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【特集】証券業界の“公共財”を目指し、まずは時価総額100億円を達成する トレードワークス 齋藤正勝社長に聞く <トップインタビュー>

齋藤正勝氏(トレードワークス 代表取締役社長)

─「機関投資家と個人投資家の格差解消」が最大のミッション─

 ネット証券のパイオニアとして知られる齋藤正勝氏が社長に就任し、赤字からのV字回復途上のトレードワークス <3997> [東証S]。ネット証券の基幹システム開発で定評のある同社には、いま、二つの追い風が吹いている。一つは年内にも予定されているニューヨーク証券取引所など米国株市場の22時間取引の開始。もう一つは社会問題ともなりつつある、国内証券会社の「ネット口座乗っ取り」への対応だ。就任から1年近くを経た同社長に、現在の証券業界が抱える課題とその中での同社の役割、さらに中長期的な成長ビジョンを聞いた。(聞き手・樫原史朗)

●“上場ゴール”体制からの脱却を進める

──社長に就任され、もうすぐ1年が経過します。この間を振り返って、率直にどのような感触を抱いていますか。

 自分なりにかなり動いてきたつもりですが、思った通りにやれたこともあれば、やれなかったこともある、というのが正直な感覚です。前回のインタビューで私は投資家目線の経営をしたいと話しましたが、1年弱、当社の経営を担って改めて感じたのは、多くのベンチャー企業と同様の欠点を当社が抱えていたということです。

 世間では“上場ゴール”という言葉がありますよね。昨今の日本のIPO企業は、上場したのはいいけれど、往々にしてその後の成長戦略が不十分で、株価が低迷してしまうという企業が目立ちます。もちろん私も経営者だから、それが本意ではないことは理解していますが、結果としてそういう状況に陥ってしまう企業が少なくないのです。

 私は多くのベンチャー経営者と親交があるのですが、彼らと話していて感じる共通項があります。一つの分野に注力して、苦労して上場をすることができた。では次のステップへとなると、突然、事業の多角化を進めようとする企業が多いのです。もちろん、事業の多角化自体は否定すべきことではないですし、彼らの気持ちもよく分かります。ですが、それが上場の原動力となった本業の足を引っ張ってしまっては意味がありません。実は当社にもそうした傾向があったのです。

──5月12日に発表された2025年12月期第1四半期決算では、粗利率、売上総利益率ともに改善していますが、大型案件の検収遅延などもあって、営業利益は赤字が続いています。

 当社はそもそも大手ネット証券のシステム開発で成長してきた企業です。事業シナジーが見込めない不採算案件からは撤退すべきですし、シナジーが見込める事業なら、どんどん進めるべきなのです。就任以来、こうした事業の取捨選択を進めてきて、ずいぶん整理されてきましたが、それでも私が就任する以前に仕込んでいた不採算案件もまだいくつか残っています。

 不採算案件の処理は第2四半期ぐらいまで続くと思いますが、その後にローンチされる案件は予実管理がしっかりされているものばかりです。ですから、下期の業績にはまったく不安を感じていません。確かに私が社長に就任することで期待を寄せていただいた投資家の皆さんにとっては、今回の決算は物足りないものだったと思いますし、ご心配もお掛けしているかもしれません。

 ですが25年12月期を通してみれば、当初計画の売上高52億円、営業利益1億8000万円は十分に達成可能な数字ですし、むしろそれ以上の結果を残せるのではないかという確かな感触があります。株価は2月の高値から調整していますが、私は自社株を毎月、上限いっぱいに買っている個人投資家でもあるので、その目線で考えればいまのトレードワークス株は格好の押し目です。私が社長に就任してから、社員へのインセンティブを拡充するために、持ち株会を積極的に推奨していますが、株価も下がってきたところで自社株を購入した際の奨励金を10%から20%や30%に引き上げようかと本気で考えているところです。社員持ち株会も“ナンピン買い”ですよ(笑)。
 
