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【特集】安田秀樹【九州から復活する日の丸半導体とインバウンド需要が拡大する鉄道各社への期待】

安田秀樹(東洋証券アナリスト)

●地震の影響を受けながらもお盆輸送が好調だったJR各社

 お盆休みに入る直前の8月11日、日向灘を震源とする地震が発生した。被害に遭われた方にはお見舞いを申し上げる。この際に南海トラフ地震の臨時情報(巨大地震注意報)が発表されたことで鉄道には大きな影響が出た。特に東海地域は過去、南海トラフ地震と東海地震が同時に発生したことがある。大きな被害が出ると予測されているため、鉄道の運行に一部中止や運転速度を落とす措置が取られた。筆者はこの影響を注視していた。

 ただこうした天災の影響があったにも関わらず、お盆期間(8月9日~18日)の利用者はJR東日本 <9020> は前年同期比5%増、JR東海 <9022> は同7%増、JR西日本 <9021> は同8%増となった。まだコロナ禍前ほどの回復とはいかないものの、インバウンド需要で外国人旅行者が増えていることが背景にある。

 前回も指摘したのだが、マクドナルドのビッグマックは米国で5.69ドル、1ドル150円で853円、1ドル120円でも682円で、日本の480円と比較すると150円で1.77倍、120円でも1.42倍である。1ドルが150円の水準だとドル価格の6割ぐらいに感じていてもおかしくなく、120円でも30%ぐらい安い感覚に感じると思われるので、この需要はそう簡単には減らないだろう。

 2025年3月期第1四半期のJR西日本の決算説明会でもインバウンド需要について質問したが、140円程度の円高水準では需要に大きな変動はないだろうと会社側は答えていた。そうでなくても日本は安心・安全で旅行がしやすい国なのである。しかも新幹線を筆頭に、ダイヤの定時制をはじめ世界でも類を見ない輸送システム体制を構築している。

 それでいて外国人向けの割安な運賃制度もある。今年度の訪日旅行者は上期だけで2000万人に達しそうな勢いで推移しており、年間では過去最高を更新して4000万人を超えそうな勢いである。この調子で増加すると、来年以降には6000万人が見えてくるのではないかと考えている。

●インバウンドが押し寄せる富士山観光事業には対応が急務

 今や富士急ハイランドを中心としたレジャー会社という感がある富士急行 <9010> も、インバウンドの恩恵は大きい。筆者は20年以上前から、富士山はコンテンツであり存在するだけで多くの人を引き付けるので、将来の輸送力不足に備えるべきであると富士急にアドバイスしてきた。

 今、JR東日本から同社子会社、富士山麓鉄道の富士急行線に直通し、JRの特急「あずさ」号と併結している「富士回遊」号は乗車率が140%を大きく上回っている。この数字は平日も含んだものなので、土休日はもはや立錐の余地もないほどの混雑になっている。「富士回遊」号は臨時列車も含め、日に5本も運転されている(10年以上前は通勤車のみの乗り入れだった)が、この状況はもはや1~2本の増発ではどうにもならない状況である。

 しかも並行している中央道は凄まじいと言っていいほど渋滞が悪化している。筆者も個人的に8月初旬に中央道の上りを夕刻に走ったが、甲府から初台までの通過に通常2時間程度のところ、5時間半もかかってしまった。現状でもこの状況で、中期的には富士山観光はさらに増えるだろう。小仏トンネルの増設による混雑緩和が期待されているが、押し寄せるインバウンドには対応しきれない。富士急行のインフラ強化が望まれるところである。

●業績好調なのになぜ、鉄道会社の株価はさえないのか

 このような社会的とも言えるインバウンドの流動が鉄道会社の業績を押し上げているのだが、株価は今一つさえない。背景には東証が要請した「資本コストを意識した経営」がある。

 資本コストの話は詳しく説明すると長くなるので省くが、鉄道各社には少なくとも株主資本コストと負債コストを加重平均したレートを超える利益率を達成して欲しいと思う。しかし本来、鉄道は長期的にステークホルダーにサービスを提供するビジネスなので、単年度の効率向上を求める資本コストとは相性が悪いとは思う。ただこの要請は一律に行われたので、影響が大きくなったようだ。

 前回、8月初旬の株価の乱高下についてコメントしたように、個人投資家の投資の本質というのは長期の保有にあると考えている。であるならば機関投資家が「短期的な資本効率が悪い」として手放した鉄道会社は、むしろ有望な投資先なのではないかとも思うが、いかがだろうか。

●TSMC進出で開発計画が進むJR九州

 資本効率の問題はさておき、上場しているJRの残りの1社、JR九州 <9142> について話を進めたい。2024年現在、九州地域は半導体投資が増えたことで活況である。特に台湾積体電路製造(TSMC)<TSM>(正確には子会社、JASM)が進出した熊本は、ある調査によると熊本駅周辺のマンション価格がこの10年間で50%程度の上昇となるなど、すでに人気化している。

