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【市況】武者陵司 「円高論に対する懐疑」

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

―米財務長官のドル安歓迎発言の真意―

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

●円高はトレンドか、一過性か

 急激な 円高が進行している。昨年は108円から114円台のレンジで推移していたドル円レートが、2月はじめの米国株式の突然のクラッシュにより、世界的リスクオフムードが高まり、110円台から105円へと一気に5%の急騰となった。この円高が長期トレンドを示すものなのか、それとも一過性のものなのかが関心事となっている。

●長期ドル循環は円高場面に入ったのか

 円高論の最大の根拠は長期ドル循環の波動がすでにドル安局面に入っている、というものである。40年余りのドル循環を振り返ると、ドル高7年、ドル安10年がサイクルであり、それを当てはめれば、2011年から始まったドル高は2017年にドル安に転換したというわけであるである。

 しかし、ドルの長期循環を支配してきた主要因は米国経済事情と政策の優先順位であった。米国の国内経済の充実期は、インフレ抑制、バブル警戒、対外投資促進に優先順位が置かれ、金融引き締め、ドル高が対応した(1978~1985年、1995~2001年、2011年以降)。逆に国内経済不振時には、景気てこ入れ、デフレ回避、輸出競争力強化に優先順位が置かれ、金融緩和とドル安が対置された(1973~1978年、1985~1995年、2001~2011年)。

 では、現在の米国経済情勢と政策の優先順位はどうだろうか。米国経済が充実期であり、デフレよりはインフレのリスクが高く、資産バブル警戒にますます重点が置かれていることは明らかである。とすれば、ドル高に筋があるということになる。

 今回のドル高の起点がいつかも重要である。2011年から2014年まではドル高といっても底這いに等しく、米国の超金融緩和(QE)の下でドルは歴史的安値水準で低迷していた。本格的にドル上昇が始まったのは、QE3が終わりFRBのバランスシート拡大が止まった2014年後半からである。事実上のドル高は始まってからまだ3年余りともいえるわけで、長期ドル安局面に入ったとする議論は説得力があるとは言えない。

●なぜムニューシン米国財務長官はドル安歓迎発言をしたのか

 むしろ市場参加者が注目しているのは、米国政府が貿易摩擦を強めドル安を志向しているのではないか、ということだろう。ムニューシン財務長官がダボス会議で突然ドル安が望ましいと発言し、市場を驚かせた。これをもって米国が保護主義に走り、通貨切り下げ競争の先陣を切るかのように受け止められたのである。

 しかし、そうだろうか。米国は、今や必要物資の8~9割を輸入している。その大半は米国国内に全く供給力がない。つまり、米国は他国と価格競争をほとんどしていないのである。ゆえに通貨切り下げが貿易収支を改善させるなどということは起きようもない。むしろドル安は米国の輸入単価を引き上げ、米国輸入額を増価させる。1980年代のレーガン時代には米国は必要物資の6割程度を国内生産しており、国内生産業者を支援するためのドル安政策は意味があったが、今は全く事情が違うのである(ただ、対中だけは通貨安〔=人民元切り下げ阻止〕を仕掛けているが、それは米中貿易摩擦において強い人民元維持がカギになるからである)。

●リパトリ減税で起きるドル高は米国国益に反する

 では、なぜムニューシン長官は、ドル安歓迎発言をしたのかだが、その理由は、リパトリ減税にあるのではないか。

 今回の税制改革によって、既に蓄積されている米国企業海外留保利益(約300兆円と推定)の国内送金時の税率が35%から15.5%に引き下げられた。それにより巨額の米国への送金需要、ドル需要の発生が予想されるが、その際に過度のドル高にならないように牽制をした、と考えられるのである。海外留保利益を米国送金する際にドル高になれば、米国親会社のドル手取りは減価する、また米国税収も目減りする。それを避けたいための方便であったと考えられる。

●トランプ大統領「ドル高は米国の利益」発言は正しい

 この点を除けばあらゆる点で米国にとってはドル高が望ましい。ムニューシン氏のドル安発言の翌日にトランプ大統領が、「米国経済は強くドル高がふさわしい、強いドルが米国の国益である」という見解を披歴した(一年間でトランプ氏の為替観は大きく進化した!!)。こちらが米国政府の本心であると考えられる。

●ファンダメンタルズはドル高が整合的

 経済のファンダメンタルズを分析すれば、ほとんど全てがドル高要因である。(1)金融引き締め、財政拡大のポリシーミックスは典型的通貨高要因、(2)金利、景況感は先進国で米国が最も強くそれはドル高と整合、(3)米国企業の世界的収益力の強化により経常収支改善傾向、(4)先進国で最も金融引き締め的なのは米国、などである。

 2月の株式クラッシュは経済的ファンダメンタルズではなく、需給・テクニカルといった市場内部要因によってもたらされた一過性のものと思われるが(2月7日のストラテジーブレティン194号参照)、突然のドル安円高も世界的株売りと同時に起きた、一過性のものと言えるのではないか。

(2018年3月5日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン195号」を転載)

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