【市況】植草一秀の「金融変動水先案内」 ―米国を支配しているのは誰か
植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)
第23回 米国を支配しているのは誰か
植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)
●トランプが振り回す金融市場
日経平均株価は昨年10月2日にバブル崩壊後の最高値2万4448円(ザラ場)を記録しました。1991年11月以来、27年ぶりの高値でした。ところが、その後の3ヵ月間で5500円、22.4%の急落を演じました。米中貿易戦争の本格化、FRB利上げ政策強化、日本の消費税増税具体指示の三つが重なったためでした。
新たな金融危機発生も警戒されたこの局面で、潮流を転換させたのはパウエルFRB議長でした。1月4日のアトランタでの会合で「金融政策はリスク管理だ。迅速かつ柔軟に政策を見直す用意がある」と述べて金融政策の路線転換を示唆したのです。パウエル発言を契機に内外株式市場で急激な株価反発が観察されました。
これ以降の株価変動の主役に位置し続けているのが米中貿易戦争の変化です。この戦争を一方的に遂行しているのは米国のトランプ大統領で、次から次へと過激な施策を提示し続けてきました。5月の米中交渉直前には、中国の対米輸出2000億ドルに対する制裁関税率を10%から25%に引き上げる方針を示しました。さらに、8月1日には中国の対米輸出残余の3000億ドルに対しても10%の制裁関税を課す方針を示し、その後に全体の制裁関税率をさらに5%上乗せする方針を示しました。
これらの対中国強硬策が示されるたびにグローバルな株価急落が生じてきました。しかしながら、株価は下落一辺倒の推移を辿ってきたわけではありません。
●米中交渉進展期待の拡大
5月のトランプショック後の株価下落に歯止めをかけたのは、またしてもパウエルFRB議長でした。シカゴ連銀主催会合で「適切な行動を取る」と発言して、利下げ実施を示唆し、その後に実際に3度の利下げを敢行しました。トランプ大統領が対中国強硬策で株価を下落させると、パウエルFRB議長が金融政策でカバーに入るという二人三脚ぶりが示されてきました。
日経平均株価もこれに連動して変動してきましたが、こちらは上値が切り下がる推移を示しました。安倍内閣は本年10月に消費税率を10%に引き上げましたが、これに伴う日本経済への下方圧力が警戒されてきたと言えるでしょう。
ところが、その日本株価も9月5日以降は、上値抵抗線を上に抜ける強い推移を示しました。米中交渉が悪化するとの懸念が強まるなかで、米中交渉再開の具体的日程が明らかにされたのが9月5日でした。その後、10月10-11日の米中交渉で10月実施予定の関税率引き上げが先送りされるとともに、中国が米国から農産品輸入を拡大することで部分合意が成立したと伝えられました。
そして、11月7日、中国商務省が発動済み追加関税を段階的に撤廃する方針で米中両国が合意したと発表するに至りました。NYダウは史上最高値を更新。日経平均株価も2万3591円の戻り高値を記録しました。
●大きな揺り戻し
ところが、同じ11月7日に、米国のピーター・ナバロ通商担当大統領補佐官が、「現時点で既発動の追加関税撤廃合意はない」と中国政府発表を否定しました。トランプ大統領も翌8日に段階的関税撤廃に米国は同意していないことを明らかにしました。これを契機に、大きく膨らんだ米中交渉決着への期待が後退して現在に至っています。
2020年11月の大統領選での再選を狙うトランプ大統領としては、米中交渉、米朝交渉を妥結させたいとの意向を有していると思われます。しかし、この二つの課題を着地させることを阻む大きな力が働いていることが推察されます。
トランプ大統領はいま、議会民主党によって大統領弾劾の危機に直面しています。弾劾を決定するのは議会上院で、上院過半数を共和党が握っていることから弾劾の実現可能性は低いのですが、民主党が多数の下院は弾劾に向けての調査を始動させています。トランプ弾劾の原因になっているのがウクライナに対するトランプ大統領の対応ですが、これにトランプ大統領によって更迭されたボルトン元大統領補佐官が深く関わっていると見られます。
ボルトンこそ、対北朝鮮、対中国政策でもっとも強硬な主張を展開してきた、米国「奥の院」の代弁者であると見られています。北朝鮮との合意進展、中国との合意進展にブレーキをかけてきた勢力の意向を代弁する存在がボルトン氏なのです。下院でボルトン氏が証言するかどうかが、当面の弾劾調査の鍵のひとつになっています。
●日経平均株価のリスク
こうした事情があるために、トランプ大統領による対中国交渉、対北朝鮮交渉が暗礁に乗り上げていると考えられます。中国の劉鶴副首相は11月20日に北京で開かれた会合で「慎重ながらも楽観している」と述べており、米中両国が第一段階の合意成立に向けて動いていることはたしかですが、まだ着地の時期と内容が明確になっていないのです。
中国の劉鶴副首相が米国のライトハイザ-USTR代表とムニューシン財務長官を月内に北京に招請する意向を米国に伝えたと報じられていますが、米国側は日程を確約していないとしています。米中交渉は胸突き八丁に差しかかっており、この交渉が順調に進展するのか、それとも長期の膠着状態に移行するのかが注目されます。
株価、金利、為替のすべてが、米中交渉の行方から強く影響されています。9月5日から11月7日にかけて、米中交渉進展の期待が高まり、株価上昇、金利上昇、 米ドル上昇が観察されましたが、期待が後退した11月7日以降は、株価反落、金利反落、米ドル反落の市場変動が観察されています。
日本株価は11月7日までは堅調推移を示しましたが、米中交渉難航に移行すれば、消費税増税のマイナス影響に敏感な推移に基調が転換する恐れがあります。引き続き、米中交渉の変化を注意深く見定める必要がありそうです。
(2019年11月22日 記/次回は12月14日配信予定)
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