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【特集】デリバティブを奏でる男たち【4】 モルガン・スタンレーのバートン・ビッグス(後編)


◆原油売りを仕掛ける

 米大手投資銀行モルガン・スタンレーに30年間も在籍し、チーフ・グローバル・ストラテジストとして名を馳せたバートン・ビッグスは、デリバティブのリスクについてある種の危惧を抱いていました。しかし、彼自身が投資をする際にはデリバティブを使っていたことも確かのようです。
 
 彼は2003年にモルガン・スタンレーを退職し、70歳にして再び運用の世界に戻りました。そして、投資部門でともに働いていた仲間とヘッジファンド、トラクシス・パートナーズを設立します。この「トラクシス」には何らかの意味があると思われますが、彼は「我々が造った造語であり、"特に意味はない"」としています。
 
 トラクシス・パートナーズの運用資産は一時、数十億ドルにも達しましたが、設立当初は資金集めに相当苦労したとされます。ところが、それ以上に苦労したのが運用でした。例えば、同社は2004年5月に原油先物で空売りを仕掛けています。

 前年に起きたイラク戦争の影響などから原油価格は高止まりしていたものの、世界的に産油量、備蓄量ともに増加していたほか、景気も鈍化してきているなど、ファンダメンタルズは原油が割高であることを示していました。

 加えて、原油先物では建玉残高が大きく積み上がっていたことから、トレンド追随型のモメンタム投資家による投機的な買いが増えていると考えて、空売りを仕掛けたのです。バートン・ビッグスは基本的にバリュー投資家に近い考え方を持っており、トレンド追随型のモメンタム投資を軽蔑していたのです。

■原油売りで苦しむ

 しかし、原油価格は上下動を繰り返しながらも上昇トレンドを保ち続けます。バートン・ビッグスたちは評価損が10%(商品の場合は15%)に膨らんだ場合、社内外の情報源を活用してファンダメンタルズを徹底的に、かつ体系的に調べ直すことにしていました。
 
 そして調べ直したら、ポジションを解消するか、増やすかのどちらかを選択することにしており、このときは売りポジションを増やしています。ただし、突発的なテロが生じる可能性も高かったため、ヘッジとしてアウト・オブ・ザ・マネーのコール・オプション(権利行使価格の高いコール・オプション)も買っています。

 買いポジションを持っているときに、突発的な出来事で相場が急落するといったテール・リスク(起こる可能性は極めて低いものの、起こると多大な損失につながるリスク)に備える場合、保険としてアウト・オブ・ザ・マネーのプット・オプション(権利行使価格の低いプット・オプション)を買う方法があります。しかし、ここで持っていたのは売りポジションなので、値上がりリスクのヘッジとしてはコールを買うことになります。

【タイトル】

 9月になると4つものハリケーンがフロリダを襲い、イラクではパイプラインが爆破され、加えてロシアの石油輸出が滞るなど、様々な材料に押し上げられて原油価格の上昇は10月まで続きました。その後に原油価格は下落したものの、12月にはジョージ・ソロスが原油先物を買っているとの噂が流れたため、ポジションを3分の1ほど手仕舞います。
 
 結局、彼らは2004年の年末までに全てのポジションを閉じ、コール・オプションを含めて損失を2%程度に収めています。翌年の2005年は原油価格がさらに一段と上昇していることからこの手仕舞いは正解だったのですが、評価損が出ている間は七転八倒の苦しみを味わい、投資資金を提供してくれる顧客との関係が著しく悪化するなど、目に見えない大きな損失を被ったといいます。


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◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。



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