【特集】米国は覇権国としての精算を開始? 先鞭のトランプ関税でドル過剰供給を抑制へ<コモディティ特集>

トランプ米政権が目指しているのは双子の赤字の是正である。双子の赤字とは、貿易赤字と財政赤字であり、この2つが両輪となり、米経済は覇権国として成長し、そのおこぼれをもらって世界経済も発展してきた。米国の消費は旺盛で、世界中からモノを買い漁り、対価であるドルを放出することによる貿易赤字が続いているが、消費大国として君臨しつつ、世界中をドルで満たすには貿易相手国に対して低めの関税が必要だった。
モノを買うだけでなく、ドルを供給することに意味があり、世界中にばらまかれてだぶついたドルは米国債市場に還流し、米国の債務残高の拡大を手助けした。債務拡大を基盤とした経済・財政政策は消費を刺激し、覇権国である米国を更に強くした。貿易赤字と米国債の増発による米経済の繁栄は、世界経済すらも前向きな方向へと推し進め、米国を中心とする経済システムが形成された。世界経済は米国の双子の赤字を頼りにしてきたのである。
●米国の総債務残高は破裂寸前
トランプ米大統領はEUや日本、中国など世界中の国々が米国に高めの関税を設定し、米国を搾取してきたというが、現実はやや異なる。世界中からモノを買い、ドルを世界中に供給し、米国債市場を肥大させて米経済をより発展させるためには、米国は貿易相手国に低めの関税を設定する必要があった。トランプ米大統領が貿易相手国を非難し、戦争を仕掛けているふりをする理由は不明だが、米国の関税引き上げはドルの過剰な流出を止めることが最大の目的である。ドルの過剰流出を止めつつ、狂った債務体質を是正するデッドラインが到来していることを、トランプ米政権は認識しているのだろう。だぶついたドルの受け皿である米国債の肥大を止めようとしているなかで、ドル供給を調整しなければ、ドルの崩落とハイパーインフレが待っている。昨年末の米国の総債務残高は36兆2000億ドル規模まで急拡大し、誰がどう見ても終わりは近づいている。米政府効率化省(DOGE)を率いるイーロン・マスク氏を含めて、トランプ米政権は過去の精算を始めた可能性が高い。米国際開発局(USAID)など政府機関の閉鎖による歳出削減と、関税政策は結びついている。
米国債の増発に依存して米経済は発展し、覇権国として成立してきたが、米国債が発展の礎にある時点で、最初から終わりは見えていた。ただ、ドル本位性、米国債本位制を世界はなぜか受け入れ、経済成長を成し遂げてきた。破綻が前提にある経済システムのリスクを、覇権国である米国の市民だけでなく、世界もおそらくほとんど意識していない。米国が強かったのは、ドルの大量供給による通貨発行益と、米国債を増発することによる恩恵を最大限享受してきたためである。米国が積み重ねてきたイノベーションが優れていることは否定しようもないが、貿易赤字を蛇口としてドルの過剰供給を続け、米国債が膨張し続けるなら破裂が待っているだけである。なお、今年の米国債市場では過去最大規模の借り換えが待っている。
●米国債がデフォルトした場合、破滅的な混乱が訪れる
米国債の破裂とは、デフォルト(債務不履行)である。先週から世界中の金融市場は大混乱しているものの、世界が何度も経験した規模の混乱である。米国債が破裂した場合、誰も経験したことのない瞬間が訪れ、間違いなく世界は破滅する。金融市場で見通しを示す際に、断定的な判断を提供してはらなないとの決まりはあるが、この見通しはおそらく正しい。醜く肥大した米国債市場は金融核爆弾にほかならず、是が非でも爆発させてはならない代物である。
トランプ米大統領は双子の赤字を是正しつつ、米国の覇権を精算し、多極的な世界への移行を模索している。そのために、いずれ誰かが絶対に片付けなければならない史上最大のゴミ処理に、トランプ米大統領は着手した。トランプ米大統領が経済を混乱させているのは事実だが、いつかは滅びる予定の債務に依存した覇権国に頼りつつ、相互関税の撤回を要求する国はただの愚か者である。現代に生きる人々は、世界が金融核爆弾と隣合わせで成り立っていることを理解していない。トランプ米政権は狂ってもいないし、雑でもなく、暴走もしていない。米国債市場が最後の瞬間を迎えるのを待つよりも、足元の混乱のほうがよほどマシである。後世のことは考えるのであれば、景気悪化を受け入れるほかない。今だけを最優先する多数派がゴミ掃除を邪魔するのであれば、未来は暗いだろう。来年の中間選挙の議席よりも、すぐそこにあるリスクに目を向けるべきだ。
(minkabu PRESS CXアナリスト 谷口 英司)
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