【市況】植草一秀の「金融変動水先案内」 ―適正な経済政策運営が平和と繁栄をもたらす
植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)
第17回 適正な経済政策運営が平和と繁栄をもたらす
植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)
●パウエルリスクとトランプリスク
NYダウは昨年1月中旬から本年7月中旬までに三度のピークを記録しています。2018年1月26日の2万6616ドル、2018年10月3日の2万6951ドル、2019年7月16日の2万7398ドルです。この三つの高値をつなぐと右上がりの直線になります。NYダウに強い上値抵抗線が発生していると言えます。トランプ大統領は株価の際限のない上昇を希望しているように見えますが、その実現は容易でないと思われます。
昨年1月下旬以降の株価下落は株価急上昇の反動が第一の側面でしたが、FRB議長交代に伴う不安心理の台頭も強く影響しました。パウエル議長はこの不安心理との戦いに神経をすり減らしたと思われますが、見事に難局を切り抜けました。
トランプ大統領の影響で金融引き締めがおろそかにされる懸念が生じたのですが、パウエル議長は疑念を払拭することに成功しました。この流れに沿ってFRBは2018年に4度の利上げを断行しましたが、4度目の利上げを決めた12月FOMCでは2019年にさらに2度利上げを実施する方針を示しました。その結果、「引き締めすぎ」リスクが台頭しました。
同時並行して、昨年3月から表面化したのが米中貿易戦争の激化です。中国の対米輸出が年間5500億ドルであるのに対して米国の対中輸出が1500億ドルなので、輸入に高率関税を掛け合う貿易戦争を実行すると中国が受ける直接的なダメージが大きくなります。トランプ大統領は、この単純な算数に基づいて中国に対する常軌を逸した強硬姿勢を示してきました。
●トランプ大統領の揺らぎ
日米株価は昨年1月以降の急落局面を経過した後、10月には高値を回復しました。NYダウは史上最高値、日経平均株価は27年ぶりの高値を記録しました。ところが、10月初旬以降、二度目の株価急落が発生しました。株価下落の要因は、FRBの金融引き締め加速、米中貿易戦争の激化、そして日本の消費税増税方針の提示でした。
株価下落はグローバルに伝播して下落率は2割を突破し、中規模調整の発生となりました。このような株価急落が発生するとトランプ大統領は行動を豹変させます。アルゼンチン・ブエノスアイレスでのG20サミットの際、12月1日に開かれた米中首脳会談で、トランプ大統領は2000億ドルの中国対米輸出を対象とする25%制裁関税発動期限を先送りしました。米中貿易戦争が収束に向かう気配が広がることになりました。
市場の潮流を転換させる決定打になったのは本年1月4日のパウエルFRB議長発言でした。金融政策運営について「迅速かつ柔軟に対応する」と述べたのです。パウエル発言を受けて、グローバルに株価は4月下旬まで急反発を遂げました。NYダウは史上最高値に接近しましたが、こうなるとトランプ大統領は再び強硬姿勢に転じます。
米中の閣僚級会合を目前にした5月5日、トランプ大統領は2000億ドル対象の25%関税を直ちに発動する方針を示しました。米中交渉での中国の譲歩を引き出すための脅し=ブラフだったと考えられます。この路線転換を受けてグローバルな株価急落が再発しました。
●大統領再選が最大の目標
グローバルな株価急落の連鎖を断ち切ったのは、またしてもパウエルFRB議長でした。6月4日に「適切な行動を取る」と述べて、早期利下げ実施を示唆しました。6月FOMCでもこの路線が踏襲されて年内利下げ2回の見通しが示されました。この変化を受けてNYダウは7月にかけて史上最高値を更新。初めて2万7000ドルの大台に乗せました。これが昨年1月以来のNYダウ三番目のピークになりました。
こうなると強硬姿勢を強めるのがトランプ大統領です。FRBが利下げを決定した直後の8月1日、中国の対米輸出の残余3000億ドルに対して10%税率での制裁関税を適用する方針を発表したのです。筆者は7月末から8月初にかけての重要イベント後に好材料出尽くしで内外株価が急落するとの予測を示しましたが、この予測がそのまま現実化しました。
ところが、株価が急落するとトランプ大統領は姿勢を豹変させます。8月13日、トランプ大統領は9月から発動するとした3000億ドル対象の10%制裁関税について、当面、一部品目を対象から外す方針を示しました。トランプ大統領が最重視しているのは2020年大統領選での再選です。すべての施策はこのために執行されていると言って過言ではありません。
したがって、トランプ大統領が株価暴落に目もくれずに米中貿易戦争に突き進むことは考えられません。しかし一方でトランプ大統領は、米国有権者の支持を獲得するには中国に対して強硬な姿勢をアピールすることも重要だと判断しているのでしょう。このために、トランプ政策を読み抜くことが極めて難しくなっています。
●金融危機再発のリスク
もう一つの厄介な問題がトランプ大統領の金融政策への過剰介入です。パウエル議長が極めて高い政策運営能力を有していることが徐々に明らかになっています。その才能を最大に活かすには、金融政策運営をパウエルFRBに委ねるのが最良です。
ところが、トランプ大統領は思うままに金融政策への過激な発言を示し、FRB人事にも積極介入しています。このために、パウエル議長はトランプ対策に大きな労力を割くことを迫られています。トランプ大統領のFRBへの介入は百害あって一利なしですが、トランプ大統領を説得できる人物が存在しないのです。
8月23日にパウエル議長はジャクソンホールで講演を行います。この発言に市場が注目しています。金融市場はFRBの追加緩和を求めており、パウエル議長は追加緩和の方向性を示すことになると思いますが、同時に市場心理の行き過ぎに釘を刺すことも忘れないのではないかと思います。ただし、発言方法を工夫しないと大統領から弾が飛んでくることにもなりかねません。市場はパウエル発言の一字一句を精査することになるでしょう。
他方、日本の安倍内閣は消費税増税強行の路線を維持するなかで対韓国敵視政策を推進しています。この政策が日本経済に無視できない下方圧力を与え始めています。米国が中国との貿易戦争を全面展開し、日本が消費税増税を強行すると、リーマンショックのような金融危機が再発する恐れは存在します。
トランプ大統領が金融危機発生を望んでいないことが安全弁として機能することが期待されますが、現実は思わぬ展開を示すことがあります。米中、FRB、消費税、日韓の問題を注視することが求められています。
(2019年8月23日 記/次回は9月14日配信予定)
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