 熊本駅は歴史的な経緯から中心部から離れた場所にあり、いま一つ開発が進んでいなかったが、JR九州の投資で車両基地の跡地にタワーマンションが建設されるなど再開発が進んでいる。台湾との交流増加を念頭に、熊本県は熊本空港まで豊肥本線の肥後大津駅から分岐する新線を計画している。肥後大津まではすでに電化されていて本数もそれなりにあり、これをそのまま延伸することで熊本まで直通できるようにする構想である。

 現在、熊本空港は市街地から遠く、バスでも1時間もかかってしまう。熊本県知事が福岡空港経由のほうが早いとXに投稿していた(筆者も何度か利用したが、この意見には賛同できる)ほどだが、航空便の本数が少なく鉄道を延伸しても、公共交通機関が重視する費用便益比が1を超えることが難しい状況で実現できなかった。

 しかしTSMC(JASM)周辺にはソニーグループ <6758> や東京エレクトロン <8035> など、半導体関連の工場が集積していて、豊肥本線及び周辺道路の混雑が激しく、再度延伸に動き出している。実際、最寄り駅とTSMC(JASM)の工場を結ぶバスは朝の通勤ピーク時間(7時30頃から1時間)は時間15本(約4分間隔)も運行されている。豊肥本線の新駅の設置も進められているが、早急に増大する輸送量に対応する必要があると感じる。先ほどの富士急行同様に、JR九州は博多・福岡圏と熊本の成長を織り込む形で期待が高まっているのである。

●熊本に半導体工場が集積する背景とは?

 熊本の活況の背景をもう少し説明したい。TSMC(JASM)がワーカーを高い初任給で採用し始めた結果、熊本では他の職種の賃金も上昇し好景気が出現している。では何故、熊本に半導体工場が多数進出しているのだろうか。それは水資源の問題が大きい。半導体製造工程では、半導体の洗浄などに大量の水が必要で、安定的な水資源が必須だ。熊本は阿蘇山の伏流水が豊富で半導体製造の適地となっているのである。

 半導体製造には信越化学工業 <4063> 、SUMCO <3436> などが生産するシリコンウエハーや、化学品、運搬装置なども必要で付加価値も高い。さらに日本は半導体製造装置で一定の世界シェアがあり、代表銘柄だけ挙げても、東京エレクトロン、東京精密 <7729> 、SCREENホールディングス <7735> 、アルバック <6728> 、フェローテックホールディングス <6890> などがあり、こうした企業のクラスタ―(集積)効果が見込まれる。

 熊本のTSMC(JASM)は今後、工場を拡張すると発表しており、半導体工場は一度稼働すると30年程度は稼働が続くことになるので、幅広い業種で安定的かつ長期的な雇用の創造が期待できる。いずれは7nm(ナノメートル)以降の先端プロセスラインも構築されると言われているので、熊本への注目はさらに高まるだろう。

●日の丸半導体復活のカギを握るソニーグループのCMOSセンサー

 TSMC(JASM)の近くにはもうひとつ、ソニーグループの子会社、ソニーセミコンダクタソリューションズグループの熊本工場がある。この二つには密接なつながりがあると報道されていて、ソニーグループはここで一眼カメラ用のCMOSセンサーをつくっている。裏面照射型と言われる優れたCMOSセンサーは、一眼カメラだけでなくスマートフォンや車載向けでも使われている。

 ところで半導体は微細化が進むと、電気が進むスピードが問題になってくる。回路間の距離を縮める必要があり、CMOSセンサーが受け取ったデータを画像に変換するためには別途、ロジックやメモリチップが必要となる。これらを寸分の狂いもなく貼り合わせて、この問題を解決する技術はソニーセミコンダクタが先行している部分であり日本が得意とする分野だ。

 以前、熊本工場での見学会で質問した際に、ソニーグループからはCMOSセンサーの製造に重要なのは薬剤などのレシピや貼り合わせ技術にあると回答があった。そして、貼り合わせるロジックチップはTSMC(JASM)から調達していると言われている。両社の高いチップ製造能力があってこそ、高度な貼り合わせ技術が生きてくるのだ。

 最先端ではない汎用半導体は、中国企業の参入もあってコモディティ化が指摘されるが、熊本の活況を見ると工夫次第でまだまだ対抗できると考える。今後TSMC(JASM)で7nm以降の先端プロセスによって半導体が製造できれば、ゲーム機にも使えるだろう。「PS(プレイステーション)3」以来となる日本産半導体によるゲーム機誕生は、夢のある話だと大いに期待するところだ。

【著者】
安田秀樹〈やすだ・ひでき〉
東洋証券アナリスト 

1972年生まれ。96年4月にテクニカル・アナリストのアシスタントとしてエース証券に入社。その後、エース経済研究所に異動し、2001年より電子部品、運輸、ゲーム業界担当アナリストとして、物流や民生機器を含む幅広い分野を担当。24年5月に東洋証券に移籍し、同社アナリストとなる。忖度のないオピニオンで、個人投資家にも人気が高い。現在、人気Vチューバーとの掛け合いによるYouTube動画「ゲーム業界WEBセミナー」を随時、公開中。

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