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【市況】矢口 新のマーケット羅針盤 「Keep It Silly Simple」


●相場は理性、実践には感性の助け

 将棋の羽生善治氏は「シンプルに考えることが勝負に勝つ直感を呼び覚ます」と述べている。相場にも、KISS(Keep It Silly Simple)アプローチというものがあり、物事を複雑にすることを戒めている。実際、一見複雑に見える裁定取引やオプションの組み合わせ取引なども、リスクを突き詰めていくと、単純な価格の上げ下げリスクに行き着くからだ。

 そこで、「はたして相場に理論や理性が必要なのだろうか。感性だけでこと足りるのではないか?」という疑問を抱く人たちが出てくる。

 感性で相場に取り組むとは「上がりそうだから買う。重そうだから売る」という感覚に頼ることだ。理性での取り組みとは「割安を買って、割高を売る。逆に行けば損切る。利食いはできるだけ引き延ばす」というように、一種のシステム化ができ、誰もがそれを守ってさえいれば一定の成績が上がるというやり方だ。

 私がこういったことを書くのは、言うまでもなく「相場は理性だ」と信じるからだ。では感性は必要ないのだろうか?

 これは愚問かもしれない。相場を学問の対象と見る人ならともかく、資金運用の現場ととらえる人で、感性の鈍い人はいないと断言しておく。

 そもそも、感性は誰にでも備わっているものだ。そして感性は、磨けば磨くほど輝きを増すものだ。もっとも、プロのなかにはそれのみに頼り、「相場は感性だ」と言う人がいるが、それはただの怠慢だ。

 私が折にふれ、考えを文章にまとめるのは、理論を構築していくためだ。感性でひらめいた考えは、頭の中だけでは堂々巡りを始め、まとまらない。まとまらないのが感性で、まとめようとするのが理性だともいえる。

 理論は段階的に構築していくので、ものごとを説明したり、理解するには便利なものだ。とはいえ実践の場で起こる、さまざまな予測不可能な事態に対処するには、時間がかかり過ぎて、あまり役に立たない。実践の場は、理性の悠長さや几帳面さを許さないと言えるのだ。実践には感性の助けがいるのだ。

 理論は意識上の産物だ。相場でも価格変動の本質や需給、リスクとリターンなどを常に意識して「なぜか?」を考えていると、無意識下に何らかの情報が蓄積されていくのではないだろうか。意識のうえでは忘れてしまったものでも、無意識下では覚えているのだ。

 理論だけの頭でっかちでは、実際のトレーディングは行えない。泳ぎ方の本を読んでも、それだけでは泳げないのと同じだ。感性があれば、泳ぎ方を習わなくても泳げるものだ。慣れによって、多少の上達はするものだ。しかし、正しい泳ぎ方を知らなければ、彼の進歩はそこまでで止まる。感性は、訓練によって研ぎすますことなしには、それ以上には成長しない。積み上げがないのだ。

 「理より入るものは上達早く、業より入るものは上達遅し」とは、江戸末期の剣客、千葉周作の言葉だ。理屈を体に叩き込むとは、意識上で理解したものを訓練によって、無意識下の本能のレベルにまで到達させることなのだ。

●転換点の見極めの精度を高める

 先ごろ、英 University College London 心理学部の Li Zhaoping 博士が、生物学誌 journal Current Biology に、「直感」に関する研究実験を報告した。

 実験では、10名のボランティアに、一枚の絵の中に、あるデザインの図形と、それとは異なる様々な図形が描かれた絵を見てもらい、対象とは異なる図形を選んでもらった。650種の図柄について、基のデザインが裏返しだったり、逆方向になったりしたものから選ぶというものだ。

 そして、図形を選択する際、考える時間を全く与えないで直ぐに答えてもらう、ごく短い見直す時間のある条件下で答えてもらう、検討するだけの時間を与える条件下で答えてもらうとし、その正解率を比較した。

 結果は、見直す時間がない場合は正解率は95%だったのに対し、1.5秒程度の見直しが許される環境下では70%の正解率に低下した。直感で判断する方が良い結果が出たのだ。一方、見直しの時間を4秒以上にすると、正解率は上がり、直感で判断した時と同じ正解率になった。

 理性的な脳の判断と直感的な脳の判断が異なる場合は、十分な時間があればその違いを確認し、正確な判断ができるようになる。しかし、そのような理性脳が働くには、目を通して情報が脳に到達し、判断しなければならない。ところが、脳がその判断をする前に元の図形が消えてしまうと、理性脳の判断と直感による判断とがごちゃごちゃになり、正解率が低下してしまうのではないかとの推論だ。

 本能や直感は持って生まれたものだ。それは、訓練によって鍛えることができる。また、後天的に理論や学習によって得たものも、訓練によって意識下に眠らせておくことができるのだ。そうしておくと今度は実践の場で、より磨かれた感性として瞬時に表れるようになるのだ。

 具体的な訓練とは、「谷越えを待って買い、山越えを待って売る」ことの、転換点の見極めの精度を高めることだ。単純に、このことだけに集中していると、自ずから相場に対する感性が高まり、チャートを一見しただけで、買いたい、売りたいという直感が働くようになる。そして、直感の正解率も高まるのだ。


矢口 新(やぐち あらた)
アストリー&ピアス、野村證券、グリニッジ・キャピタル・マーケッツ、ソロモン・ブラザーズ、スイス・ユニオン銀行などで為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤める。2002年5月株式会社ディーラーズ・ウェブ創業。2013年4月まで同社代表取締役社長。JTI(Japan Trading Intelligence)初代(2003-7年)代表。

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