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武者陵司 「日本株式、潮目の転換か」


武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

Q).日本株は米中貿易戦争の様子見をしつつ、かなり長い間もみ合いが続いています。日本株は何故上がらないのでしょうか。

A).一言で言うと、需給要因、売り方の優勢につきる。空売り比率が史上最高水準まで上昇した。投資家を過度の悲観が支配している証拠といえる。それは株高転換の兆しである。ファンダメンタルズを見ると悪くない。企業業績は順調、株価は割安、唯一の懸念はアメリカと中国の貿易戦争だが、それが世界経済に対して深刻な打撃を与えるものであれば懸念材料になる。しかし、先週末にアメリカの株価(S&P500)が2月のVIXショックの急落を取り戻し、史上最高値を更新した。アメリカのマーケットは、米中貿易戦争を基本的に気にしていないと言える。全く心配ないと言うには時期尚早だが、米中貿易戦争はネガティブな形で市場に影響を与えない形で(決着はしないまでも)推移していくだろう。株式市場が心配している要因はいずれ消えていくと考えていい。空売りの大規模な買い戻しも起きるだろう。

Q).アメリカと中国の貿易戦争は、世間では大きな打撃を与えるだろうと言われていますが、必ずしもそうではないだろう、ということですね。

A).アメリカの半導体メーカーの売り上げの半分以上は中国に輸出している。アメリカのスマホはほとんど全部中国から輸入している。したがって米中の貿易が途絶えたら、両国とも経済は完全に崩壊する。そんなことは起こりようもない。そうならない形で決着をする、と考えるべきであろう。世界経済の最大の需要家である米国の消費は絶好調で、当面衰えようもない。中国も後で述べるが、景気対策に着手した。グローバルに見て、需要が堅調という構図は崩れない。

 総需要が変化しないとすれば、貿易摩擦、関税引き上げが供給者をシフトさせることはあっても、総供給には変化を与えない、と考えるべき。例えば米国において中国からの輸入が減り、他国に輸入先をシフトする、あるいは米国内生産が増加する等、他の受益者が発生するはずである。グローバル・サプライチェーンは変わっていくが、時間をかけて世界的な分業のあり方が再構築されていく。問題はあるとしても人々の生活や経済にダメージを与えない形で推移していくと考えるべきであろう。

Q). トルコリラの急落に見られる新興国リスクをどう見るか。アメリカにお金が集まって問題を抱えている新興国からは資金が流出し、通貨が大きく下げるという状況ですが。

A).確かにアメリカにグローバル資本が集中し、新興国からお金が吸い上げられて、それが全体として悪影響を及ぼすということは起こっている。何がこれを引き起こしているのだろうか。最大のポイントは、アメリカ経済が一人勝ちの強さで、その結果、ますますドルが強くなっていることにある。強いアメリカ経済が、結果として世界の株価を押し下げるようなリスクオフ環境の原因になるのだろうか? これは逆で、アメリカが強ければそれによって世界経済は牽引され世界の資産価格は上昇する可能性が強い、と考えるべきであろう。市場のコンセンサスは、相対的なアメリカの強さが世界全体を押し上げる方向に、やがては向いていく。

 他方でドルの対外債務に大きく依存している国への悪影響は、ドルが強くなればこれは免れない。だからアルゼンチンペソ、トルコリラ等が売られてきた訳だが、トルコの実体経済(ファンダメンタルズ)が極端に悪いわけではない。ただ、対外債務が積み上がりトルコリラが急激に安くなったので、結果としてインフレが高進するなど、悪い循環を引き起こした。また、通貨安を抑制する決め手であるはずの中央銀行の金融引き締めの自由を、エルドアン政権が奪っている。米国トランプ政権の人権を理由にした関税引き上げなどの制裁も、トルコリラ不安に拍車をかけている。が、いずれ政策の変化か、売り一辺倒の投機の買い戻しなどにより、トルコリラの急落が止まり、事態は収束すると見ていい。ドルの強さは基本的にはアメリカの強さの反映であり、世界的に見ればリスクテイクを推進する材料だと考えられる。結局、今の新興国通貨売りは長続きはしないと思う。

Q).アメリカではトランプ大統領の周辺のスキャンダルとロシアの疑惑に関する報道が、先週随分出てきています。中間選挙を前に、トランプ大統領支持率が低下し、大統領弾劾に至るといった、そのあたりのニュースはどう見ていらっしゃいますか?

