀行融資を鼓舞することで需要を刺激できなくなっている。したがって、中央銀行が総需要に働きかけるには、株式などの資産価格を采配するしか手段がなくなっているのである。まさに株高をターゲットとした金融政策が展開されているのである。

●株価をターゲットとする金融政策の正当性

 実際、米国では株高が経済の好循環の起点になってきた。株高をけん引役とする資産価格上昇が家計の純資産を著しく増加させた。2009年4Qリーマンショック後のボトムでは59兆ドルに落ち込んでいた米国家計純資産は、2020年2Qには119兆ドルへと10年間で60兆ドル(米国GDPの3倍)も増加したが、そのうち年金資産は10兆ドルから27兆ドルへと著増し、年金財政を大きく支えているのである。株価上昇や配当は富裕層のみを利しているという主張がある。しかし、米国の家計貯蓄の7割は株・投信であり(日本の場合7割が現預金)、株主還元は大半の貯蓄者を利しているといえる。米国家計の現金収入は賃金7割、資産所得3割となっており、米国家計の旺盛な消費は株高を軸とした資産価格上昇によって支えられていると言って過言ではない。株式がバブルだとする批判もあるが、それは単純に間違いである。株式配当利回りは2%、自社株買いを加味した株主総還元率は5%と高く、利率1%以下の債券や預金の比ではない。

 繰り返しになるが、なぜ錬金術としての信用創造が必要なのか、それは技術と社会的分業の発展の歴史を見なければならない。技術が発展し、生産性が高まれば、人と生産物、つまり労働と資本の余剰感が強まる。それは供給力が高まるとも言い換えることができる。であれば、相対的に需要が足りなくなる、よって需要を増加させる政策、つまり信用創造政策が不可欠だということになる。今インフレが起きず、デフレのリスクが世界的に優勢なのは、技術革新による供給力の増大が、需要を上回っている(=相対的需要不足)ため、と考えるほかはないのである。今こそケインズの有効需要理論の再登場が求められている。

●将来の設計者、銀行の融資ポートフォリオから株式市場の時価総額へ

 シュンペーターは銀行家の目利きある融資がイノベーションを促進し将来社会の土台を作るというようなことを述べているが、銀行融資の役割が大きく減衰した今、株式市場が時価総額の変化を通して将来の青写真を描いていることを知るべきである。新興企業でも夢のある企業に株高を通して資本力を与え、創造的破壊とイノベーションを促進する。GAFAM(グーグル=アルファベット、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフト)リードの株高、世界の自動車会社の中でテスラの時価総額が最大になったことなどは、産業における新陳代謝と下克上を促進するものになるだろう。ポストコロナは楽観論に依拠するべきである。

(2020年10月22日記  武者リサーチ「ストラテジーブレティン263号」を転載)

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