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【市況】矢口 新のマーケット羅針盤 「素のチャート」


●転換点の見極めに役立つテクニカル指標

 今のようなリアルタイムのチャートが、スクリーン上で見られるようになったのは、1990年代後半以降だ。80年代前半からトレードしている私などは、目でインディケーションの画面を見、耳でリアルなレートを聞いてトレードを行った。

 その頃から手書きのチャートはつけていたが、前日終値までのものが基本なので、現場のディーラーたちには、チャートは役立つものとは思われていなかった。

 実際のディーリングの拠り所は、前の高値、安値を覚えていて、そこを抜けるか抜けないかで、相場が強い弱いと判断するものだった。つまり、その当時から、私は高値が抜けないと判断すれば売り、安値が抜けないと判断すれば買いと、転換点を見極めて売買につなげていたことになる。

 その後、売買を重ね、数限りなく痛い目にも合いながら、価格変動の本質などの理論を構築していく中で、最も効率的な運用は「山越えを待って売り、谷越えを待って買う」ことだとの結論に達した。

 そうして、山越え確認で売り、谷越え確認で買うことを繰り返しているうちに、テクニカル指標にも親しみ、多くのテクニカル指標が転換点の見極めに役立つことに気付いたのだ。

 例えば、高値に近付きながら抜けないのは、ダブルトップだ。抜けて買うのはブレイクアウトだ。抜けないで下げ始めると、デッドクロスが出る。

 そして2009年になって、当時のスクリーン上で誰にでも見られることができたテクニカル指標を虱潰しに検証し、ディーラー目線から「つかえる指標、つかえない指標」と5段階評価し、パンローリング社からテクニカル指標の本「テクニカル指標の成績表」を出版した。

 今、私は移動平均線を使った短期トレードを個人投資家に指導しているが、同書の中で、私が下した移動平均線の評価は以下のようなものだ。

移動平均線(Moving Average)☆☆☆☆
加重移動平均線(Weighted Moving Average)☆☆
指数平滑移動平均線(Exponential Moving Average)☆☆

 私は個人投資家の方々に、移動平均線でのゴールデンクロスで買い、デッドクロスで売ることを勧めているが、そのことで絶対に儲かるとは言っていない。移動平均線は、転換点の見極めに役立つ、合格点を上げられる「補助輪」なのだ。誰でもが同じように使えることを加点すれば、5つ星を上げてもいいくらい、相場の理解に役立つものだ。

 ここで、何故、加重移動平均線や指数平滑移動平均線に合格点を上げないのかを、説明しておく。

 前述のように、私はリアル売買から相場に入った。相場では様々な情報が入り乱れているが、誰でもが得られる本物の情報は「価格」と「出来高」だけだ。

 例えば、チャート上に出ている移動平均線は、頭で考え、計算して引いた線で、市場でついた価格ではない。それでも、単純移動平均線は、慣れれば実際に引かなくても分かるような単純な計算で描かれる線だ。

 一方、加重移動平均線はもっと頭を使って、指数平滑移動平均線はもっと、もっと頭を使って「創作した」線なのだ。その分だけ、リアルな情報からは遠ざかる。単純移動平均線でも「おなじような」成果が得られるものを、あえて複雑化しているのだ。損益がリアルな値動きからしか発生しない以上、私はリアルな情報に価値を置いている。駆け出しはともかく、本物のプロのディーラーの多くは、同じような考えだ。

 そこで、我々は「素のチャートから始め、素のチャートで終わる」などと言っている。つまり、何のテクニカル指標もでていない価格だけのチャートから始め、いろいろなテクニカル指標を試し、行き着くところは当初の価格だけのチャートなのだ。

●補助輪として移動平均線を利用

 では、いろいろなテクニカル指標を試すのが無駄なのかと言うと、そういう意味ではない。移動平均線のように「補助輪」として役立つ指標は数多くある。とはいえ、チャート上に移動平均線を入れてしまうと、それだけが強調され、他の役立つ指標が見えなくなるのだ。肝心要の、価格そのものの動きさえ、かすむことがある。

 テクニカル指標を勉強し、その意味を理解すると、何もスクリーン上に表記しなくても見えるようになってくる。「素のチャート」では、価格だけが強調されており、他の指標は描かなくても見える人には見えるようになる。移動平均線やトレンドライン、酒田五法、他の役立つ指標が均等の重みで「見える」のだ。売買経験を積めば、皆さんにも見えるようになるはずだ。

 移動平均線も、その意味を知って使えば、いずれ引かなくても見えるようになってくる。

 その意味とは、例えば下げてきた相場が上げ始める時、まず価格が上げ始める。その上げが継続すれば、直近に近い終値を集めた平均線が上向く。やがて、まだ下向きのより長期間の終値を集めた長期平均線とクロスする。その後も上げ続ければ、長期線も上向いてくる。当たり前のことだ。引かなくても見えるというのは、そういう意味なのだ。

 移動平均線を「補助輪」として利用する上でのポイントは、短期線、長期線の組み合わせの妙だと言える。これは、どのような運用を目指すかで、どれが正しいというものではない。

 少なくとも私が30年以上も見続けてきた転換点の見極めに近いものを提供してくれるのが、短期線は5以下、長期線は13か21だ。短期トレードなら、5分足が使いやすい。トレーニングのためには、売買数を重ねるために1分足を使う。ちなみに、同じ移動平均線の組み合わせで、週足や日足も見て欲しい。どの長さの足でも、それなりに転換点を示してくれることが分かる。

 そこで、デフォルトを短期線5、長期線13としておく。

 直近の終値は1だから、5を入れることで、2、3、4も、自ずから見えることになる。ここに、こういった「遊び」を設け、自己裁量の余地を残すことにより、テクニカル指標に従っているのではない。自分が使っているんだという意識を持つことができるのだ。

 転換点だとの判断がついたなら、例え、1である終値が長期線に届いていなくても、買っていいのだ。

 5と13との、ゴールデンクロス、デッドクロスでダマシが気になるようなら、長期線を21に伸ばせば、細かなクロスは消える。

 山越え確認で売り、谷越え確認で買うトレードなので、損切は高値の上抜け、安値の下抜けで行うことになる。

 私が皆様にお勧めするのは、このデフォルトを基に、例えばFXの1000通貨単位という最少金額で、損益につながる売買を重ねながら、転換点を見極める目を養うことだ。まずは、移動平均線のゴールデンクロス、デッドクロスが、どのように機能するのかを、損失覚悟で試して頂きたいのだ。自分で喜びや痛みを経験しないと、使いこなせるようにはならない。

 相場での大敵は「欲と恐怖」だ。「欲と恐怖」に支配されると、自分で思っていることができなくなるのだ。そこで、儲けても損しても、一回の飲み代にもならないような金額で、トレーニングして頂きたいのだ。今の小さな損失は、将来の大きな利益に結び付くと信じて。

2016年3月9日 記

矢口 新(やぐち あらた)
アストリー&ピアス、野村證券、グリニッジ・キャピタル・マーケッツ、ソロモン・ブラザーズ、スイス・ユニオン銀行などで為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤める。2002年5月株式会社ディーラーズ・ウェブ創業。2013年4月まで同社代表取締役社長。JTI(Japan Trading Intelligence)初代(2003-7年)代表。

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