【特集】イランと米国の衝突は茶番? 原油相場は急伸後に急落 <コモディティ特集>

●形式的な攻撃の応酬でイランと手打ち、中東の緊迫感は消失
トランプ米大統領はイラン核施設に対する攻撃が成功したことを強調しているものの、地下核施設へ通じるトンネルは事前に土砂で埋め立てられ、高濃縮ウランは安全な場所へ搬出された可能性が高い。攻撃後、地下深くにあるイラン核施設がどうなったのか不明であるが、イランが実施した米軍基地に対する報復攻撃が極めて小規模だったことからすれば、核施設にあまり被害はなさそうだ。米軍がイラン核施設に発射したミサイルは14発で、イランは事前に報復攻撃を通知したうえで同数のミサイルを打ち返すなど、緊迫感とはほど遠い気遣いが見られた。トランプ米大統領はイランによる攻撃通知に対して意味不明な感謝の言葉を述べ、殺意のまったくない第三次世界大戦は一瞬にして終わった。
今回の米軍の「ミッドナイトハンマー」作戦は、おそらくバンカーバスターでイラン本土に穴を掘っただけである。映像を見る限り、イランが実行した報復攻撃も打ち上げ花火にしか見えず、ほとんどが米軍に迎撃された。そもそも米国もイランも、双方に打撃を与えることを想定していなかったと思われる。また、米国は今回の作戦の成果をどのように確認するつもりだったのだろうか。イランの意表を突いた印象のある米国の攻撃も、核開発施設を破壊することなど当初から念頭になく、イランと米国はともに矛を収めるタイミングを探っていた可能性が高い。ステルス爆撃機など作戦に参加した複数の米軍機はイラン領空を侵犯したが、イラン空軍が反応した形跡がみられないことも、双方が一定の筋書き通りに動いたことを示唆する。
第1期のトランプ米大統領がイラン革命防衛隊(IRGC)のスレイマニ司令官を殺害したあとのように、今回もイランと米国の軍事衝突はごく短期間だった。「ミッドナイトハンマー」作戦のコストは莫大だろうが、第三次世界大戦よりは安上がりである。米国がイスラエルをなだめるために形式的な攻撃を実施した一方、米国による限定的な攻撃の意図を汲んでイランが反撃することで、パレスチナ情勢を除いて中東の緊迫感はほぼ消失した。
イスラエルのネタニヤフ首相はイラン国内で移送されたと思われる高濃縮ウランの所在に関する情報を持っているようだが、トランプ米大統領をはじめ、この政権の関係者はイラン核施設への攻撃を実施した後、濃縮ウランがどうなったのかほとんど言及しておらず、すべての問題の発端であるイランの核開発問題について意図的に忘れ、一件落着とする構えのように見える。トランプ米大統領は「イランが核兵器を持つことはないだろう。いまのイランにとって核兵器はどうでもいいことだと思う」と発言したほか、「イランはウラン濃縮もしないだろう」との認識を示している。中東情勢のさらに混乱させたくない米国にとって都合のいい話だが、イランと手打ちしたトランプ米大統領は強引にでもイランとイスラエルの和平を実現する方針をとった。トランプ米大統領はSNSで停戦を叫び、大手メディアも追随し、超短期間で和平ムードを作り上げた。ただ、トランプ米大統領はイランとすべて和解したような態度だが、イランの石油輸出をゼロに近づけると引き続き脅すのだろうか。それともイランに対する石油制裁を解除するのだろうか。今後はイランの核開発を容認するのか、疑問ばかりが残る。
●イラン-イスラエルの停戦が実現し原油価格は落ち着く
米国とイランの軍事衝突は、初めから事態の沈静化を目指した茶番だった可能性が高い。週明けのニューヨーク時間外取引で原油価格の世界的な指標であるウエスト・テキサス・インターミディエイト(WTI)先物は1月以来の高値である78.40ドルまで急伸したが、市場参加者が今回の演出を見抜いたため、その後の急落につながったのではないか。これとは対象的に、イラン・イスラエル戦争は、本物の戦争だった。核兵器こそ持ち出さなかったが、イスラエルのイラン攻撃にためらいはなく、イランは最新鋭の超極音速ミサイルを投入しつつ、イスラエル本土を破壊した。イスラエルやイランの一部の悲惨な状況は、パレスチナ自治区ガザと見分けがつかない。
ただ、トランプ米大統領の尽力もあってか、イランとイスラエルは暫定的な停戦に合意した。フォルドゥ核施設にバンカーバスターを叩き込み、米国としての一応の責任を果たしたことから、最後まで態度を決めかねていたネタニヤフ首相も停戦になんとか納得したようだ。イスラエルはイラン攻撃の目的のうち、核開発プログラムの破壊、弾道ミサイルの生産能力の排除は達成されたとしている。イランからテロの枢軸を排除するという目標は見送りとなったうえ、この2つの目的が本当に達成されたのか非常にあやしいものの、イスラエル国内の惨状からすれば、妥当な幕引きのタイミングだろう。一瞬ですべてが振り出しに戻るリスクがあるとしても、ホルムズ海峡の閉鎖の可能性を真剣に考えなければならない日々は終わったと思いたい。
(minkabu PRESS CXアナリスト 谷口 英司)
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