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【特集】トランプVSハリスでAI相場は新局面へ、買い場はいつ訪れるのか?<今中能夫の米国株ハイテク・ウォーズ>

今中能夫(楽天証券経済研究所チーフアナリスト)

◆生成AIの進捗確認となるはずが、突如、政治に翻弄されたハイテク決算

 6月27日に行われたアメリカ大統領候補のテレビ討論会からドナルド・トランプ前大統領の銃撃事件を経て、ジョー・バイデン大統領の大統領選挙撤退とカマラ・ハリス副大統領の出馬まで。この1カ月間、秋の大統領選挙に向け、怒涛の如く様々な出来事が押し寄せた。本来なら、この夏の決算シーズンの先陣を切って発表されるASMLホールディング<ASML>と台湾積体電路製造(TSMC)<TSM>の好決算を確認して、ハイテク各社の決算を精査しながら生成AIの進展を見届けるはずだった株式マーケットだが、この政治の大激動の余波をもろにかぶってしまい、それどころではなくなってしまった感がある。

 まず、銃撃事件の直後、7月16日に劣勢のバイデン大統領が国内世論を意識してか、突如、半導体先端技術の対中輸出制限の強化を打ち出し、一方、同日のブルームバーグ通信では、台湾の半導体ビジネスの成功をやり玉に挙げるトランプ前大統領の発言が配信された。いずれも秋の大統領選に向けた動きだろうが、これらが株式市場に与えた影響は大きかった。バイデン政権の発表を受けて翌日のASMLの株価が10%以上下落し、トランプ発言を受けたTSMCの株価もおよそ8%急落した。

 特にトランプ氏は、「台湾はアメリカの半導体ビジネスの全てを奪った」と発言したが、思うにTSMCを始めとした台湾の半導体産業が、どれほど多くのアメリカ人に恩恵をもたらしてきたのか。TSMCがなければ、アップル<AAPL>もエヌビディア<NVDA>もいまのような成功を収めることができなかったわけで、経済の現状を理解したうえでの発言とはとても思えない。いまのアメリカ経済は、ビッグ・テックを中心としたハイテク企業が支えているが、これらの企業が生み出す製品やサービスは、自国内で完結できるものなど何一つないからだ。

◆明らかに潮目が変わった米国株式市場の流れ

 いつの時代でもそうだが、株式市場は本来、不確定要素が高まるのを嫌う。いまの局面では、ドナルド・トランプ氏の存在こそが最も大きな不確定要素だ。バイデン氏撤退を受けて民主党のハリス氏が急速に支持を伸ばし、大統領候補に指名されることが確実となったのはまだ救いだと思うが、いずれにせよ、この一連の動きで足もとの株価は大きく下がった。FRB(米連邦準備制度理事会)によると2024年3月現在、アメリカの個人金融資産は122.5兆ドル、円換算にして1.8京円超に上るという。その多くが直接、間接的に株式市場で運用されているのだから、株価が下がるということは、アメリカ経済全体への大きなダメージに繋がるのだ。

 この半年間、世界中の投資マネーを引き付けてきたAI相場も、短期的には潮目が変わったのかもしれない。誤解して欲しくないのは、個人的にトランプ氏の政治手腕を批判しているわけではないし、前回のトランプ政権での功績もある部分、評価している。ただ大統領選に向け、トランプ氏としては岩盤支持層である白人保守層におもねる極端な主張も打ち出さなければならない。例えばドル安にして国内の製造業を支援すると言うが、それで本当に製造業に人が集まるのか。半導体を国内のメーカーでつくればいいと言うが、そんなことが可能なのか。これから11月の大統領選に向け、トランプ氏が何か発言するたびに株価が下がる、ということになりかねないのだ。

 一方、正反対の政治思想を持つハリス氏がどんな主張をするか。バイデン政権の政策を踏襲するとは言うが、本来リベラルな彼女の政治手腕は未知数だ。ただし、ハリス氏はトランプ、バイデン両氏による最近の発言の後に、株価が下がるのを見ている。今のアメリカ人の生活に株価が深く入り込んでいることを理解し、重要視しているのではないだろうか。