●証券業界の過信が生んだ「ネット口座乗っ取り」事件

──ここ数カ月、矢継ぎ早に新サービスのニュースリリースを出されていますが、下期のV字回復に向けて、具体的にどのような施策を打たれるのでしょうか。

 新サービスの中には、昨年7月以降に私が主導して始めた案件もあれば、それ以前に仕込んで、何らかの理由で滞っていた案件を再起動したものもあります。私が主導した案件で最近、反響が大きかったのはMFA(多要素認証)導入アドバイザリー・サービスですね。いま、証券会社の「ネット口座乗っ取り」が社会問題化しています。実際、私が証券会社の幹部たちと話していても、この話題で持ち切りです。

 そもそもなぜ、いまになってこうした事件が発生したのかというと、今回の不正の手口は、これまで証券業界が想定していなかったことだったからなのです。と言うのも、証券会社で口座を開設するためには、銀行の口座情報が必要になります。つまり、入出金に関しては、銀行のシステムに乗っかっていたわけです。

 ご存じのように、2000年代にフィッシング詐欺など、ネットを使っての不正が横行して以来、銀行ではセキュリティ対策を強化して、多要素認証などの施策をガチガチに採り入れています。つまり、実際の入出金に関するトラブルは、銀行のシステムを使っている以上、起こり得ないという過信があったのです。

 ところが今回の手口は直接、現金を引き出すことが目的ではありませんでした。パスワードを何らかの手段で得て、他人の証券口座を使って相場を操縦することが目的だったわけです。私もカブコム証券時代にネット証券のシステムをつくってきた立場なので反省しなければならないと思っているのですが、この手口は、日本の証券業界ではまったく想定されていませんでした。

 もちろん、銀行同様、多要素認証を採り入れれば良かったのでしょうが、銀行の入出金と株の売買では利用頻度がまったく異なります。証券会社にとって重要な顧客であるデイトレーダーなどの短期売買の投資家は、一日に数十回、下手をしたら数百回の取引を行うわけです。そこでいちいち、多要素認証を求めることは現実的ではない、と考えられていたのです。

──確かに秒単位での売買が求められる短期トレーダーが、その度にスマホを取り出して認証するなんて光景は想像できません。

 ですが、実際にこうした事件が発生してしまった以上、今後はそんなことも言っていられません。今回の不正は、個人情報の流出やシステム障害などと違って証券会社側に全面的な瑕疵があったわけではないのですが、それでも金融庁からは消費者保護の観点から何らかの補償を求められるでしょうし、世間の目も厳しくなります。つまり、これまで利便性を優先していた証券業界のシステムも、利便性をある程度、犠牲にしてでもセキュリティを強化していかなければならないのです。

 そこでまず、当社が培ったセキュリティの知見を生かして、MFAの無料相談窓口を設置したのです。4月23日にサービスを公表して以来、当社のアドバイスを受けて、すでに7社が多要素認証の導入案を検討しています。MFA自体は、野村総合研究所 <4307> [東証P]やGMOグローバルサイン・ホールディングス <3788> [東証P]などの大手企業も取り扱っていますが、両社で導入しようとすると、非常に高いコストが発生します。その点、当社ではいかにコストを抑えて効率的に導入するか、というアドバイスをしていきます。セキュリティに関する「セカンド・オピニオン」といったところでしょうか。

●個人投資家にヘッジファンド並みの自動売買を実現するAI助言

──決算会見で特に力を込められていた投資助言サービス「GPT-Trade」についてはいかがでしょうか。

 このサービスは生成AI (人工知能)が作成したシグナルをもとに、自動売買を進めていくという、これまでなかった新しい助言サービスで、私自身、非常に高いポテンシャルを持ったサービスだと考えています。自動売買と言えば、マネースクエアが提供しているFX(外国為替証拠金取引)売買ツール「トラリピ」が有名ですが、大きなトレンド相場や想定レンジを外れた価格変動に弱いなどの欠点がありました。「GPT-Trade」がそれらと大きく違う点は、生成AIならではの特徴として、過去の相場まで遡って都度、学習しながらストラテジー(戦略)を修正していくことができるということです。

