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【特集】「できるだけ高く」と思ううちに、売り時を逃してしまうのはなぜ? ⇒ エンダウメント効果

大槻奈那の「だからあなたは損をする~
          心理バイアスの罠にはまらない技」~第12回


大槻奈那(Nana Otsuki)
マネックス証券・執行役員チーフアナリスト
大槻奈那東京大学卒業。英ロンドン・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。格付け会社スタンダード&プアーズ、UBS証券、メリルリンチ日本証券にてアナリスト業務に従事。2016年1月より現職。名古屋商科大学大学院教授、二松学舎大学客員教授を兼務しつつ、一橋大学大学院・経営管理研究科(一橋ビジネススクール)の博士課程に在籍。ロンドン証券取引所アドバイザリーグループ・メンバー。財務省財政制度等審議会委員、規制改革推進会議委員。最近の趣味は落語鑑賞と旅行、そして不動産実査で宅地建物取引士の資格も保有する。

前回記事「"偽陽性"銘柄に、嵌(は)まらないには ⇒ ベイズの定理」を読む

ある有名な行動経済学の実験です 。

77人の学生をAとBの2つのグループに分け、"似て非なる"質問をぶつけます。

Aグループの学生には、まずマグカップをプレゼントします。そして、
「あなたは、このマグカップを0~9.5ドルの間のいくらなら売りますか」と尋ねます。

Bグループの学生には、何も渡さずに、
「あなたは、あのマグカップを0~9.5ドルの間のいくらなら買いますか」と聞きます。

結果はどうだったでしょうか?
【タイトル】

Aグループの学生は 平均で7.12ドルなら売る! と回答
Bグループの学生は、平均で2.87ドルなら買う! と答えました。

Aグループの売りたい価格の方が、Bグループの買いたい価格より2.5倍ほど高くなっています。

このような実験にはいろいろなバリエーションがありますが、総じて人は
自分が持っているものを手放すには、高い対価を求める
――という傾向を持ちます。これは「エンダウメント(endowment)効果」と呼ばれ、日本語では「授かり効果」と訳されます。

交際が長くなるにつれ素っ気なくなった彼氏や彼女が、「もう別れたい」と言ったとたんに優しくなった経験はありませんか?

自分のものだと思っていた恋人は、たとえマンネリ化していても失いたくない、これがエンダウメント効果です。以前ご紹介した損失回避バイアス」、つまり、損をしたくないという心理が主に関係しているとされます。

自分の持っているお金にエンダウメント効果は働くから、安く買いたい?

では、自分の持っているものへのこだわりはどれくらい強いのでしょうか。先にも確認したように、このマグカップの実験では、AとBの値段の違いは、2.5倍程度あり、自分の持っているものは2.5倍も高く評価してしまう、ということになります。

ここで、以下のような疑問が出てくるかもしれません。この実験で、エンダウメント効果は、マグカップではなくお金に対して働くこともあるはず。

それならBグループの人は、自分の持っているお金の価値を重視して、マグカップに使うお金を節約したいと思ったのではないかと。

この実験でAの『マグカップを手放したくない』という気持ちとBの『お金を手放したくない』という気持ちが混ざった結果が、2.5倍ほどの価格差が生じたという可能性もあります。

この実験では、そのような批判に反論すべく、追加の実験もしているので、ご興味がある方は、記事の最後に示した1の論文をご覧ください。

売り注文の価格は買い注文よりも、価格のばらつきが大きい

さて、このようなエンダウメント効果の研究は、マグカップやらチョコバーなどを使って学生などを対象に実験で行われるものが多いのですが、いくつか、市場を使った研究もあります。

例えば、オーストラリア証券取引所の板情報を使った実証研究では、株式の売り手と買い手がどのような値段で注文を出すのかを調べています(記事最後の2の論文参照) 。

その結果、売り注文は買い注文よりも、価格のばらつきが大きいことがわかりました。

なお、ばらつき度合いについては、売りの場合は最も低い、買いの場は最も高い価格と、それぞれの寄り付きやすい価格と各注文価格の差の平均を取っています。

このばらつきの大きさから、売り手はエンダウメント効果によって、既に保有している株式をより高価なものだと感じている、という解釈です。

さらに、このような非対称性は、機関投資家よりも個人投資家でより顕著だということも示されました。つまり個人投資家は買い注文の時はそれほど無謀に安い値段で指値しませんが、保有株式の売り注文を出す時は、実勢価格よりかなり高く出しがちだ、いうことになります。

売りの指値注文がなかなか付かなくて、やむなく成り行きに切り替えた経験がある人もいるのではないでしょうか。

エンダウメント効果は、特に、株式が上昇ののち下落トレンドに入る時に悲劇を生みます。高値の残像から、高めの売り注文を入れて売買が成立せず、そのままずるずると株価が下がってしまう可能性があるためです。

「また高値に戻るかも…」などと淡い期待を抱くと、妥当な注文を入れる踏ん切りがつきにくいものです。そのようなことを避けるためには、もうアップサイドがないと思ったら、覚悟を決めて早めに成り行きで売ることが重要でしょう。

では、この1カ月、株価が急上昇し、バリュエーションが高くなっている銘柄をいくつか見てみましょう。こうした株式は、割高と見られ下落トレンドに入るリスクも排除できません。

ここでは、1月19日までの1カ月間に10%以上上昇し、かつPER(株価収益率)が10倍以上かつPBR(株価純資産倍率)が1.5倍以上の株式を日経平均構成銘柄の中から抽出しました。

このうちのいくつかを個別に見ていきたいと思います。

■過去1カ月の上昇率が10%以上で、割高水準の日経平均構成銘柄の例
銘柄名<コード> 上昇率 PER PBR
中外製薬<4519> 17.2%  ――  10.24倍
東京エレクトロン<8035> 19.2% 32.7倍 7.74倍
アドバンテスト<6857> 22.5% 42.2倍 7.61倍
安川電機<6506> 17.2% 83.3倍 6.41倍
キッコーマン<2801> 12.6% 54.8倍 5.16倍
Zホールディングス<4689> 14.7%  ――  4.31倍
太陽誘電<6976> 16.6% 33.5倍 3.34倍
コナミHD<9766> 11.2%  ――  3.19倍
信越化学工業<4063> 10.4% 28.3倍 2.94倍
京王電鉄<9008> 10.3%  ――  2.86倍
TDK<6762> 16.8% 29.0倍 2.53倍
富士通<6702> 13.2% 19.9倍 2.51倍
SCREENホールディングス<7735> 21.6% 37.6倍 2.24倍
横河電機<6841> 15.7% 32.6倍 2.11倍
東海カーボン<5301> 14.0% 624.0倍 1.59倍

出所:『株探』。 注:1月19日終値時点。銘柄名の一部は簡易表記。
母集団はPERが20倍以上(赤字算出なしも含む)かつPBRが1.5倍以上。並びはPBRの高い順



※当該情報は、一般情報の提供を目的としたものであり、有価証券その他の金融商品に関する助言または推奨を行うものではありません。



 

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