 とは言え、どちらが勝つにせよ、大統領選が終わるまで、市場は彼らの一挙手一投足に振り回されることになる。したがって、これまでの半年とは違い、しばらくは慎重な投資戦略を採らざるを得ないことは確かだろう。ただし、株価が下がったことによって半導体株のバリュエーションも安くなった。このことにも注目したい。

◆最先端半導体の需要拡大を示したTSMC、ASML決算

 こうした外部要因はともかく、ここまで発表された主要企業の決算内容を見ていくと、7月18日に発表されたTSMCの24年4-6月期決算内容は、売上高、営業利益とも前年同期比40%以上の増加となり、はっきり言って想像以上に良かった。これはAI半導体の需要が期待通りに伸びて、いよいよ同社の業績に寄与し始めたことに加え、ハイパフォーマンスPCなど、最先端半導体の需要がさらに拡大しているからだ。

 その前日に発表されたASMLは足元の業績は停滞しているが、受注が回復傾向で受注残高も相変わらず高水準を続けている。EUV(極端紫外線)露光装置の出荷もこれから増える見込みだ。同社によると来期以降の見通しも良好で、2nm(ナノ・メートル)、3nmの最先端半導体向けの露光装置の需要が旺盛だという。この背景には、従来のアップルに加えて、サムスン電子など、他社のスマートフォンも次々に3nm以下の最先端半導体を採用するようになりつつあるという事情がある。加えて現在、5nmの拡張版である4nm半導体が採用されているエヌビディアのGPU(画像処理半導体)でも、微細化が進むとみられ、同社の最先端半導体向け露光装置の需要は今後、さらに高まっていくと考えていい。

 続いて7月23日に発表されたテスラ<TSLA>とアルファベット<GOOG>の決算内容は市場の期待に届かず売られたが、半面、24日のIBM<IBM>の決算では、同社のAI向けソリューションの受注が前四半期比で倍増したと伝わり、翌日の株価は上昇した。さらにこれからマイクロソフト<MSFT>、メタ・プラットフォームズ<META>、アマゾン・ドット・コム<AMZN>、アップルと主要企業の決算発表が続いていく。見どころはやはり、「企業が生成AIを実際に、どのように自社の事業に組み込んでいくか」、ここに尽きるだろう。

 まず間近に迫ったマイクロソフトの決算では、「プロダクティビティ&ビジネスプロセス」セグメントの業績に注目したい。法人向けオフィスソフトを中心としたセグメントだが、マイクロソフトのほぼすべての製品にAIアシスタント「Microsoft Copilot」が組み込まれており、これをユーザーがどう使っているのかが重要なポイントだ。続くアマゾンは、本業のオンライン・ショップ事業に変調がないかどうかを注視したい。これはウォルマート<WMT>にも共通することなのだが、いかんせん、アメリカはまだ物価高が続いている。果たして、それでも売り上げを伸ばすことができているのか。この両社の業績を見れば、現在のアメリカの消費の強さが推し量れるし、もし順調なら、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)とともに、アマゾンの事業には死角が見当たらない、という判断をすることができるだろう。

◆株式マーケット、次の注目は「アマゾンの大型自社株買いはあるのか」

 あとは前回、24年1-3月期決算で、1100億ドルという誰も想像できなかった規模の自社株買いを発表したアップルだ。決算内容は特に良かったわけではないし、併せて発表した同社の生成AI、「アップルインテリジェンス」の評価も定まっていないが、この自社株買いの衝撃は大きく、同社への株式マーケットの評価を一転させた。果たしてAI戦略は順調に進んでいるのか。前回、マーケットの注目を呼び戻しただけに、今回の同社決算への注目度はこれまで以上に高まっている。