 4月に楽天ウォレットとGMOコイン向けにサービスの提供を開始して非常に評判が良く、いまはSBIグループでも導入を検討してもらっています。まずは暗号資産やFX、CFD(差金決済取引)などでサービスを提供していきますが、順次、株式にも展開していく予定です。イメージとしてはインデックス投信やETF(上場投資信託)から始め、値がさ株から最後にグロース株にも広げていく流れでしょうか。

 私がこのサービスに力を入れる背景は、こうしたサービスこそが多くの個人投資家が望んでいるものなのではないかという確信があるからなのです。と言うのも、対面証券の時代とは違ってネット証券が普及した現在では、個人投資家は自ら情報を集め、投資戦略を考えなければなりません。ですが、個人投資家と機関投資家ではあらゆる点で情報に格差があります。

 ファンダメンタルズに関しては、「株探」が象徴するように、個人と機関の情報格差はだいぶ縮まってきました。ネットを通して詳細な財務情報など、機関投資家が得るような精度の高い情報を個人が入手できるようになったからです。ところがテクニカルの面では、依然として両者の間には大きな差があります。いま、日中の取引のうちのかなり大きなウエイトを、ヘッジファンドなどによるアルゴリズム売買が占めていますが、巨額の資金を投じて開発されたプロの自動売買システムには、個人がいくら自前でプログラムを書いたとしても太刀打ちできるものではありません。それを、私たちが蓄積してきた知見と生成AIを組み合わせることによって実現しようというものなのです。

 「個人投資家と機関投資家の格差をなくす」。これは私がネット証券を立ち上げてから現在まで抱き続けている思いですし、私自身の最大のミッションであると言ってもいいかもしれません。まだサービスを立ち上げてひと月ほどですが、すでに1日で数億円の売買をこなしていますし、遠くない将来、証券業界のスタンダードに育っていくのではないかと感じています。「個人投資家がアルゴリズムと同等のトレード手段を手に入れる」。これが「GPT-Trade」の目的なのです。

──自動売買の助言サービスというとなかなかイメージしづらいのですが、利用者は具体的にどのように使うのでしょうか。

 AIによる自動売買は、ヘッジファンドのアルゴリズム取引と同様に、秒単位で取引を繰り返していきます。利用していない時間帯には取引が自動的に止まりますし、利用者の判断で自動売買を進めることも抑えることもできます。自動売買を操縦するようなイメージでしょうか。

 強調したいのは、このサービスは個人投資家のみならず、ネット証券会社にとっても大きなメリットがあるということです。各社の口座開設者への付加サービスとして利用者から料金を徴収するサブスクリプションモデルなので、手数料が極限まで低下したネット証券会社にとっては、新たな収益機会になるはずです。もちろん、当社にとってもストック型の収入増につながりますし、宣伝は各証券会社がしてくれますから、広告宣伝費がゼロで済むビジネスモデルでもあります。

 ほかにも大和証券(大和証券グループ本社 <8601> [東証P])向けに提供しているWeb3コンテンツ配信サービス「toku-chain(トクチェーン)」や、GMOあおぞらネット銀行への導入が決定したASP(アプリケーションサービスプロバイダー)サービスなど、将来確実に育つだろうサービスが次々に走り出しています。このように、事業のパイプラインが順調に拡大しているので、下期の売り上げに関してはまったく不安がないのです。

 あとは当社内の改革、予実管理がしっかりできて、自信を持って顧客に営業をすることができる人材を、いかに育てていくかが目下の最大の課題だと思っています。幸い、この1年弱で社員の意識も大きく変わっているのを実感しています。新卒入社の社員も、このご時世でありながら計画通りに採用することができましたし、今後は社員のモチベーション向上を図りながら、教育にも力を入れていきたいと考えています。

