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【特集】デリバティブを奏でる男たち【51】 投機王ジェシー・リバモア(前編)


◆チョーク・ボーイ

 前回は「システム・トレーディングの先駆者」であるエドワード・アーサー・セィコータ(通称エド・セィコータ)を取り上げました。彼がシステム開発の際に参考にしたのが、「トレンド・フォローの父」と称されたリチャード・ダウド・ドンチアン(1905-1993)のシステム・トレーディングと、ドンチアンをマーケットの研究へと誘ったジェシー・ローリストン・リバモア(1877-1940)の架空の伝記小説『Reminiscences of a Stock Operator株式オペレーターの回想』(邦題『欲望と幻想の市場 ― 伝説の投機王リバモア』)でした。そこで、今回はこのリバモアについて取り上げます。

 リバモアは米マサチューセッツ州の貧しい農家の家庭に生まれました。小学生のときに算数で優れた才能を発揮し、通常3年間を費やす修学過程を1年間で終了します。しかし、「農夫に教育は不要」と父親に言われ、14歳のときに無理やり学校を辞めさせられました。そこで母親から5ドルをもらって家出します。

 マサチューセッツ州都のボストンに向かったリバモアは、米証券会社ペイン・ウェバー(2000年にUBSが合併)でチョーク・ボーイの仕事を得ました。当時はストック・ティッカーといわれる通信機器(電光掲示板が普及して1960年に廃止)が打ち出す紙のテープに書かれた銘柄名、株価、株数を大きな黒板にチョークで書いていました。彼はこの仕事を通じてティッカー・テープの読み方を覚え、株価の推移をノートに記録して規則性を探ったほか、強欲と恐怖に振り回される投資家たちをつぶさに観察していました。

◆ザ・ボーイ・プランジャー

 あるとき、仕事仲間のチョーク・ボーイがリバモアを賭けに誘います。このときの米国の株式や商品先物といった取引は証券会社などを通じて売買されるほか、バケット・ショップといわれる賭博場で模擬売買(注文を取引所に通さない呑み取引)ができたそうです。『Reminiscences of a Stock Operator株式オペレーターの回想』を書いたジョージ・エドウィン・ヘンリー・ルフェーヴルによると、1890年頃の米バケット・ショップでは、客が1%の証拠金(レバレッジは100倍)をもとに、金利まで払わされて勝負していたといいます。証券会社における信用取引(マージン)の場合は、実際に資金を借りて投資し、借入金に対して金利を払いますが、バケット・ショップの場合は模擬売買ですから実際に資金を借りているわけではありませんでした。もっとも、こうした制度や仕組みは店舗や時期によって異なっており、リバモアが手を出し始めた頃にはレバレッジは10倍にまで低下していたようです。

 また、バケット・ショップでは、追証(マージンコール)といった制度がなくても、証拠金に見合う評価損が発生すれば、そこで強制決済となります。もしも評価損が発生しなければ、無理やり評価損が出るように相場操縦まで行うこともありました。つまり、バケット・ショップが実際に投資して株価を動かす、といった事実上の「客向かい行為」を行うというわけです。そのようなバケット・ショップは米政府から違法とみなされ、1920年頃までには排除されました。日本でも過去に「合百(ごうひゃく)」と呼ばれる、似たような取引が行われています。合百はもともと江戸時代に米相場市場を出入りする市場関係者によって始められ、米相場の上げ下げを予想して100文を賭けていたことが言葉の由来となっていました。

 株価の推移をノートに記録して規則性を探っていたリバモアは、この賭けに勝てると踏んで同僚の誘いに乗り、利益を出します。その後はバケット・ショップに入り浸るようになり、チョーク・ボーイの仕事以上に稼ぐようになったため、仕事も辞めてしまいました。やがてバケット・ショップでは有名となり、ザ・ボーイ・プランジャーといった二つ名が付くようになります。プランジャーとは突っ込む人とか、飛び込む人という意味ですので、日本語では突撃小僧といったところでしょうか。ただ、「無謀な投機家」という意味もあるらしく、そうした含意を持つようになったのはリバモアに名付けられて以降のことかもしれません。

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◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。


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