 ところで、 GAFAMの中では2021年9月にマイクロソフトが600億ドルの自社株買いを発表して以来、今年に入ってメタが500億ドル、アルファベットが700億ドルと、ちょっとした自社株買いラッシュになっている。これはGAFAM各社が業績以外に株価でも競い合っているからだが、さらにいま、市場関係者が注目しているのは「アマゾンがいつ、大型の自社株買いをするのか」ということだ。経営トップがジェフ・ベゾスからアンディ・ジャシーに替わり、営業利益が拡大しているいまなら、ひょっとするかもしれない、ということのようだ。

 その後は2021年夏から3年余りで株価が20倍と、エヌビディア以上の上昇となったスーパー・マイクロ・コンピューター<SMCI>、そして8月末に決算発表予定のデル・テクノロジーズ<DELL>などのサーバー・メーカーの決算にも注目だ。実際にAIサーバーが、クラウド大手以外の企業にどの程度、導入されているのか。この部分が順調に進んでいれば、次はオラクル<ORCL>やIBMといったシステム・インテグレーターにもAIの恩恵が生じることになる。大統領選の喧騒で不透明な部分はあるが、本来はこうして、生成AIの社会への浸透度をひとつひとつ測るのが、今回の決算のポイントなのだ。

◆大統領選まで続く不安定な相場、ハイテク以外のセクターに着目するのも一策

 ともあれ、11月の大統領選挙が終わるまで両候補、特にトランプ氏の発言には注意が必要だろう。そう考えると、ハイテク以外のセクターにも物色対象を広げることも一策ではないだろうか。

 そんな中でいま、私が注目しているのは住宅セクターの有力企業、最大手を争うDRホートン<DHI>、レナー<LEN>の両メーカーや高級住宅に強みを持つトール・ブラザーズ<TOL>といった企業だ。精査をしているわけではないので、ジャスト・アイディアとして受け取っていただきたいのだが、これらの企業はPERも9~12倍と、好業績にもかかわらず、近年の高金利下で割安に放置されてきた。

 だがアメリカはOECD(経済協力開発機構)加盟国の中で唯一、人口増が続いている国家で、住宅は恒常的に不足している。だから良質な住宅を広く国民に供給しなければならないという方向性は、共和党、民主党ともに異論がないし、現在のアメリカでは、高金利によって買い替えや購入を控えている人々が少なくないという。

 実際、TSMC、ASMLの両社の株価が急落した直後、7月18日にDRホートンが市場予測を上回る好決算と、同社としては大型の自社株買い40億ドルを発表すると、同日の株式市場で同社株は10%以上急騰した。もちろん、これらの企業の時価総額はビッグ・テックとは比較にならず、資金の移動は限定的だろうが、この半年間、AI関連銘柄にばかり資金が集中した反動もあってか、こうした他セクターへの資金移動は、今後も徐々に進むのではないだろうか。

 もちろん中長期で見れば、将来に向けてのハイテク企業の成長性の高さには疑いの余地はない。だが、不透明な状況が続くであろう大統領選までは、バリュエーションが低く、成長性も高い堅実なセクターへと、一部の資金を動かしてもいい気がする。とは言え、株価下落の結果、ハイテク銘柄は割安にもなっており、遠くない時期に絶好の買い時を迎える可能性もある。まずはマイクロソフトの決算で、生成AIを組み込んだアプリケーションが多くの人たちに実際に使われていることを確認したい。


【著者】
今中能夫(いまなか・やすお)
楽天証券経済研究所チーフアナリスト 

1961年生まれ。大阪府立大学卒業。岡三証券、シュローダー証券、コメルツ証券などを経て2005年より現職。1998~2001年、日経アナリストランキングソフトウェア部門1位、2000年、同インターネット部門1位。ハイテク業界、半導体業界を対象にした綿密な企業分析に定評がある。楽天証券の投資家向けサイト「トウシル」で注目企業の詳細な決算分析動画およびレポートを随時、公開中。

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