●来期以降、米国株22時間取引のシステム開発需要が本格化

──トランプ関税やネット証券の不正利用などのニュースに隠れてしまいがちですが、年内に予定されているニューヨーク証券取引所の22時間取引開始も、証券業界にとっては大きなターニングポイント(転換点)ですよね。

 ここに来てセキュリティ対策など、期初には想定していなかった新たなニーズが発生していますが、当社にとっては下期から来期に向けてのビッグチャンスが、この米国株取引時間延長にあることは間違いありません。昨年来、ネット証券はもちろん、野村(野村ホールディングス <8604> [東証P])や大和、SMBC日興証券(三井住友フィナンシャルグループ <8316> [東証P])といった大手証券会社にもシステム開発の提案をして良い感触を得ています。
 
 何と言っても、米国株が日本時間の日中に取引ができるようになるのですから、証券業界にとっては大きなパラダイムシフトとなることは確かです。このまま何も対策を講じなかったら、日本の株式市場が地方証券取引所のような地位に成り下がってしまうかもしれませんし、対応できない証券会社は大きな商機を逃すことになるでしょう。恐らく年後半から来期にかけては、各証券会社がこの対策に本腰を入れ始めるのではないでしょうか。

 当社の年間計画では26年12月期には米国株取引システムの受注が進み、収益化が実現する見込みです。他にも新たなサービスを次々に発表していく予定ですし、想定通りに事業を展開していけば、今回の決算発表で示した26年12月期の売上高60億円達成はそれほど難しいことではないと考えています。あとはそれをいかに上乗せしていくことができるかです。

──26年12月期は、齋藤社長が就任される以前に策定された、御社の中期経営計画の最終年度でもありますね。

 売上高の拡大に関しては極めて順調に進んでいますが、やはり今後の最大の課題は利益率をいかに上げていくかということです。3月の株主総会で当社に長年投資していただいている投資家の方から指摘されたことでもあるのですが、25年12月期に当社が想定している営業利益率は約3.5%と、まだまだ低い水準です。やはり営業利益率は10%ぐらいに上げなければならない。中計の目標はともかく、なるべく早く100億円の売上高で10億円の営業利益を稼げるような体制にしていかなければならないと考えています。

 上半期は過去の事業の整理が中心でしたが、それ以降は次々に収益化が見込める案件が稼働していきます。しかもいま取り組んでいる案件は、ゆくゆくは業界標準として証券業界や金融業界に広がっていく可能性のあるものばかりです。順調にパイプラインが拡大する中、社内もようやく稼げる組織へと変わってきました。投資家目線に立てば、まず当面の目標は時価総額100億円ですが、いま取り組んでいる施策が順調にいけば、この目標はおのずと達成できるはずです。

 そして、前回のインタビューでも話しましたが、その先にある目標はグローバル企業への進化です。いまの日本のグロース企業は、国内の地位に安住し、本気でメジャー挑戦を目指す企業は少なくなっています。それでは夢がありません。

 当社では、まず国内の証券業界にとって“公共財”となるようなサービスやシステムの開発に力を入れていきますが、そのうえで、培った技術をもとに世界に進出することも視野に入れて取り組んでいきます。いま、進めている事業はすべて、そのための布石なのです。いずれにせよ「本気でテンバガーを目指す」という思いはまったく変わっていません。投資家の皆さんには、そういった視点で、引き続き、当社に注目をしていただきたいと思います。


◇齋藤正勝(さいとう・まさかつ)
株式会社トレードワークス 代表取締役社長。多摩美術大学卒業後、1989年、野村システムサービス入社。98年、伊藤忠商事入社、99年の日本オンライン証券(後のカブドットコム証券、現・三菱UFJeスマート証券)立ち上げに携わり、2004年6月より社長に就任。21年3月に退任後、ミンカブ・ジ・インフォノイド副社長を経て24年7月よりトレードワークス社長に就任。日本のネット証券のパイオニアの一人。著書に『本気論―フリーターから東証一部上場企業の社長になった男の成功法』(かんき出版)、『カブドットコム流 勝ち残り法則80ヵ条』(講談社)などがある。

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