A).トランプ氏は品性が疑われている人だし、多くの人が快く思っていないのは事実。ただし、トランプ氏が弾劾に値する罪を犯して大統領の座から追われる可能性が高いかどうか、問題は分けて考えなければいけない。

 ポイントはロシアゲート疑惑が証明されるかどうか。今回、選対本部長であったマナフォート氏が有罪となり、訴追の罪を認めた前顧問弁護士であったコーエン氏が司法取引に応じることになったのは、いずれもロシアゲートに関する不法行為によってではなく、脱税行為、銀行詐欺行為など個人の犯罪によるもの。ロシアゲートの種を探すためにほこりをたたいて司法取引をちらつかせながら、モラー特別検察官などが何か証拠を引っ張り出そうとしているが、ロシアゲートを証拠づけるものは依然として何も出ていない。よってマーケットは新聞が報道するようには、大げさには反応していない。WSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)は、トランプ氏周辺の人物の犯罪が、ロシアゲート疑惑弾劾に結び付く可能性を強めることにはならない、とはっきり書いている。

Q).もう一つ気なるのは、中国。経済統計でも減速が表れている。コモディティーマーケットがそれに反応して、例えば銅が大幅に値下がりするといったことが表れていますが。

A).貿易戦争が勃発したことによってバブル抑制に動いていた中国金融政策が一気に緩和に転じた。その結果早くも、地域によっては不動産価格が上昇を始めている。さらにインフラ投資、つまり高速鉄道、地下鉄プロジェクトなどを再開して大規模な景気テコ入れをやると表明している。これらから数カ月のうちに、それらの景気テコ入れが実態経済に反映され、景気指標を押し上げていくと思われる。今の弱さは今年に入ってからのバブルやインフラ投資を抑制する政策の影響が残っているために過ぎない。

 中国の一番のリスクは米中貿易戦争の結果、グローバル企業が中国で工場を作るのをやめるなど、中国に対する投資を一気に引き上げる可能性が強いこと。それは中国がいくら景気テコ入れをしても続く話であり、対中ハイテク投資が一時的に軟調になる心配がある。

Q).レポートで中国退潮への潮目が到来する。そのカギを握るのが外貨と為替レートと書いていらっしゃいますが。

A).アメリカは中国にいろいろな圧力をかけているが、一番強く求めていることは人民元の切り下げを絶対に許さないということだろう。したがって、人民元は今弱いが、さらに大きく下落することはない、と見られる。中国側にとっても、人民元が下落すればむしろ中国の金融不安という連想を高め、株価下落等の不安心理のスパイラルを引き起こす。それが2015年のチャイナショックの原因だったわけで、中国当局も人民元の切り下げというオプションはない、と考えていいだろう。

 そうなると、すでにアセアン諸国の中で最も高給化している中国の人件費は、割高なまま推移していく。中国の輸出競争力がどんどん弱くなってくる。他方で中国はハイテク投資をやっているのでハイテク機械・素材・部品などの輸入金額が急増している。こうして中国の貿易黒字が年率2~3割と急減しており、数年で中国は経常収支赤字国に転落し、外貨準備高が大きく減少する、ということが起きるだろう。となると、国内で景気を立て直すためにやっていた金融緩和も維持できなくなり、通貨を防衛するための、金融引き締めを余儀なくされる。引き締めをすれば国内のバブルが崩壊する、という悪循環が起こる。数年先に中国は打つ手がなくなり金融経済危機に向かっていく可能性が出てくる。

 ただし、それは今ではなく数年先のこと。目先の心配ではないが、少し先に大きな危機があり得るので準備をしておくことが大事だろう。この潮目の転換により中国の時代はほぼ完全に終わりつつある、と考えるべきであろう。世界から工場が中国に集まって中国が世界の生産基地である様相を呈してきたが、そのトレンドが完全に天井を打ち、生産集積が他の国に逃げていく時代に入った。

Q).冒頭の日本株に戻りますが、ここからはどんなところに妙味を見出したらいいのでしょうか。

A).グローバル分業の中で日本企業が獲得しているポジションが極めて強いことを、多くの市場参加者がまだ気がついていない。ここしばらく米国株高に日本株はついていけなかったが、その背景には、日本企業の国際分業上の優位性を海外投資家が認識していない点がある。むしろ、米中貿易戦争のダメージを強く受けると考えている。しかし、好調な日本企業業績を分析し、いずれ彼らは見方を修正してくるだろう。その時点で、圧倒的な技術、サービスの品質によってグローバルのニーズを獲得し始めた日本企業を注目していくだろう。セクターを問わず、グローバルオンリーワン企業に注目すればよいのではないか。

(2018年8月27日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン206号」を転載)

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